アリ、時々キリギリス 雨の街編 -拾-

前回まで。


 二人が食卓に向かうと、既に食事の用意は終わっており、グルメとシガも席についていた。
「おはようございます。」
「ああ、カクリくん、テトくん。おはよう。」
 グルメは少し寂しそうに笑いながら答えた。
「どうも。」
 そう言うと二人も席に着いたが、それ以上何も会話は生まれなかった。
「皆様、おはようございます。」
 声のする方を見ると、扉のところに優しい表情を浮かべたホトリとユリネが立っていた。
「あ、おはようございます。」
 カクリは席を立とうと中腰になりかけたが、ホトリに無言で制され、そのまま座り直した。
「おはようございます。」
「よお。」
 シガも二人の方をちらっと見たが、挨拶は返さなかった。
「一週間、お疲れ様でした。皆さんのおかげで無事終えることができました。」
「無事、ね……」
 シガがぼそりと呟いたが、誰も反応しなかった。
「お昼には迎えが来ますので、ここでの最後の食事を存分に堪能してください。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
「じゃあ、いただきましょうか。」
 カクリは皆に向かってそう言った。
「そうだな。」
「食べましょう。」
「いただきます。」
「「いただきます。」」
 せっかくの美味しい料理にもかかわらず、四人は一言も会話することなく黙々と食事を続けた。
 カクリにとってもここ数日の料理は本当に美味しく、食事の時間はここでの幸せな時間の一つだったが、やはりどこか楽しみ切れない自分がいた。

「本当に美味しかったです。ありがとうございました。」
 食事が終わると、カクリはテトを連れてホトリたちの元へ感謝を述べに行った。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。」
「本当、ありがとうございました。」
 ホトリとユリネは二人して感謝の言葉を述べた。
「まあなんだ、最後はどうにもなこともあったが、俺はここで働けて良かったよ。」
 テトはそう言うと、二人に握手を求めた。
「ああ、それはよかった。」
 握手を返す二人の表情は、少しだけ明るくなったように感じられた。
「どこかで七七七(よろこび)を食べる機会があったら、二人のことを思い出させてもらうよ。」
 それだけ言うと、テトは足早に部屋を出ていった。
「すみません、なんか偉そうで。」
「いえいえ。そんな風に思ってもらえたのなら、農家冥利に尽きますよ。」
「本当ねえ。」
「もう荷物の準備はできましたか?」
「ああ、あと少しです。」
「そうですか。迎えが来ましたらまたお呼びしますので、それまでにお願いします。」
「はい。ありがとうございました。」
 カクリは深々と一礼すると、自分の部屋に戻り、荷物をまとめるのだった。

「なんだ、帰りは一台で帰れるのか。」
 テトは到着した馬車を見て、そういった。
「テト!」
「まあいいじゃねえか、これくらい。」
 テトはカクリの背中をポンと叩いた。
「二人とも、じゃあな。」
 そう言うと、テトは馬車に乗った。
「それじゃあ、失礼します。」
 グルメもそう言うと馬車に乗る。
 シガは相変わらず何も言わなかったが、二人の方に軽く会釈をすると足早に乗り込んだ。
 彼なりの礼儀だったのだろう。二人もそれに答えるように一礼した。
「それじゃあ、本当にありがとうございました。お体に気を付けて。」
「「ありがとうございました。」」
 カクリが乗り込むと、馬はいななき、ゆっくりと馬車が動き始めた。
 帰りの馬車も重い空気が流れていたが、意外にもその静寂を破ったのは、すっかい寝ていると思われたシガだった。
「なあ、最後にまた奏でてくれよ。」
 思わぬ提案にテトを始め、カクリとグルメも面食らったが、テトは何も答えずにバイオリンを取り出すと、綺麗な音を奏で始めるのだった。

 喜田恵に戻ると、シガは聞こえるか聞こえないかの声で、ありがとな、と呟き、そのまま颯爽と街の喧騒へと溶けていった。
「なんだ、意外といいやつじゃねえか。」
「そうかもね。」
「でもやっぱりちょっとだけ、怖いです。」
 グルメのその意見に二人も同意せざるを得なかった。
「それじゃあ、僕もこの辺で。」
「おお、そっか。」
「グルメさん、ありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。いつかカクリさんの本が読めるの、楽しみにしておきますね。」
「ありがとうございます。」
 グルメは一礼すると、ゆっくりと去っていった。
「さてと、どうするか。」
 グルメの背中が見えなくなると、テトはそう切り出した。
「そうだな。とりあえず、雨宿に戻ろうか。」
「まずはそうだな。」

「こんにちは。」
 雨宿に着くと、カクリは声をかけた。しかし返事は聞こえてこない。
「いねえのか。」
 テトがそう言うと、すぐに返事が返ってきた。
「いるよ。」
「お……」
 裏からにょきっと顔を出したのは、もちろんヒロノだった。
「どうも。」
「おかえり。」
「おお。」
「部屋は空いてるから、そのまま入んな。」
「ありがとうございます。」
「夕飯はどうする?」
「えっと……」
 ここに着いた初日の夜を思い出して迷うカクリ。
「頼むよ。」
 テトはそう答えた。
「はいよ。」
「行くぞ。」
 カクリはテトに連れられるまま、部屋へと向かった。
「ご飯、食べるの。」
「久しぶりに食べたいじゃねえか。」
「まあ、そうだね。」
 その日の夕飯は、やはり、体にいいであろう薄味の料理だったが、それがどうにも疲れた二人の体に染み入るのだった。

 二人が喜田恵に戻ってきて、早くも数日が経った。
 カクリは今まで通り、仕事をしながら、夜になるとこの街であたことをまとめ、テトはテトで演奏をし日銭稼いでいた。
 そんなある日のこと、いつものようにダム修復の仕事に行こうとしたカクリに声をかけてくる人物がいた。
「カクリさん、お久しぶりです。」
 振り返ると、その声の主はギルドマスタ―のミトミだった。
「あ、ミトミさん。お久しぶりです。」
「今からお仕事ですか。」
「ええ、まあ。」
「ああ、いつもありがとうございます。」
「いえいえ。」
 カクリは何とも言えない感情になった。ミトミにはきっと何か目的があるに違いない。
「どうか、されましたか。」
「ああ……」
 どうやら図星のようだった。
「今日の夜、こちらにテトさんと二人で来ていただくことは可能でしょうか。」
「ええ、もちろん。」
「では、お願いします。」
 それだけ言うとミトミは足早に立ち去った。
 何かはわからないが、とりあえずはミトミの言うことに従うしかないと思った。

 カクリはその日の仕事を終えると、嫌がるテトをどうにか説得せねばならなかった。
「なんでそんなことしないといけないんだよ。」
「それは僕にもわからないけど、なんか真剣そうだったし。」
「だからってよ……」
「あの農場での仕事だってミトミさんが紹介してくれたんだよ。」
「ああ、もう、分かったって。」

 ギルドに着くと、既にほとんどの部門が営業時間外ということもあり、閑散としていた。
「あ、ミトミさん。」
 ミトミはあまり人気のないギルド内で、ひっそりとたたずんでいた。
「お二人とも、お忙しい仲御足労いただきありがとうございます。」
「いえいえ。」
「本当だよ。」
「テト?」
「はいはい。」
 二人はミトミに導かれるまま、ミトミの部屋へと向かった。
「こちらのどうぞ。」
 二人はミトミに言われるまま、席に着いた。
「コーヒー、飲まれますか。」
「ああ、はい。お願いします。」
「よろしく。」
「ちょっと準備しますね。」
 ミトミはそう言うとコーヒーを入れ始めた。
「お二人は、まだ喜田恵にいらっしゃるんですか。」
「いや、実はニ三日中には立とうかと思ってまして。」
「ああ、そうなんですか。」
「十分楽しませてもらったからな。」
「そうですか。」
 ミトミはカップを三つ乗せたお盆をもって、二人の方へと近づいてきた。
「インスタントですが、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「どうも。」
 二人にコーヒーを差し出すと、ミトミも向かいの席に座った。
「今日呼んだ理由をお話してもよろしいですか。」
 ミトミは一息ついてからそう話し始めた。
「はい。」
 二人も姿勢を正す。
「私の方からお二人に振った農作業のお仕事、あちらで色々と、その、起きましたよね。」
「はい……」
 テトも無言で頷いた。
「その結果、ノロンというフリーパスが捕まりました。しかしあれは決して単独ではないと睨んでいました。」
 二人は片時もミトミから目を離さなかった。
 ミトミが深く深呼吸をする。
「当ギルド幹部のハノが黒幕でした。」
「え……」
「まさか!」
「本当です。近日中に報道されることですので、特に直接ご迷惑をおかけしたお二人には先に伝えておこうと思いまして。」
「でも、なんで……」
「詳しいことはまだ捜査中ですのでわからないそうですが、意外と野心家な部分がありましたので。」
 二人には返す言葉が見当たらなかった。
「私は陰では金にうるさいケチな男だと言われてます。それは自分でもそう思います。」
 ミトミは悲しそうな表情で笑った。
「でも、お金も大事ですが、仲間には代えられないんですよ。」
 ミトミはコーヒーをグッと飲みほした。
「今まで防げなかった七七七の流通を今回はなんとか阻止できて本当に良かったと思ったのですが、そんなものよりも大切なものを失ってしまいました。」
 ミトミは目を閉じると、うつむいた。
「カクリさん、あなたは本を書きたいんですよね。」
「はい……」
「そうしたらどうか、私のこの思いを届けてくれませんか。あなたの本からそう学んでくれる人がいたら、それだけで少し救われる気がするんです。」
 カクリは何度も頷いた。
「そしてテトさん、あなたの音楽は素晴らしい。これからも、人を幸せにしてください。」
「ああ……」
 ぐすっと、ミトミが鼻をすすった。
「ああ、すみません。どうにも鼻が出て、風邪ですかね。」
 ミトミはちょっとだけ笑ってみせた。
「カクリ、行くか。」
 テトはそう言うとすぐに席を立った。
「うん。」
「ミトミのおっさん、俺はあんたと出会えてよかったぜ。」
 そう言うとテトはつかつかと部屋をあとにした。
「ありがとうございました。」
 カクリも深々と頭を下げると、テトの背中を追った。

「ヒロノさん、本当にありがとうございました。」
「おお、もう行くんだね。」
「世話になったな。」
「はいはい。まあ、楽しくいきな。」
 二人が雨宿を出ようとすると、ヒロノが呼んだ。
「これ、おにぎり。」
「え、いいんですか。」
「おお、サンキュー。」
「最後の出血大サービス、いつもより塩濃い目で作っといたから。」
「マジか。」
「なんかすみません。」
「ほれ、とっとと行きな。」
 二人はヒロノに一礼すると、雨宿を後にした。

「そういやあの失礼な門番、あれ以来見てねえなあ。」
 街の入り口までつくと、テトはついさっきの出来事かの様に厭味ったらしくいった。
「いつまで根に持ってんだよ。」
「俺はずっと根に持ってるぞ。」
「全く……」
 カクリは思わず呆れてしまった。
「それで、本格的にどうすんだ?」
「うーん、何も考えてないや。」
「まあ、それが俺たちらしいからな。とりあえず、歩くか。」
「そうだね……そういえば、受付のことはどうなったの?」
「あれはまあ、なんだ。」
「うまくいかなかったんだ。」
「うるせえなあ。」
「まあいいけどさ。」
「そういうカクリはどうなんだ。」
「僕は別に出会いを求めてるわけじゃないから。」
「何を強がりやがって。」
「強がってないから。」
 二人は小雨が降る中、そんなくだらない話に花を咲かせるのだった。

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