メモリアル

 1月も半ばとなると、当たり前ではあるがすっかりお正月気分も抜け、最早普段と変わらぬ日常である。
 役所というのは年末年始の三日ずつ、合わせて六日しか休みがない。
 もちろん世の中を見れば、大晦日も元日も、変わりなく働く人もいよう。しかし同じように世の中を見れば、休みを合わせて10連休なんて人もいる。
 まあそんな話も、もうこの時期になれば関係ない話なのだが。
 もうすっかりお正月モードも抜けていた石嶺はいつもと同じような生活を取り戻していた。
 年末年始はというと、実家に帰ったり、旧遊と飲み会などをする機会も多く、少しばかりトレーニングから離れてしまっていた。
しかし今はもうトレーニングを再開し、食事も以前のように健康を意識したメニューにしていた。
「おお、石嶺。」
「ああ、佐古。」
「あれ、もしかして、あけましておめでとう、か。」
「ああ、確かにそうかも。あけましておめでとう。」
「おお、今年もよろしくな。座っていいか。」
「もちろん。」
 佐古は石嶺の前に座ると、おそらく自前の弁当包みを開いた。
「あれ、木崎じゃないの。」
「今日はな。あれから俺も少しだけど意識するようになって、気を付けられるときは気をつけるようにしてるってわけ。」
「へえ。」
 以前、ここで筋トレの話をして以来、二人はたまに一緒にジムに行くようになっていた。
「石嶺は年末年始はどうしてた?」
「俺は実家帰ったり、学生の時の友達と会ったり、そんな感じかな。」
「そっか。え、そういうときも我慢するの?」
「まあ多少は気を遣うけど、そういうときはそういうときって割り切ってる。」
「ああ、よかったー。」
 佐古は露骨に安心した表情を浮かべた。
「え、どうして?」
「いや、正直年末年始はサボっちゃってさ、石嶺はどうなのかと思ってたから。」
「ああ、そういうこと。」
 石嶺は鼻で笑った。
「まあ、自分のできる範囲でいいんだよ。別にアスリートじゃないんだし。」
「そうだよな。」
 佐古は嬉しそうに食事に戻った。
「佐古は、どうしてたの。」
「ああ、俺?俺は、兄貴が東京に住んでるんだけど、去年兄貴のとこに男の子が生まれてさ。」
「甥っ子さん?」
「そう。で、そんな状態だからこっち帰ってくるのもあれだろうしって、両親連れて東京まで行ってきたんだよ。」
「へえ、そうだったんた。」
「あ、そうだ。あれ知ってる?メモリアルベアっていうの。」
「いや、わからん。記念の、熊?」
「そうそう。」
 佐古は頷いた。
「え、なんだそれ。」
「そうだよな。いや俺も初めて知ったんだよ。」
 佐古は笑いながら説明した。
「赤ちゃんが生まれたときと同じ身長、体重で作られたテディベアなんだよ。」
「テディベア?」
「そう。まあだから親御さんは、あなたは生まれてきたときこうだったのよ、みたいな感じで行ってもいいし、単純に記念になるし、みたいな。」
「へえ、そういう文化があるんだ。」
「そう、で、うちの兄貴夫婦がそれやってたんだけど、なんか不思議だったぜ。」
「何が?」
「だってさ、テディベアにしては重いんだぜ。」
「ああ、確かに。同じサイズ感のぬいぐるみより重いのか。」
「そう。なんかそんなの見ちゃうとさ、家族いるのっていいな、って。」
「うーん……それは俺も思うよ。」
「周りもどんどん結婚していくもんな。」
「そうだな。」
「「はあ……」」
 揃えようとしたわけでもないのに、二人からは同時にため息が漏れていた。
 せっかくの昼休み、二人はなんだか少しだけ、沈んだ気分になった。

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