虹色バンブー

 いつもなら近くの公園に集まるのに、今日は違っていた。都会にあるこじゃれた喫茶店、こんな店、自分の意志で入ろうと思ったことなど一度もない。
 大体コーヒー一杯八百円て。今の時代いくらラーメンが高くなったとはいえ、割とガッツリ系のラーメンだって、トッピング付きで食べられる値段である。
「あの、何度も確認しちゃって申し訳ないけど、今日ってネタ合わせの予定だったよね。」
「そうだよ。」
「だよね?じゃあ、なんで喜多が来んの?」
「だからそれは、どうしても俺たち二人に話したいことがあるんだって。」
「でその話したい事ってのは?」
「あってからのお楽しみ。」
「なんだあいつ!」
 喜多という人間を嫌ってはいないが、はっきり言って苦手な部類ではある。
 皆さんの周りにもいないだろうか、こうやって何の意味もないところでもったいぶってくるやつが。
 誰も興味がない、明日公開の情報。蓋を開けてみれば大した情報ではない。そもそも、明日公開という時点で、すでに覚悟は決まっているのだ。
 他にも、ついてからのお楽しみ、と謎のサプライズ演出をするやつ。本当にサプライズならばわかる。でもほんの一、二時間後にわかることをもったいぶる必要がどこにあろうか。
「まあまあ落ち着けって。喜多って元からそういうやつじゃん。」
 あまりの怒りからか、おそらく口から洩れていたようだった。
「いや正直言うと、それもムカつくんだよ。そういうキャラ付けっていうの?」
「俺に言われても……」
 それは分かっている。確かに、俊介に文句を言ったところで何一つ状況が変わらないのは。でも、言わずにはいられないのだ。
「てかなんであいつから呼び出しといて遅刻してくんのよ。」
「まあ、喜多だからな。」
「やめろそれ!」
 俊介はニヤリと笑った。
 それからどれくらいの時間が経っただろうか、俺には悠久の時にも感じられたが、ついにカランカラン、という鐘の音が鳴った。
入口の方を見るとそこには、俺たちを探す喜多の姿。
「こっちこっち。」
 俊介が喜多に向かって手招きしながらそう言った。
「おおいたいた。」
 喜多は悪びれる様子もなく、ドカッと席に腰をおろした。
「お二人さんとももうお揃いでしたか。」
「お揃いでしたかじゃねえだろ。」
「ナイスツッコミ!さすがガッチマンズのツッコミやってるだけはあるね。」
 何だろう、よくそう言ったニュアンスのことを言われることはあるが、こいつのそれは別格に腹が立つ。
「そんな怒るなって。」
俺はすっかり冷めてしまったコーヒーを流し込んだ。
「で、今日はどうしたの?」
 俊介が切り出す。
「いやそれなんだけどな、今日はどうしても話したいことがあって、この場を設けてもらったのよ。」
 この場を設けてもらった、いちいち鼻につく言い方をしてくる。
「実はさ、いやまだオフィシャルには言えないんだけど、俺たち解散すんのよ。」
「え、虹色バンブー?」
 驚く俊介。いや待て、それより何より先に言いたいことがある。
「何だよオフィシャルって。芸歴三年目の芸人がオフィシャルとか言うな。」
「まあまあ落ち着いてって。えでも、なんで解散することになったの?同期の中では割と順調だったのに。」
「まあちょっと複雑なんだけど、いわゆる方向性の違いってやつ?」
「どこが複雑なんだよ。」
 俺はむきになってそう言った。
「いやきっと色々事情があるんだって。」
「大体あれだぞ、方向性の違いって意味わかんないからな!濁すならもっと濁せ!説明するならちゃんと説明責任を果たせ!」
「政治家か!」
 喜多は笑いながらそう言った。なんだその、クラスの一軍のお笑い担当がしそうな低クオリティのツッコミは。
 明らかに不愉快そうな俺を見て、俊介が話を続けた。
「で、どっちから解散切り出したの?」
「うーんどっちだったかな。えーっと確か、俺だった気もする。」
 この言い方は多分あっちからだ。解散するとまでは思っていなかったが、山本くんからはよくこいつの愚痴を聞いていた。
大体、こうやって肝心な部分を濁すところも気に食わない。
「そうだったんだ。二人とも結構いい感じだったのにね。」
「まあな、でもこればっかりは仕方ない。」
 少しは謙遜をしろ、このバカ。食えてない時点で、いい感じも何もない。
「で、話って言うのは今のこと?」
「ああそう、そうだったな。その話をしに来たんだった。」
 お前の方から呼び出しておいて、そうだったな、じゃないだろ!
「まあ解散と関係ある話ではあるんだが……」
 喜多は神妙そうな面持ちで話し始めた。
「ライブ被ったりするたんびによくお前らのネタを袖から見てたんだけどさ、いつもなんか惜しいなって思ってて。」
 何を話すかと思えば、急なダメだし。
「何だお前。」
 怒りとかでもなく、普通に言葉があふれてきた。
「まあまあ。それで?」
「で、なんか足りないなって思ってたんだけど、何が足りないかわかんなくて。」
「うん?」
俊介は要領をつかめないといった表情で首をかしげた。
「でもお前らに何が足りないか、やっとわかったんだよ。」
「おお、何が足りないの?」
 喜多がよくぞ聞いてくれましたといった感じで目を見開く。
 おい嘘だろ、まさかそんなことを言うんじゃないだろうな。
「俺だよ。」
 こいつ、やっぱり言いやがった!
「俺?」
「ガッチマンズに俺が入る。」
 どや顔をする喜多。驚く俊介。愕然とする俺。
「なるほど。」
「おい、納得するな!」
「いやでも確かに、何か足りない気はしてたんだよ。」
「そりゃあそうだよ。全部足りてたら売れてるよ。それを探すのが売れるためにしなきゃいけない作業だろ?」
「それが、俺。」
「お前ではねえよ!」
「いやでも一旦、喜多の話も聞いてみよ。」
「お前正気か?」
「まあまあ揉めんなって。」
「誰が仲裁してんだ!」
「慎吾、一旦落ち着こ。みんなが見てる。」
 そういわれて冷静になって周りを見渡してみる。
 誰一人例外なく、みんなが昼過ぎの喫茶店で大声を出す男の方を見ていた。
「すいません。」
 聞こえるか聞こえないかのボリュームでそう言いながら姿勢を正した。
「今のくだりも漫才みたいだったな。」
 強めに喜多を睨む。
「とりあえず一旦、どういうことか聞いてみようよ。」
「ん。」
 俺はさっきまでの恥ずかしさをかき消すようにしぶしぶ了承した。
「金田、ありがとう。」
 喜多は大きく咳ばらいをしてから続けた。
「良くも悪くも、ガッチマンズのネタってシンプルじゃん。金田がボケて、飯村がツッコむ。もちろんそれも面白いんだけど、どうしてももうひと展開欲しいな、って思っちゃうんだよな。」
「確かに、それはよくダメ出しでも言われるんだよね。」
 俊介がそう答えた。それは俺自身、一番わかっている。
「なんか設定は面白いのに、いまいち広げ方が下手っていうか、なんて言うかなあ……」
「うんうん。」
「じゃあ百歩譲ってそうだとして、それがどうしてお前を入れるってことにつながってくるわけ?」
「やっぱり俺のボケって、唯一無二だと思うのよ。」
 自分で言うか?まあでも、芸人ならそれくらいの自信は確かに必要か。
「まあ確かに、そう思う。」
 俊介が答える。俺も否定はしない。
「だからガッチマンズに俺が入ることで、革命起こせちゃうな、と思って。」
「革命!」
 サンタクロースからプレゼントをもらった子供の様に目を輝かせる俊介。一番やばい状況である。
「待て待て、早まるな俊介。お前、宗教とか占いに傾倒するやつと同じ顔してるぞ。」
「今のも悪くはないんだけどねえ。」
 渋そうな顔を浮かべる喜多。
「何だ、今のも悪くはないって。」
「例えば今のツッコミも、傾倒ってフレーズは確かに面白いんだけど、いまいち伝わりづらい気がするんだよね。」
 何気ないツッコミにダメ出しをされると殺意がわいてくる。
「ガッチマンズのネタって、お客さんを選ぶっていうか、もっとポップに考えてもいいと思うのよ。」
「もっとポップに?」
 未だ興味津々な俊介。
「そういう路線で攻めていったらちゃんとファンもつくと思うんだよな。」
「ファンねえ。」
「お前ら、ぶっちゃけファンとかいる?」
「いやその……」
 渋る俊介。
 正直な話、ほぼ0だ。ライブに出てそれなりに手ごたえがあった日でも、エゴサーチしたところで一件も引っかからない。ライブのチケットだって、友達相手にしかはけたことがない。
「やっぱりな。そうだと思ったよ。」
喜多は深く頷いた。
「でもその点は大丈夫。俺が入ったらタケノコが応援してくれるから。」
「タケノコ?」
「そう、俺たちのファンのニックネーム。」
「何だそれ。」
「だから、俺たちのコンビ名、虹色バンブーだろ。バンブーは竹って意味だから、俺たちを応援してくれるファンはタケノコよ。」
 クソダサい!誰が、何を、のたまわっているのか!
「いいなあ。」
 俊介がそうこぼす。
「いやタケノコだぞ!クソダサいだろ!」
「ファンいないよりはいいじゃん!」
 俊介が大声でそう言った。
「それは……」
 何も言えなくなってしまった。何も言えない無言の時間が続く。
「ま、まあまあ。俺も色々考えてきたからさ、聞いてくれよ。」
 重すぎる空気を換えようと喜多がいつも以上に笑顔を浮かべながらそう言った。
喜多に、フォローされた。これはもういよいよである。
「これなんだけどさ、」
 そう言いながら喜多はバッグからノートを取り出した。
 そこには喜多なりにいろいろ考えたのだろう。ノートいっぱいに様々なアイデアが書かれていた。
「すげえ、こんなに考えてきたの?」
「当り前だろ。何も考えないで誘うわけないじゃん。」
 褒められたのが嬉しかったのか、喜多は誇らしげにそういった。
「これ、トリオ名の候補?」
 俊介がノートを指さして聞いた。
「そうそう。やっぱりトリオになるならさ、三に関する名前がいいかなと思って、色々考えてきたんだよ。」
 御三家、三原則、三種の神器、三国志、じゃんけん、トライアスロン、ビッグスリー、そこには色々な言葉が書かれていた。
「で、特にいいなと思ったのが、トリコロールよ。」
「トリコロール?」
「青、白、赤のフランス国旗のことだよ。」
「へえ。」
「挨拶ギャグも考えてきたんだよ。」
「挨拶ギャグ?」
 ちょっと、嫌な予感がする。
「クールな青担当、カネシュンです!情熱の赤担当、喜多です!まっさらな白担当、飯村です。三人合わせてトリコロールです。」
「おおお、いいね。」
 よくない!よくないぞ!おれはそんなことがやりたかったんじゃないんだ!
「慎吾はどう思う?」
 俊介が聞いてくる。
「俺は……」
 俊介の、夢見る少年のような目。
 俺自身何がいいのかなんてわからないが、正直ここまで喜多が真剣に考えてきたことにはほんの少しだけ感心していた。
「まあ、うん……」
 だからと言って首を縦には振れない。
「悪くはないよね!」
 そうだな、とこぼすことしかできなかった。
「でこのトリコロールの表記なんだけど、トリコロールのトリコの部分を、漢字で虜にするのはどうよ?」
 おいおいおい、本気か?本気なんだな?
「君の虜、とかの虜ね。いいじゃん!ねえ、慎吾?」
「んん……」
 はいともいいえともとれぬ返事。
「もちろんあれだぜ、今日この場で組もうなんて、そんなことを言うつもりはない。」
「まあさすがにそれはそうだよね。」
「色々ライブに出てみて、それで手ごたえがあれば、晴れてトリオ結成ってわけ。」
「うんうん、いいと思う。せっかくのチャンスなんだし、何でも試してみた方がいいよ。」
 それからも二人は楽しそうに話し合っていた。
 俺は芸人を志したころに夢見た芸風とどんどん乖離していくことに絶望しつつも、もしかしたら今までのやり方は間違っていて、このやり方こそが正解なのかもしれないと、ただただ苦悶することしかできなかった。

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