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人的資本は、誰のもの?

会社は誰のもののかーー。

2000年代、さまざまな場面でこうした問題提起されるようになりました。記憶に新しいのが、ライブドアが日本放送の筆頭株主に躍り出た出来事でしょう。「物言う株主」という言葉とともに、村上ファンドがその存在を示したのもこの頃です。

では、今現在、注目されている"人的資本"はどうなのでしょうか? いったい誰の所有物なのでしょう。




人的資本は、企業の所有物ではない!?


人的資本は誰のものかーー。

結論から言えば、人的資本は従業員個人が所有するものです。企業の所有物ではないと考えられます。OECDの定義を借りれば、人的資本とは「個人が生まれながらに持つ才能や能力と、教育や訓練を通じて身につける技能や知識を合わせたもの」であり、従業員個人に属するものなのです。

ここまで難しい定義を用いずとも、個人の資質や能力など(=人的資本)は、従業員個人であることは明白でしょう。

さて、このポイントは重要な真実を示唆しています。すなわち、人的資本が個人の所有物であれば、企業が人的資本を活用できるのはその人材と雇用契約を結んでいる期間だけです。

したがって、他の資本と比べて、人的資本は非常に流動性の高い無形資産と言えるのです。


Appleが失った人的資本:1兆円の価値を持つ人材


この真実を代表する近年の事例としては、米国Appleの最高デザイン責任者、ジョナサン・アイブ氏の退職が挙げられます。

彼の退職報道が出たとき、Appleの株価は2ドル急落し、企業価値は1兆円も減少したと言われています。これは、個人が持つ人的資本が失われたことが、企業価値にどれほど影響を及ぼしたかを示す事例です。 まさに彼の存在が企業価値に繋がっており、その退職と同時に、人的資本が企業から失われたことを理解する良い事例でしょう。

ただ、これはわかりやすい事例の一つでしかありません。多くの場合、誰がどんな人的資本を有しているかを認識するのは難しいものです。対外的にその識別可能な資本として示すのは尚更、困難を極める取り組みになります。

ただ、先述の事例の通り、人的資本は企業価値に影響を及ぼすものでもあります。したがって、投資家としてはその実態を知っておきたいはずです。そのため、現状では情報開示において、非財務諸表の情報として発信されているのです。


人的資本に投資するとは、どういうことか?


さて、こうした議論を積み上げていったとき、人的資本に投資することの意義も再確認しておきましょう。

人的資本に投資することでエンゲージメントが高まったり、生産性の向上に繋がったりなど、さまざまな視点でその意義は語られています。しかし、こうした現実的な議論を踏まえると、人的資本への投資において本質的な視点が欠けていることがわかります。

すなわち、人的資本への投資でもっとも押さえるべきは「優秀な人材の確保」という点です。というのも、人的資本経営が今後さらに加速した場合、従業員個人としてはもっと自身の人的資本に投資をしてくれる会社に身を任せたいと思うはずです。逆に言えば、人的資本の投資を控えていると、優秀な人材が去っていく可能性があります。当然、人的資本は個人の所有物なので、離職すれば、当然その貴重な人的資本も失われます。

では、優秀な人材に対して積極的に投資をすべきなのか?

物事はそう単純ではありません。というのも、ここで分けて考えなければならないのは、優秀な人材がその企業で働く理由についてです。

合理的に考えれば、たしかに自身の人的資本を最大化してくれる企業に身を置くかもしれませんが、人間は合理的な側面だけで生きているわけではありません。まさに感情面なども考慮する必要があるということです。例えば、その企業の商品・サービスに愛着があったり、その組織の仲間と一緒に働きたいだったりと、投資以外の側面も同時に考えなければなりません。

人的資本は、企業にとって重要な無形資産であり、その性質を理解した上で適切な投資を行うことが重要でしょう。その本質を正しく理解しながら、投資判断をしたいところです。


(参考情報)
*1 OECD (2000). "Human Capital: Towards a New Paradigm." OECD Education Working Papers, No. 41.
経済産業省 (2023). "人的資本経営とは ~人材の価値を最大限に引き出す." https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html(2024年2月19日アクセス)

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