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縦横無尽

来日して数か月ほど、まだ留学生活が始まって間もない学生が集まったクラスで、漢字の授業をしていたときのことです。

漢字が書けているか確認するため、ホワイトボードに漢字を含んだ文を3つ4つほど学生に書いてもらっていました。

その中の一文は若干長く、与えられていたスペースには横幅が収まらなかったため、右寄りに改行していました。
そのホワイトボードを再現すると、下のような感じです。


学生が書いた板書の再現図

これを最前列でじーっと見つめていた、パキスタン出身の学生がぼそりと「質問いいですか?」と言いました。

聞いてみると、「日本語で字を書くとき、書き方は左ですか?右ですか?」とのこと。さらによく聞くと、どうやら「日本語で字を書くときは左から書くのか、右から書くのか」ということでした。

彼の出身であるパキスタンで最もよく使用されているウルドゥー語では、右から左へ字を書くのだそうです。

もちろん彼も日本語の勉強が初めてというわけではなく、日本語の文を初めて読んだわけでもありません。
しかし上の、学生が書いた板書の再現図のように右揃えで2行書いてあると、縦の方向も生まれ、わかりにくくなったのでしょう。

なるほど、字を書く方向もたしかにバリエーションがあるよなと思いながら、「日本語では、左から右に字を書きます」と説明しました。

すると、その学生が続けて言いました。
「でも、縦で書くときは、右から左ですね」

先ほど、何も知らない私がドヤ顔で答えた「日本語では、左から右に字を書きます」がブーメランとなって私に飛んできました。
たしかに、縦書きのときは右から左だ…。

調べてみると、縦書きか横書きか、右からか左からかと言った方向を「書字方向」と呼ぶということがわかりました。
しかしなぜ横書きだと左から右で、縦書きだと右から左なのか?理由はすぐにはわかりませんでした。

幸いその学生から、「なぜ?」と日本語のダブルスタンダードを突く質問は来なかったので、その場はとりあえず「たしかに、縦に書くときは右から左ですね」とオウム返しして終わりました。

どうにも気になったので少し調べてみると、いろいろなことが分かりました。
歴史的に見ると日本語は元来縦書き(右から左)で、西洋から影響を受けて横書き(左から右)になったそうです。とは言っても、もちろんはっきり「今日から横書きです!」と国民全員が切り替えられたわけではなく、その移行期間には横書き(右から左)も多く見られたということでした。

その中でも驚いたのは、「日本語が縦書きから横書きになるまで」と言うインタビュー記事に書いてあったこの記述です。

●これだけ左横書きが一般化すると、行が右に移っていく縦書きスタイルが普及してもおかしくない気がします。
——上から下への方向は絶対的でしょうが、左右方向は絶対的ではありませんから、行が左へ移ってゆくというのはルールとしてはそれほど強くない。だから、縦書きで行が右へ移るというのが広がる可能性も低くはないと思いますよ。我々でもメモ書きとか黒板の板書とかで、スペースの問題で無意識に行が右に移ってしまっていることが思いのほかよくあります。

Wedje ONLINE「日本語が縦書きから横書きになるまで(前篇)日本語学者 屋名池 誠」

なんと、縦書きは右から左だというのも、上から下へ読む方向に比べればそこまで絶対的なものではないのだそうです。つまり、縦書きの場合は右から左に読む、というのは慣習的に決まっているだけということでしょう。
これはおもしろい事実ですね。

じゃあなぜ慣習的に右から左、となったのか?という部分については、横書き(左から右)の西洋の文章を引用しにくくなる、という点が同記事で指摘されていました。
なるほど、今の縦書き(右から左)であればそのまま90度横に倒せばそのまま読めるものが、一度さかのぼって読まなければならなくなってしまうんですね。

また、別の記事では巻物に書かれた文章を読むときに、右利きの人は紙の右端を右手で持ち、巻いてある部分を左手に持ってスーッと右に引き出しながら読むため、という説もあるようです。

ウルドゥー語を母語にする学生のおかげで、かなりいろいろ勉強になりました。
いつか彼の日本語がもう少し上達した暁には、報告したいと思います。

【参考文献】
Wedge ONLINE「日本語が縦書きから横書きになるまで(前篇)日本語学者 屋名池 誠」〈https://wedge.ismedia.jp/articles/-/1019〉閲覧日2024年2月26日.
Quizknock「そういえば昔の日本語の横書きって右から左に進むけど、なんで?」〈https://web.quizknock.com/yokogaki〉閲覧日2024年2月26日.

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