うさぎとカモのだまし絵

開けたくない壺〜途切れた夢の続きを取り戻したくなって〜

私は最近見たくないものに目を向けている

自分自身の、汚い欲望のようなぐちゃぐちゃしたものだ

最近 よく向かい合っている


私は過去を取り戻したい

いや 過去を超えたい

もしくは そんな些細なこと気にしない となれるように

そう思って 大学にきた

このまま生きていてはいけないと思ったからだ

でも実際 大学に来てみてどうだ 

何か変わっただろうか

このまま みたくないものを見えないふりしていたら

私は一生このままだと思った

過去を超えたい

すなわち 自分を変えるには 自分と真摯に向き合わなければならない

そして それはしんどい 真摯であればあるほどに


はい 自己紹介します

私は私ではありません

なぜなら 私は 過去に 

絶対に譲ってはいけないもんを譲ったからです

自分がもっとも大切にしていたもの

アイデンティティの核

プライド

その日 私は私ではなくなりました

私は私であることをやめました


それは 本意ではありませんでした

なので 私は 私を許すことができません

あの日の自分が 憎くて 殺してやりたくて

でも どうしようもなくて

戻りたくても 戻れなくて

時間はどんどん流れていって

ただただ 生きるしかなくて

それも 不甲斐なくて 情けなくて

もう 全てどうでもよくなって

死にたくなって でも死ねなくて

誰かを憎んで 殺してやりたくなっても 殺すことはできなくて

どんどん 自分が 衰えていって 価値がなくなってくのを感じて

鈍っていくのを感じて

見苦しいほどの孤独を感じて

ただただ 一人で

それに泣くのも 泣けなくて 情けなくて 自分のせいだってなって

何も 何も できなくなっていった


外面は一般の人を装う

でも 内面はボロボロだった

誰にも言えない 言う事もない 私

次第に 喋らなくなり 笑えなくなる

私の感性は 死んだ

変わらない 変わることのない 日常

死んだように生きていた毎日 それが高校生の私


あの日 私は死んだ

でも 今は 大学生になっている

あの日を あの日以前の 私を超えるため

死んだ「俺」に胸を張れる、新しい「俺」になるために 僕は

私は 頑張っている 

どうだ 誇り高いだろう


だが実際は難しいものだ 

マイナスがいきなり100になることはできない

今はプラスに持ってこれて (俺/僕頑張り続けたし)

20~30になれたくらいだろうか

やればやるほど 経験はついてくるものだ

でも それが難しい

まぁ どのように難しいかは 別の日に記そう

今は 別のことについてだ


私はいろんな人に 僕/俺はどう見えますか と聞くようにしている

他己分析と言うやつだ そのためにも 私は 知り合いを増やしている


そして私は今日 教授にそのことを打ち明けた

まぁ 当たり障りのないことを色々話してくれた(多分そのことにどうこう言うつもりはなかったのだろう。何かいっても面倒なだけだし、実際簡単にどうにかなる話ではない)

今色々わからなくなっているのは青年として悪いことではない

むしろ正常

全部ぶっこわして

それをまた組み立てるのが大事だ

みたいな


ひとしきり話した後 尋ねたことは 「あなたは今まで絶対に譲りたくない、大切なものを譲ったことはありますか」だ

こんなこと言う奴もあまりいないのではないのだろうか なんて予想する

教授は 私の大切なものは 母から受け継いだプライド と言った

(私はこの言葉を帰路につく運転中に思い出し ほほぉ となった)

だが やはり 譲ったり 失ったことはないと言う

まぁ そんな感じするしな と思った


そして 今日の終わりに 私は相談ありがとうメールを送ったのだ

そして 返信が来た


「いつでも相談は受け付ける 楽しもう」


参った と思った

その人は 私に楽しめと言うのだ

この私に 楽しめと 一言


私にとって楽しむという言葉は重い

数年前は考えられないことだ 当時は私の時間は止まっていたので

そんなことは考えられなかったし 言ってくれる人もいなかった

楽しいとは切り離されていた男だ

楽しいと感じても それは自分に対しての嘘でしかなった

現実逃避でしかなかった

でも 今は 楽しもうと言ってくれる人さえいるのだ

幸せだよな


少し考え 確かに楽しむということは大切だと思った

楽しまなければ超えることはないだろうと思った

理不尽な現実を自分らしく生きるには楽しいが必要だ

楽しいと思えるセンスが必要だ

そして楽しむには何が必要か考えた


それは強さだと思った

弱ければどんなに頑張っても勝つことはなく 苦しみながら足掻くだけだ

それは 本当に辛い 楽しいの真逆である

まさしく まさしく 過去の自分だ

でも 強ければ 

強ければ勝てる 自分の戦い方で 飛び方で

何かより勝れる 少なくとも地べたは舐めない 辛くはない

それは 確かに 楽しい

そう 負けない 負けないという意思

「俺」はこれよりも強い 負けたくない と思えること

それが大事だと思った


私はあの日 死んだ つまり 負けた 周りに教師に自分に甘さに

あの日以来 私は勝つことを諦めた

だからどこに行っても何をしても

ずっと負けっぱなし 勝とうとしていないから

その負けの悔しさに いつの間にか慣れていた 慣れてしまっていた


今までのままではいられない


一度空っぽになった男が掲げる正義はなんだ

(ニーチェ『善とはなにか…人間において権力の感情と権力を欲する意志を高揚するすべてのもの。悪とはなにか…弱さから生ずるすべてのものである。』)

もう負けられないという 背水の陣にも似た プライドなのかもしれない

と思った


おやおやまぁまぁ ちんけなプライドである

でも そうやって 自分で自分を大切にしていくしかない

実際 そう思えば 負けようとはしないからな

投げやりになることはないだろう


よし

いい感じだ


負けないように行こう

俺は善人でも悪人でもある

でも 道は自分で選んでいってやる


大切なもの 失いたくないもの 取り戻したいもの

全部抱えて なおかつ 負けない

それが 

俺だ!



PS 夏休みはホストやろうかな と思う 勧められたし







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