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#016. 摩天楼オペラが体現した「もののあはれ」とビジュアル系の歴史。

摩天楼オペラ「真実を知っていく物語」(2022)

はじめに

日本独自の音楽カルチャーと言えば、ヴィジュアル系(以下、V系)だ。
今さら説明するのも恐縮だが、その語源については、以下に引用する。

ビジュアル系ロックという呼称がいつごろ生まれたかという点について、現在は1989年にメジャーデビューしたバンド、X JAPAN(当時はX)が高い人気を獲得した1990年代初頭だというのが定説となっている。
その根拠は、 X JAPANのキャッチコピーが「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」だったこと、1990年に創刊された、X JAPANと似た特徴をもつバンドを中心に取り扱う音楽雑誌「SHOXX」のコピーが「鮮烈なビジュアル&ハード・ショック」だったことである。

高増明「ポピュラー音楽の社会経済学」 (2013)

要は、X JAPANによってもたらされた音楽カルチャー、それがV系である。
そして彼らが日本市場で売れたからこそ、LUNA SEAやGLAY、L'Arc〜en〜Ciel、そして黒夢といったバンドがチャートを席巻したのだ。

一方で、賛否両論渦巻くムーブメントであったのも事実であり、ここでほんの少しだけ、V系の歴史を紐解いてみようと思う。

X (1989)

まず、V系バンドの全盛期は1990年代と言われている。
(ちなみにJ-POPという言葉が生まれたのもこの時期。)

このV系バンド達がどのように生まれ、日本を席巻することになったのか、これについてはまず、歴史を追って考えてみたい。

1980年代とは、イギリスで勃発したポストパンクやニューウェイヴの影響を受けたバンドが日本にも出現した時期である。
AUTO-MODなど耽美的なメイクを施したバンドは、ポストパンクとしてインディーズ界隈を刺激し、その地平線上にBUCK-TICKやLAUGHIN' NOSEが現れたことは言うまでもない。

BUCK-TICK (1987)

そしてまた、ジャパニーズメタルの存在もV系を語る上では欠かせない。
1980年代には、LOUDNESS、EARTHSHAKER、44マグナムなど、今の世代でも耳にしたことがあるかもしれないバンド達が勢いを増していた時代でもあった。

そして、歌謡ロックである。
これは1980年代当時のBOOWYやレベッカを指すわけだが、彼らの存在を無視してV系、、、いや、日本の音楽史を語ることは出来ない。
特にビートパンクとも呼ばれたBOOWYの音楽性及び日本語と英語がハイブリッドした歌詞の世界観は、後のV系バンドにも大きな影響を与えたように思う。

BOOWY (1981)

ここでバンドブームについても明記しておく。
1980年代後半からTV番組「三宅裕司のいかすバンド天国(通称:イカ天)」の影響もあり、日本全国津々浦々で第2次バンドブームと呼ばれるムーブメントが勃発した。

その「イカ天」出身バンドとして、JITTERIN'JINN(奈良)やBEGIN(沖縄)、たま(東京)、そしてBLANKEY JET CITY(愛知)などが流星の如くシーンに登場することになる。

また、東京は原宿の歩行者天国を主戦場としたストリート系バンドも人気を集め、特にJUN SKY WALKER(S)やBAKU、THE BOOMは40代以上の我々にとっては記憶に新しい。

この第2次バンドブームには国内の各レーベルも鋭く反応し、THE BLUE HEARTS(東京)、SHOW-YA(東京)、UP-BEAT(福岡)、人間椅子(青森)、ユニコーン(広島)などが次々とメジャーデビューを果たしていった。

UP-BEAT (1986)

こうしたロック系バンドによる百花繚乱の時代を背景にして、冒頭で述べたXが1989年にメジャーデビューとなる。
要するに、第2次バンドブームの絶頂期に、Xが登場したということ。

X。
おお、Xよ。

彼らはパンクやメタルといったオーセンティックな音楽性を内包しつつ、日本人の琴線に触れる美旋律と、様式美あふれるクラシカルなアレンジによって、瞬く間にファンを増やし、ヒットチャートを駆け上っていく。

何よりも、各メンバーの演奏スキルが素晴らしく、楽曲の良さもさることながら、総じてバンドサウンドとしても鑑賞に耐え得る質感の高さが彼らのセールスポイントでもあった。

例えば、ツーバスを多用した高速なドラミングに、エッヂの効いたギターリフ&ツインリード、、、NWOBHMやジャーマンメタルからの影響を全面に押し出したそのスタイルは、化粧が派手なビジュアルだけのバンドではないことを証明したのだ。

こうして日本のお茶の間に衝撃を与えたXの成功により、1990年代に入ると雨後の筍のように、全国各地からV系の実力者達が現れ始める。

ZI:KILLやD'ERLANGER、BY-SEXUAL、LADIES ROOM、COLOR、かまいたち、、、そう、時は来た。
V系戦国時代の始まりである。

ZI:KILL (1991)

とはいえ、V系バンドが皆、Xのような成功を収めたかと言えば、決してそうでもない。
数枚のアルバムをリリースして消滅していったバンドも多い中、特にチャートアクションで目立っていたのが1992年にデビューしたLUNA SEAである。

彼らは先輩であるXが確立したV系サウンドのフォーマットを上手く活用し、日本ならではの大衆音楽、つまりJ-POPの音楽性に近接することによって、リスナーの裾野を広げた功労者的存在とも言えよう。

その裏付けとして、1994年に発表された「MOTHER」はオリコンチャートで2位を記録しており、次作「STYLE」では見事に1位を獲得している。

LUNA SEAによる、J-POPに近接した作戦は功を奏し、結果的にV系のイメージアップとファン層の拡大という2つの偉業を成し遂げることになったのだから、XとLUNA SEAはV系の二大巨頭とも言い表せるだろう。
彼らに続いたGLAYやL'Arc〜en〜Ciel、そして黒夢らの成功がその証左だ。

その後、V系を取り巻く音楽シーンにおいては、La'cryma Christi、SHAZNA、FANATIC◇CRISIS、そしてMALICE MIZERといった実力派バンドが台頭し、これをもって名実ともに、日本独自のカルチャーとして定着したと言える。

SHAZNA (1997)

しかし、2000年代に入ると、それまで活動していたバンドが相次いで解散、又は活動休止となったことを受け、バンドブーム及びV系を中心としたムーブメントは一旦下火となる。
これについては、日本のJ-POPシーンにブラックコンテンポラリーの波が押し寄せたことも遠因として考えらえるだろう。

その発火点となった安室奈美恵や宇多田ヒカル、倉木麻衣、MISIAなど、ジャンルで言えばR&B色の強い音楽が日本を席巻したことが挙げられる。
果たしてバンドサウンドからDTMサウンドへの変遷、、、といった意味でも興味深いトピックなのだが、この辺についてはまた別の機会でまとめたい。

さて、以上の歴史の流れを把握した上で、このV系ロックとは果たしてどのような音楽性を主たるものとしているのだろうか。
個人的見解として、それは「洋楽と邦楽のハイブリッド」ではないかと考えている。

すでに述べた通り、Xという新人類的なバンドの登場により、日本の音楽シーンにかつてないイノベーションが起こった。
これは間違いない。

つまり、パンクやニューウェイブ、ヘヴィメタル、ハードロックといった舶来の音楽が、日本の歌謡曲文化と真正面からぶつかり合ったのだ。
そこにド派手なビジュアルという独自の世界観を加えることによって、キャラクターとしての優位性を高めつつ、市場の注目を集めようとしたわけだ。

PENICILLIN (1996)

それを裏付けるものとして、V系バンドの多くは日本語の歌詞で歌っており、これは明らかに日本国内での成功を想定していたと考えられる。
そもそも、全編英語歌詞の曲が日本のオリコンチャートで1位を取ることは滅多にないわけだから、この作戦は当然と言えば当然であろう。

従って、V系バンドがドメスティックブランドとしての価値を高めているのはビジュアルのみならず、欧米の音楽的価値観を日本語で日本的に表現するという、ハイブリッド的な特異性に他ならない。
それはまた、海外から見ればエキゾチックなジャポニカの一種であったということも、V系を語る上では興味深いところである。

前置きが長くなってしまったので、そろそろ本題に移ろうと思う。
今回は、V系バンドとしても結成15年というベテラン選手、摩天楼オペラの新作「真実を知っていく物語」を紹介する。

本作はシングル「儚く消える愛の讃歌」「終わらぬ涙の海で」から続く3部作の完結編。「パンデミックで混沌とする現代を未来へと切り開いていく」というテーマを中心に楽曲が構成されている。CDには各曲のインストバージョンも収録。オフィシャルファンクラブ・Club摩天楼ではTシャツやフォトブック、ステッカーが付属する限定ボックスも販売される。
また昨年からライブやレコーディングにサポートギタリストとして参加していた優介が正式なメンバーとして加入することが決定した。彼を迎えたバンドは結成15周年を記念したアルバムツアー「15th Anniversary Tour -EMERALD-」を7月から実施。全国9都市を回り、過去の代表曲を中心とする「DAY 1 - 追憶の摩天楼」、ニューアルバムを中心にしたセットリストの「DAY 2 - 真実を知っていく物語」の2公演をそれぞれの都市で行う。

音楽ナタリー

率直に言って、今年を代表する邦楽アルバムだ。
オープニングからエンディングまで、メロディとリズムが計算され尽くしたアレンジと、コンセプチュアルな世界観にただただ圧倒されまくる、驚異的な全11曲、42分54秒である。

例えばこの全曲試聴トレーラーを聴いて少しでもピンと来たら、ぜひフィジカルで手に入れて欲しいと思う。
(サブスクと違い、CDはインスト盤がつく2枚組の構成。)

キレの良いVocalの歌唱力の高さはもちろん、楽器隊の技量の高さも注目すべき作品である。
ご存知ない方にお伝えするならば、彼らは5人組のバンドであり、Vocal、Guitar、Bass、Drum、そしてKeyboardという珍しい編成だ。

この曲など、誤解を恐れずに言えば、令和の「Silent Jealousy」にふさわしい。
メロスピ&メロパワを普段聴いている人にぜひ評価してもらいたい。

こうしたヘヴィメタルやハードロックを基礎とした音楽性の場合、XやLUNA SEAのように、ギタリストは2人の場合が多い。
それはバッキングに厚みがもたらされるのはもちろん、ギターソロ等のアレンジによってソリッドな表現に幅が出るからだ。

しかし、彼らはギタリストの代わりにキーボーディストを配置することで、ややシンフォニック寄りの音楽性を体現しようと試みている痕跡がある。
これは彼らの世界観にも通じる話なので、まずは片っ端からMVをご覧になって頂く方が話は早いと思う。

V系に必須な要素として、耽美的であるかどうかという視点がある。
どんなに音楽性が情緒的であっても、そのビジュアルから放たれる耽美性がなければ、それはV系としては物足りなくなってしまう。

そう、世界観である。
V系独特の世界観というのは、間違いなく存在し得るのだ。

僕はこれを「もののあはれ」という日本古来の美的理念で理解するように努めているのだが、摩天楼オペラに関しては、この新作によってついにその頂点に立ったと見ている。
これほど情感にあふれたV系らしい世界観を確立したアルバムは、10年に1枚出会えるかどうかだろう。

この曲を聴け!

本作について、お気に入りの曲はほぼ全てと言えるのだが、それでもあえてフェイバリットな曲を挙げるとすれば「赤い糸は隠したまま」である。

3曲目に登場するこの曲は本作においても重要なポイントに位置しており、そのメロディやアレンジのセンスに、摩天楼オペラがしっかりとV系の歴史を参照しているバンドであることを改めて再確認した次第。

歌詞の内容も素晴らしく、こうした”アルバム曲”が高い質感であることも本作の価値を如実に高めているように思う。
僕自身、つくづく、昨今のシングル至上主義には食傷気味でもあるので。

DJという立場から俯瞰してみても、本作の流れは絶品である。
オープニングから4曲目の「桜」まではHR/HM然としたパーフェクトな立ち上がりなのだが、5曲目「残された世界」で一転してシンフォニック的な表現の幅を見せつけると、中盤はクライマックスの連続だ。

このまま終盤まで息継ぎもさせないつもりかと思いきや、9曲目に「流星の雨」というポップな楽曲を配置することで、しっかりと物語の山と谷を作っているという事実。
ここにベテランならではの懐の深さを僕は感じたのだが、どうだろうか。

もし未聴の方は、この機会にぜひこの「物語」を体感してみて欲しい。
そしてV系が令和の今でも日本を代表するカルチャーであるという真実に、改めて衝撃と畏怖を受けて欲しいとも思う。


総合評価:97点

文責:OBLIVION編集部

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