とある漢の恋愛譚

友達に文章を送るのが日課で、誕生日の日にはいつも以上のを送ってあげたいな(嫌がらせ)、と思い、その友達を主人公にした小説を書きました。
半分ノンフィクション、半分フィクションです。一応このお話の公開にあたって友達には許可を取りました。
このお話で言いたいことは、最後の一言に尽きます。
一お話として読んでいただいても嬉しいですし、誕生日にこんなのを送られてきた僕の友達の立場になって読んでいただいても結構です。

俺の名前は山本亮太。
 それなりに名の通った大学を卒業した俺はまず潰れることの無い半官半民の企業に勤めている。学生時代から筋トレをするのが趣味で、運動神経もそれなりによかった。浪費癖もなくどちらかというと貯金をする方が好き。決して多くはないが友人もおり、学生時代の先輩や同期、後輩たちと会うこともしばしば。これでも大学時代は、面白いやつと周りからも一目置かれていたのだ。
 これだけ聞くととんだ優良物件と思う人もいるかもしれないがもちろんこの世の中そんなに甘くはない。
 
 昔から勉強はあまり得意じゃなく高校を卒業したら進学なんてせずに就職をするんだろうな、なんて漠然と考えていた。
 しかしある授業での先生の一言が、俺の人生を変えた。
 「夜間の大学でもその大学を卒業すれば履歴書には同じように書けるんだぞ!」
 周りの同級生はいつも同様聞いちゃいなかったが、俺だけは違った。
 そこからはその大学に入ることを目標に学校での勉強を頑張り、推薦で合格を勝ち取ったのだった。
 スポーツ選手なども輩出していることもあり知名度はそれなりにあったが、世間的に見たらいわゆる名門大学、とは言えなかった。
 その証拠に、高校はいわゆる進学校に通っていたという大学の同級生は、
「正直こんな大学嫌で、現役の時も合格してたけど浪人したんだ。」
 と、そう言っていた。
 大学二年になったとき、地元の友達が一年遅れで同じ大学に入学してきたことをきっかけにそれまで触れないようにしていたサークル活動というものに半ば強引に触れさせられ、あれよあれよという間にお笑いサークルに入ることになった。しかもその友達は入らず何故か俺だけ。
 それまでお笑いなどほとんど興味がなかった俺だったが、自分が考えたネタで人が笑ってくれるということはなかなかどうして嫌な気持ちはしなかった。といっても俺の考えるネタはちょっとマニアックすぎて、普通のお客さんは引きっぱなし。頭のおかしなサークルメンバーしか笑ってくれなかったが、それでも楽しかった。
 サークルの同期にその道に誘われたこともあったが、正直自分は人生をかけてまでお笑いをやりたいとも思わなかったし、何より地元の安定した企業に内定が決まったこともあり、その誘いは断った。
 就職してからもサークル時代の仲間との付き合いは続き、仕事は仕事で厳しいながらもブラック企業戦士を見ては、そいつらよりはマシだ、と自分を鼓舞していた。
 しかしそんな俺には何よりも苦手で克服しがたいものがひとつあった。
 恋愛だ。
 同じくモテなさそうなサークルの同期ですら恋人が出来たが俺にはついぞできることは無かった。
 就職してからも全くそんなことはなく、このまま何も無いのか?、なんて思っていたある夏のこと。暑い暑い夏にも関わらず、俺の元にも心地の良い春風が吹いたのだった。

 その子は数年前に友達を介した飲み会で知り合った女の子だった。可愛らしい子だったがその時は連絡先の交換のみ。それ以上の進展はもちろんなかった。
 しかしそれから数年、ふとしたことをきっかけに飲みに行くことになり、それからは話がトントン拍子に進み、気づけば二人きりで花火大会に。
 そして告白。
 彼女からは、こちらこそお願いします、の返事。
 二十二歳の夏、俺に初めて春が訪れた。
 不思議な話だが、大学時代の同期も、その後に彼女ができることになる後輩も、二十二歳の時にはじめて彼女が出来たのだった。
 しかしこの二人と俺とでは大きく異なることがあった。結論から言おう。俺は一ヶ月も経たないうちに、正確にはたったの二十五日で別れてしまったのだ。
 ある日彼女から一通のメールが来た。
「別れましょう。」
 単純なのに複雑なそのメールに、俺は、
「わかった。」
 そう返事をすることしか出来なかった。
 別れた理由は色々ある。
 連絡を取り合うのは好きじゃないという彼女の話を鵜呑みにしてメールのやり取りをほとんどしなかったこと。
 初デートで気づけばハーフマラソン以上の距離を歩かせていたこと。
 ダメなところをあげればキリがないが、要は彼女の方が俺に辟易としてしまったのだ。
 確かに、昔から女性に対して苦手意識を持っていた。
 普通なら男を持ち上げるのが仕事のそういうお店で、だからお前はモテないんだ!、と怒られたこともあったし、女性と出会える飲み屋に友達と二人でいったときも緊張からはじめにロシアンルーレット要素のあるメニューを頼んでしまい、女性たちを引かせたこともあった。
 だからこそ俺は、恋に臆病になっていたのだ。
 それからはまた単調な日々が続いた。仕事をして、帰って、自分を慰めてから寝る。そしてたまの休日には友人たちと会ったり、ジムに行ってトレーニングをする。何の変哲もない日常のせいでストレスが溜まっていた俺は、友人たちと会った時にいかに感情を開放するかに賭けていた。
 
 しかし、そんな代わり映えのない日常に再び転機が訪れた。
 
 四捨五入をしたら三十路、二十五歳の誕生日を秋に控えたある夏の金曜日の夜のことだった。
 仕事を終えた俺は、得意でもない酒を上司に付き合わされていた。
 昭和臭の抜けない上司にいつものようにたらふく飲まされ、そしてこれまたいつものキャバクラへ。お決まりのルートだった。
 もちろん、俺が女性に苦手意識を持っていることは知っていた。だからそれを楽しむために連れていく、最低の上司だった。
 しかしあの日に至っては、あの禿げた上司に感謝しなければならないことになるとは思ってもいなかった。
 いつものお店に足を運び、いつもの女の子を指名する上司。しかしその日はその子の誕生日だったこともあり、他の子を指名するしかなかった。
 誰でもいいからお前が指名しろ、そう上司に言われた俺は新人の紫苑という女の子を指名した。こういう世界に慣れていない女の子なら多少は太刀打ちできるだろう、という浅知恵からだった。
 しかし、自分たちの席にやってきたその子を見て思わず声を上げてしまった。
「岩崎さん?」
 それはたった二十五日で別れてしまったあの彼女だった。
「なんだ、知り合いか?」
 にやけながら聞いてくる上司に、知らない人ですよ、と彼女は呟いた。
 どうしてこんなところに?、そう聞こうとしたがそれはあまりに野暮だと思い口をつぐんだ。彼女も彼女で俺とはあまり目を合わせず、上司とばかり話していた。
 いつも以上に無口な俺を上司はいつも通りの調子でいじっていたが、その軽薄な口から放たれる言葉は何一つ届かなかった。
 家に帰り、俺は悩んだ。彼女に連絡を取るべきか、それとも取らないべきか。
 幸いなことに未練たらしい俺は彼女の連絡先を消すことができず、未だに未送信フォルダには、ごめん、とだけ書かれた彼女宛てのメールが残されていた。
 悩み続けた俺は気づけば眠ることなく土曜の朝を迎えていた。
 このままでは埒が明かない。そう思った俺は、もうメアド変わってるでしょ、そんな変な保険をわざわざ声に出してかけながら、メールを送信した。
「突然のメールごめん。山本です。迷ったけどメールしてしまいました。」
 後悔した。激しく後悔した。しかし時すでに遅し。
 恐怖を紛らわせるがごとく一眠りしよう、そう思った時だった。俺の携帯電話が返事が来たことを告げた。
「久しぶり!まさか山本くんが来るとは思わなかったよ(笑) 連絡くれてありがとう!」
 天にも昇る気持ちだった。俺はそこから眠いのも忘れて夢中でメールをした。そして、衝撃の事実を知った。
 
 実は、昔付き合っていた不良がその道に進んでしまい、彼女の過去の恥ずかしい写真をばらまかれたくなければ俺に貢げ、と、そう言ってきたのだという。確かに俺の地元と彼女の地元は割と近かったが、彼女の地元は相当な荒くれ者も多く、そういう道に進むものも少なくはなかった。
 彼女はそれから昼も夜も働き詰めでその男に貢いだ。しかしその男の要求はエスカレート。これ以上のお金は準備できないという彼女に対し、ならここで働け、と例のキャバクラを紹介したと言う。
 彼女は俺に辟易としたのではなく、俺に迷惑をかけまいと、別れるという選択をしたのだった。
 俺は悔しかった。情けなかった。何より、自分は裏切られた、と勝手に彼女を悪人に仕立て上げた自分を許せなかった。
 
 日曜日、俺は彼女と会うことにした。
 駅前の喫茶店、久しぶりに明るいところで見た彼女の顔は酷くやつれていた。
 俺は彼女が来るなり謝った。
「君に裏切られたと、勝手にそう思っていた。本当に申し訳なかった。」
 彼女は笑いながら、
「山本くんは悪くないから。」
 とそう言った。
 しかし彼女の笑顔は悲しそうだった。
「償わせてくれ。」
 そういう俺に彼女は、そんなふうに考えないで、と言った。
「でも、それじゃあ俺の気持ちが晴れないんだ。頼む、償わせてくれ。」
「償うって言われても。」
 戸惑う彼女。
「わかった、何か一つ、どんなお願いでも聞くよ。」 
「どんなお願いでも?」
 彼女はどこか不思議そうな、それでいてどこか期待を込めたような声で尋ねた。
「あぁ、どんなお願いでも。」
「じゃあ、私を、助けて。山本くん。」
 彼女は大粒の涙を零しながら、一言一言ひねり出すようにそう言った。
 
 それからの俺は早かった。彼女の家に転がり込んでいるその男に会いに行き、彼女と別れてくれと伝えた。
 もちろんその男がそんな要求を飲む訳もなく、それでも頼み込む俺に対して怒りが沸点に達したのか手を出し始めたのだ。
 しかし空手部仕込みのこの体にはたかだか半グレの攻撃など全く効かず、その男の息が上がりだした。これで決着は着いたか、と思ったその時だった。
 男が持っていたナイフで俺の脇腹を刺したのだった。
 
 気がつくと俺は病院のベッドで寝ていた。
 目を開けるとそこには彼女の姿。俺と目が合った途端、安堵からか彼女は子供のように大きな声で泣きじゃくり出した。
 その泣き声が少しだけ脇腹に響いた。
 
 順調に回復して行った俺は、病室に来た警察から事件の全容を聞いた。
 俺が刺されてもなお立っていたため男は驚きのあまり腰を抜かしてしまったこと。警察に捕まった男は彼女に対する暴行なども含め余罪をたんまりと追及されていること。日頃から鍛えていた筋肉がクッションになったおかげで大事には至らなかったこと。
 そして、付きっきりで彼女が看病してくれたこと。
 
 あれから数ヶ月、彼女は夜の仕事から足を洗い、実家を出た僕と二人、仲良く暮らしている。
 僕には未だに女の子のことは分からないけれど、彼女とならば大丈夫そうだ。
 日付が変わる。十月五日、今日は僕の誕生日だ。もう二十五歳を迎えたがこれからの僕は、これまでの俺とは違う。
 ガラガラ、と扉の開く音がした。そこには明日は早いから、と就寝したはずの彼女が立っていた。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
 そう聞く僕に対し、彼女はとびきりの笑顔を浮かべてこう言った。

「お誕生日おめでとう。」

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