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【目印を見つけるノート】88. ジェラール・フィリップのひとこと

パリの街。
画家と女学生がいる。
急に降ってくる雨。
女学生は傘をさしかけようとする。
画家は断る。

「傘はきらいだ。空を隠すから」

雨というと思い出すのは、映画『モンパルナスの灯』(1958)のこのシーンです。

そして、この一言で主人公のアメディオ・モディリアーニと、役者のジェラール・フィリップに心を奪われてしまいました。

▼予告編、かの台詞は出ていません。

※以下、ネタバレになる部分がありますのでご留意ください。

⚫モンパルナスの灯

この映画はモディリアーニがなかなか世に認められず、病と失意、アルコールによって世を去るまでを描いた作品です。監督のジャック・ベッケルは『現金に手を出すな』、『穴』のハードボイルドな作品でよく知られています。『フィルム・ノワール』というジャンルの走りですね。
モディリアーニのミューズ、ジャンヌ・エピュテルヌはアヌーク・エーメが演じました。綺麗ですよ~。

私のパリのイメージはこの映画やブラッサイの写真集で形作られましたので、ある時点まで見事にモノクロームなのです。ヘミングウェイはパリを移動祝祭日だと表現しましたけれど、彼とは違う見方をしていたのでしょう。

映画も明るくはありません。モディリアーニを取り巻く、画商、援助者……どの人も彼を幸せにする存在ではなく、彼を追い詰めていく。その様子が史実どおりではないけれど、リアルに描かれていく。モノクロですがカラーよりよっぽど濃いリアルです。

現実のモディリアーニも失意の死を迎え、ジャンヌは後を追って自殺しました。


⚫ジェラール、ジェラール

ジェラール・フィリップはこの映画でそれまでの役柄とは異質な人間を演じることになりました。
それまでは文芸作品が定番でした。
『赤と黒』(原作はスタンダール)
『肉体の悪魔』(原作はラディゲ)
『パルムの僧院』(原作はスタンダール)
『輪舞』(シュニッツラーの戯曲)
『危険な関係』(原作はラクロ)

彼はコメディ・フランセーズ(王立~国立の歴史ある劇団)に所属して映画に進出した根っからの演劇人でした。それに加えて容姿端麗なかたでした。「甘いマスク」の原点かもしれません。世間の評判としてはどちらかというと後者が勝っていたようです。ですので、影のある復讐者、あるいはどこまでもカッコいい騎士、女性を翻弄する美男子といったイメージの役がはまり役。

そこから一歩出て、疲弊した酔いどれ男を演じたというわけです。ベッケル監督もジェラールも、新しい顔を引っ張り出してみたかったのだと思いますがいかがでしょう。だとしたら、それは成功しています。

ただ、この映画が公開された翌年(1959)にジェラールはガンで亡くなり、ベッケル監督もその翌年に亡くなりました。そして、ヌーヴェルバーグの旗手たち(ゴダール、トリュフォーなど)が跡を継ぐように現れるのです。

さて、
ジェラールがセーヌ川の観光船の案内をする写真を見たことがあります。その姿はとてもユーモラスで明るかった。
「あちらに見えるのが、われらがコメディ・フランセーズでございま~す」チックな。
もちろん俳優というのは役になりきれば上出来なのですが、ジェラールの場合、素の部分というのは永遠に隠れたままになってしまうのだろうなとふっと思いました。ジェラールと話ができるなら、聞いてみたいです。
「バスター・キートンのような姿を演じてみたいと思われたこともあるでしょう」
「Oui」って言ってくれそうな気がします。


⚫アヌーク・エーメ

ジェラールは61年前(!)に他界しましたが、ジャンヌ役のアヌーク・エーメは健在です。彼女の代表作『男と女』の続編が昨年公開されたのも記憶に新しいですね。
はじめの『男と女』のデジタルリマスター版の予告編です。

こんな雨の日には一緒に、ぺたーっとして見たいです。
私は夜の車のシーンが好きです。
あのシーンはとりあえず安全運転。

ジェラールの早い死のことを思うと、アヌーク・エーメが今も健在なのは、何て言ったらいいのでしょう。つながって、つなげてくれているように思うのです。だって、彼女はジェラールが言うのをじかに聞きました。

「傘はきらいだ。空を隠すから」

淀川長治さん、こういう映画評だと落第でしょうか。あ、やっぱり。

⚫お籠りクラフトとばら

今日のテーマにちなんで、雨のイメージ。水色に染めたシェルのネックレスです。

あと、チェコガラスのしずくビーズをわしわしと銀のワイヤーで留めてみました。ワイヤーワークはまだまだ修行が必要です。

タイトルは、『男と女』にしておきましょう。フランシス・レイの。

ばらは赤い葉も緑になりました。

それではまた、ごひいきに。

おがたさわ
(尾方佐羽)

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雨の日をたのしく

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