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日本語は世界一難しい言語だと言えるか。

日本語教師という仕事をしている、と友人や知人に話すと、
ときどきこんな質問を受けることがあります。
「日本語って難しいんでしょ?」
「日本語は世界一難しいって聞いたことあるけど、本当?」
この記事を読んでいるあなたも、一度は耳にしたことがあるでしょうか。
日本語最難関仮説」を。

かく言う私も、各種SNSで聞いたことがあります。

今回は、さまざまな国から来た留学生に日本語を教えている私の視点から、
この「日本語最難関仮説」が正しいのかどうか、検証してみようと思います。

まずは、この「日本語最難関仮説」の中で、
日本語のどのようなところが難しいと言われているのか、書き出してみます。

①文字と発音
英語ではアルファベットだけを使うのに対し、日本語にはひらがな/カタカナ/漢字の3種類の文字がある。しかも日本語の漢字には音読みと訓読みがあり、1つの字にたくさんの読み方を持つ漢字もある。

②文法
日本語は、英語のように主語→動詞→目的語 ではなく、主語→目的語→動詞 の順番になっている。

③空気を読む
たとえば、ランチに誘われて断るときに、「行けません」とはっきり言うのではなく、「すみません、今日はちょっと…」のように言葉を濁す場合が多い。

④人称代名詞の多さ
英語では「You」「I」で済むのに対し、日本語には「私」「僕」「俺」「うち」のように、たくさんの一人称や二人称のバリエーションがある。

なるほど、こう見ると日本語はかなり複雑な性質を持っているように思えてきます。
しかしみなさんはお気付きでしょうか。
上の4点には、あるトリックが仕組まれています。
よく読んで、ぜひ探してみてください。

そうです、これらは全て「英語と比較して」に限定した話なのです。

英語と比べるのは当たり前でしょう、と考える人もいるかもしれません。英語は言わずと知れた世界共通言語です。
日本でも例にもれず、子どものころから学校で英語を習います。中には受験や就職のために必死に英語を勉強した人もいるでしょう。
英語は、日本人にとって最もなじみ深い外国語だと言えます。

しかし、世界共通言語である英語が、世界中の言語を平均した存在だというわけではないし、
そのような言語は存在しません。

上の4点は、あくまで英語を母語とする人が日本語を勉強したときに生じるハードルです。
ではもう少し多様な言語と比べて、上の4点を検討してみましょう。

①文字と発音
英語ではアルファベットだけを使うのに対し、日本語にはひらがな/カタカナ/漢字の3種類の文字がある。しかも日本語の漢字には音読みと訓読みがあり、1つの字にたくさんの読み方を持つ漢字もある。
ひとつの言語に、複数の種類の文字が存在するというのは、実際に世界でも珍しい特徴のようです。

しかし、英語を勉強したことがある皆さんならご存じの通り、英語ではアルファベットの数が少ないからと言って、発音が単純というわけではありません。

例えば「g」の字を取ってみても、「change」「enough」「sing」「dog」は全て発音記号にすると別の音です。
文字が少ないからと言って、発音のバリエーションが少ないと考えるのは間違いです。

また日本語には母音が5つありますが、これは世界的に見てもかなり少なめだと言えるそうです。
多いと、ベトナム語で11、韓国語で10などです。

②文法
日本語は、英語のように主語→動詞→目的語 ではなく、主語→目的語→動詞 の順番になっている。

英語のような主語→動詞→目的語の順になっているパターンを「SVO型」、日本語のような主語→目的語→動詞の順になっているパターンを「SOV型」と呼びます。両方の数を比べてみると、以下の通りです。

主語・目的語・動詞 (SOV) 565
主語・動詞・目的語 (SVO) 488

なんと、以外にも日本語を含むSOV型の方が多いですね。
もう少し珍しいものには、以下のような型があるそうです。

動詞・主語・目的語 (VSO) 95
動詞・目的語・主語 (VOS) 25
目的語・動詞・主語 (OVS) 11
目的語・主語・動詞 (OSV) 4
基本語順なし 189

文頭に動詞が来るというのは、感覚としてはちょっとびっくりですね。
VOS型などは、イスラエルや世界のユダヤ系民族で話されているヘブライ語、フィリピンの公用語であるタガログ語などが該当するそうです。
個人的には、最後の「基本語順なし」グループがかなり気になります。どういう文法を持っているんでしょう。

③空気を読む
たとえば、ランチに誘われて断るときに、「行けません」とはっきり言うのではなく、「すみません、今日はちょっと…」のように言葉を濁す場合が多い。

これは、少し視点を変えてみると新しい事実が明らかになります。
「すみません、今日はちょっと…」で断られたとき、「ちょっとどっちなの!?」と困るのは、発言の受け手の方です。反対に、話し手の方は敢えて「今日は行かない」と断言しなくてもよい、と言い換えることもできます。つまり、はっきり言いきらないというのはかなり話し手フレンドリーなシステムだというわけです。言いにくいことは言わなくてもいい、判断は聞き手に任せればいいわけですから。

反対に、もし仮に「空気を読まなくてもいい国」があるのだとすれば、それはかなり聞き手フレンドリーな構造と言えます。聞き手はただ話し手が言った文字通りのことを解釈すればいい一方で、話し手は言いにくいことも全てはっきり言わなければならないというリスクを負っているからです。

こう考えると、「話し手フレンドリー」な言語の方が習得が難しい?というのは少しアンバランスな視点だということが理解していただけるのではないでしょうか。

④人称代名詞の多さ
英語では「You」「I」で済むのに対し、日本語には「私」「僕」「俺」「うち」のように、たくさんの一人称や二人称のバリエーションがある。

上に挙げた4つの例は、全て「一人称」であり、「単数」です。英語もそうですが、言語によってはその人が男性か女性か、そして一人なのか二人なのかそれ以上なのか、そして文の中でどう機能するのか(英語で言うと、meを使うのかI を使うのかmineを使うのか、といった区別)などの基準で全て違う人称代名詞を使う言語もあります。

そう考えると、日本語のバリエーションはだいたい一人称単数だけですし、むしろ簡単だと言えるのではないでしょうか。

以上、長々と書いてきましたが、この記事を読んでいる方に理解していただきたいのはこの一点、
「日本語は特別な言語などではない」ということです。

これは、私が大学で日本語教育の勉強を始めた一番最初の授業で、教授が教えてくれたことでもあります。
日本語を教えたり、外から日本語を俯瞰したりする人には必要な視点なのです。

こんなに長々と説明してきたにしては、地味な結論にたどり着いたと思われるかもしれません。

しかし、もちろん「日本語はつまらない、ごく一般的な言語だ」と言いたいわけでは決してないことをご理解くださいね。

日本語を俯瞰して見ること、外の視点から見てみることは、
母語話者にとって本当に面白いことなんです。

日本語教師という仕事をしながら、私がこのnoteを書いているのも、それを忘れずに書き記すことが目的の一つです。

今回は少し理論的な話になってしまいましたが、
普段は留学生と毎日顔を合わせる中で気が付いたこと、面白いと思ったことを記事にしています。

遅刻しても頑として謝らない留学生から学んだ話はこちら、

褒めるはずが危うく怒らせるところだった留学生を見て気が付いた話がこちらです。

他にもいろいろな記事がありますので、ぜひご覧ください!

【参考記事】
北鎌フランス語講座「フランス語人称代名詞」〈http://class.kitakama-france.com/index.php?%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E8%AA%9E%E4%BA%BA%E7%A7%B0%E4%BB%A3%E5%90%8D%E8%A9%9E〉閲覧日2024年4月1日.
Wikipedia「語順」〈https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E9%A0%86〉閲覧日2024年4月1日.


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