死ぬって本当に楽になるのかな。

 今年もまた夏休み明けに命を絶ってしまう子どもがいるのでしょうか。

 例年9月1日が子どもの自殺率が多いと言われていて、毎年子どもと自殺について、私なりの思いや考えを発信してきました。もちろん今年もこうして記事を書いています。

 でも今年はコロナ禍の影響を受けて、夏休みが明けるのが9月1日ではないところがほとんどかもしれません。(近年は8月の終わりにすでに二学期がはじまる学校も増えたので、今年だけではないかもしれませんが)

 今この瞬間にも、死のうとしている子がいるのではないかと思うと胸が締め付けられます。

 いまこれを読んでいるのは死にたいと思っている人ですか。

 本当に死んでしまうのですか。

 死にたいのは解放されたいからでしょうか。それとも死ねばさすがに周りもわかってくれるだろう、と思っている人もいるかもしれないですね。

 でも。

 本当に楽になれるんでしょうか。

 死んだ人が、「楽になれた」「解放された」って言っていましたか??
 私は聞いたことが無いです。
 死ぬってどうなんでしょう楽なんでしょうか。
 もし楽になれたという声を聞いたというのならそれは幻聴だと思います(だって声が聞こえるという事は死んでもこの世に留まりつづけているからで、それはその人が死んで後悔しているからだと思うんです。そんな声に耳を傾けてはいけません)。

 確証のない死に賭けるより、生きたまま他の方法を探す方が良いんじゃないかなって私は思います。

 そんなこと言ったってもう死ぬしか方法がない、って感じているかもしれません。でも思っている以上に方法はあって、見えていない、気づいていないだけのことってたくさんあります。私もそうでした。どん詰まりで、どうにもできなくて、もう救いなんてないだろうとばかり感じて不安に襲われて夜中に泣いて、震えていました。でも最終的に頼れる人に頼り、環境を変えることができました。

 いまこうして当時を振り返ると、辛さだけがつのって、別の道が見えていなかったと思います。辛さや苦しみや痛みは思考を悪い方にばかり引きずりこんでしまうんですね。

 親も、学校も、先生も、友達も、頼れない・信じられないなら他の人を頼ったっていいです。

 逃げたいなら逃げたっていいです。

 そんなに辛くなるまで、充分がんばって頑張ってこれ以上無理って感じるほど頑張っているから、逃げたくなるんです。

 そんな環境はあなたに必要ない環境です。
 逃げ場所を探してください。
 必ずあなたの居場所が、居るべき場所が、どこかに必ずあるはずです。

 思っているより世の中は広いのです。歳を重ねれば重ねるほど、それがわかるようになります。

 一気に変わるのは難しくても、少しでも一時でも、心が落ち着く場所を見つけて欲しいです。

 ここまで書いておいて矛盾するようですが、私はこれを逃げだとは思いません。ちゃんと進んでいる、現状を変えようとしている。
 逃げなんかじゃないです。

 

 あぁどうしたらこの想いが死にたいと悩んでいるあなたに届くでしょうか。

頂いたサポートは、さらなる成長のため、学業の費用にあてさせていただきます。ご支援のほど宜しくお願い申し上げます。