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「坂の途中の家」角田光代

”0”とナンバリングされた作品がある。
本編の前日譚を描く、本筋からしたらおまけのような作品たちだ。
シリーズが好きになると、このおまけが大好きになる。
あのキャラクターの昔、過去として語られるエピソードの深堀り、ファン垂涎というやつだ。

本作に”0”があったら読みたい。ぜひ読みたい。
ただ上記のような楽しい気持ちでは、無い。

飛行機雲がある、あれは大気がもう雲が出来る条件を兼ね備えている状態で、たまたま飛行機がとぶことで、その軌跡に細かい粒子がまかれる。
その粒子が大気と反応して雲が出来る。
つまり、いつでもちょっとしたきっかけがあれば事象が発生するというものだ。

本作の主人公もある出来事によって、今まで雲1つない空に線が引かれるように生活が変化する。
ただこれは飛行機雲のようなきれいなものではなかった。
平穏な生活にヒビが入るような黒い黒い線ではなかろうか。

だから”0”が読みたい。
粒子がまかれる前の空は、一体どんな気持ちで雲が出来る状態になっていたのか。
主人公は本作の前はどんな風に暮らしていたのか。。知りたい。

あらすじ。
主人公は幼い子供を持つ専業主婦だ。
そんな彼女がある殺人事件の公判において裁判員として選ばれる。
裁判員といっても、予備の要員「補充裁判員」だ。
補充といってもしっかり毎回出席し、事件と接しなければならない。
審議されるのは、ある女性がまだ赤ん坊であるわが子を、風呂に沈めて死なせてしまうという事件。
これが殺人かどうか、が裁判の焦点となる。
裁判の様子と裁判員である主人公の状況が描かれる。
小さい子供はイヤイヤ期で言うことを聞かず、裁判中は夫の両親に預けるのだが、祖父母に甘やかされた娘はより一層わがままに。
義理の両親ということもあり「甘やかさないで!!」とは中々言いだせないし、何事につけてもなんとなく遠慮がある。
子育てのストレスと、徐々に読者の前に提示される夫とのすれ違い。
それらのストレスが、行き場の無い思いが、被告である女性とその境遇・事件とリンクしていく。

物語の主軸として描かれる裁判。
事件はある、あるけれども本作の本質はそこじゃない。
主人公の周りを囲む牢獄、漠然とじわじわと読者に迫る閉塞感。
それは牢獄だ。
みなさんには、その牢獄の正体を読んで確かめて欲しい。

なぜ人は寄り添いたがる?こんなにもこの世は地獄なのに。

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