銘柄

「ふうー。」
 高森は自販機でコーヒーを買うと、深いため息をついた。
「いただきます。」
 こうやって気分が落ち込んでいる時こそ、しっかりと感謝を口にする。高森は昔からそう決めていた。
「はあ、美味しい。」
 疲れていつもより少し弱った体にコーヒーが沁み渡る。
 高森は宙を見つめながら、ただただ黄昏ていた。
 誰かが自分の名前を呼んでいる気がする。
「…もり。高森、高森!」
「はい!」
 自分の名前を大きな声で呼ばれ、ふと我に返った。
「おい、大丈夫か。」
「あ、はい。すみません。」
「いや、全然大丈夫だけど。」
 高森に声をかけてきたのは、昔から高森を目にかけてくれている久野だった。
「すみません、ちょっと色々。」
 久野は静かにうなずく。
「高森、煙草吸うっけ?」
「あ、学生の頃はちょっと。」
「久しぶりにどうだ?」
「あ、いいんですか。」
「おお、行こう。」
「はい。」
 高森は就職して以来、ほとんど煙草を吸わなくなっていたので、社内のどこに喫煙所があるかも知らなかった。
「ここ、ここ。」
 久野に案内され、ビルの端っこの方にある喫煙所に入った。
「こんなところにあったんですね。」
「おお、そっかここ来たことないか。」
「はい。」
「俺が入社したころはもっとあったんだけどな、今はここだけよ。」
「ああ、そうなんすね。」
「先生方でも吸う人少なくなってきてるし、仕方ないとはいえなんだか寂しいよ。」
 久野は箱から一本だけ煙草を突き出し、高森に向けた。
「ほい。」
「あ、ありがとうございます。」
 高森は両手で受け取った。
「これ、なんですか。」
「ああ、これこれ。」
 久野の手にある箱を改めてみると、あまり見かけたことのない銘柄だった。
「初めて見ました。」
「まあ結構レアだな。」
 高森が口に煙草をくわえると、久野はジッポライターを差し出した。
「あ、すみません。」
「おお。」
 高森は久しぶりに煙草を口に含んだ。そしてゆっくりと吐き出す。
「はあ、こういうんでしたっけ。」
「まあ種類も違うだろうからな。」
 久野は鼻で笑った。
「で、どうしたよ。」
「いやまあ、ちょっとさっきの会議があんまりうまくいかなくて。」
「ああ、なるほどな。」
「でまあ、ちょっと落ち込んでたというか。」
「でも珍しいな。割とそういうの気にしないタイプだと思ってたわ。」
「今回は結構自信あったんで。」
「ああ、あるあるだな。」
「あるあるなんですかね。」
「あるあるだよ。頑張ったもんに限って評価されないんだから。」
 高森は無言で頷いた。
「まあ当たり前だけど、あっちからしたら高森が頑張ったかどうかなんて関係ないからな。」
「はい……」
「いや俺はもちろんわかってるぜ。」
「ありがとうございます。」
「うーん、今日夜空いてるか。」
「はい。」
「じゃあ、これしかないな。」
 お酒を飲むモーションをする久野。
「はい!」
「ストレスたまったときは、話して飲むに限る!」
「はい!」
「じゃあ、あとでな。」
 そういうと、いつ吸い終わったのか、久野はタバコを火を消し喫煙所を後にした。

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