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思った病名じゃない場合

何らかの症状が出た時、通常は病名や原因を診断してもらうために医療機関に行き、そこで各種の検査の結果、診断名がついて治療が開始されます。

‪そして最近はネットでも医療情報が豊富に流れているため、たまに症状や状況から該当しそうな病名を検索し、出てきた病名が自分の病気だろうとあてを付けてから受診される患者さんもおられます。

そこで受診して、医者から言われた病名が思ったとおりだったりしたら良いのですが、中にはなかなか思った病名にならないこともあります。

‪例えば、ニュースで最先端の医療研究者から出てきたばかりの病名や、ごく少数の医者のみ提唱している段階の病気などでは、よくあることと思います。中には、受診した医療機関の医者が、その病名自体にピンと来てないような、反応が鈍いような場面に遭遇したりもします。ニュースであんな風に紹介されてたのに、です。これはなぜでしょうか。

これは、一般の医療機関では、その仕組にあいまって起こる理由があるのです。

まず、一般の医療機関のほとんどは、予防接種などを除いては、健康保険に基づく保険診療のみを行う医療機関です。これは、ある一定の水準の安全性や効果、そしてコストのバランスを勘案して、病名、それに対する検査、治療の全てが決められています。逆にいえば、保険で定められた病名は、医学的にある一定の水準で病気の概念や単位として認められており、有効な検査方法があり、そして治療や対処の方法があるものです。

もちろん、保険に載っていない病気が存在しないという訳ではありませんし、また、保険に無い治療法には効果が無いわけでも、保険に載っている治療法や検査法が完璧というものでもありませんが、相対的にみれば、保険に載るような病名や検査、治療法というのは、多くの専門医が所属する学会や研究機関での調査の結果、多くの医者の中で同意が得られている、というハードルを乗り越えたものということになります。

逆にいえば、どんなに画期的な発見をしても、それが多くの専門医が納得するような客観的な結果が出ていなければ、病名や検査、治療法として確立していない段階では、まだ「先進的」あるいは「実験的」場合によっては「無効」「有害」な医療行為となっていて、保険に載らないことになります。病気の単位として分離するには根拠が足りないか、検査や治療の手法としては実績が足りない、安全性の調査が足りない状態ですから、要はより「博打に近い」状態なわけです。

これは、「病気が嘘である」とか、「検査や治療に効果がない」ということではなく、今のところまだ未知の段階であって、保険医療機関で行うにあたって必要なハードルを越えていない、ということになります。

‪そのような「最先端の」病名に関して、保険医療機関に勤める医者としては確かにニュースや論文、学会や他の医者から聞いたりしたことはあっても、それを「根拠に」第一にその病名を決定したり、検査をしたり、治療をしたり、といったことは通常やらないわけです。知識や経験に照らしあわせて既存の疾患と分けて考えるべきかまだ判然としない段階で、効果も確立していない伝聞だけの治療を行うようなことには、通常の医療より大きなリスクとそれによるコストを患者さんに強いることになります。そうでない治療でも十分に対応出来ている場合は尚更で、特別新しい病名をつけたり、保険が通らない慣れない検査や治療を行うだけの利益が無いわけです。場合によっては、検査や治療にリスクが潜んでいる可能性もあるわけです。

‪ただその場合でも、医者からしてみれば、目の前の患者さんにはとにかく症状があって実際に苦しんでる訳ですから、医者として可能性の高い(保険の効く)病名から念頭に、検査を選択していくことになります。これは、保険医療機関として、通常の医療を行うにあたってのリスクとベネフィットのバランスからして当然のことでもあります。そして、症状の原因についても同じことで、原因とされるモノとの関係について広く医師の間でコンセンサスが得られておらず、検査や治療についても一部の情報しかない場合は、安全を取って「それが原因」という前提での治療は選択しにくいものです。順番としては、安全なもの、病名や手法が確立したものから、となるわけです。

自分で心配になって病名を調べたくらいですから、受診した患者さんは医者が念頭に置いている診断名や治療法にも興味があると思います。そして訊いてみると、例えば自分では「副腎疲労症候群」だと思っていたのに、医者からは「うつ状態」や「自律神経失調症」と告げられ、それに応じた治療が選択されることが判明するわけです。検索して「これだ!」と思った病名とは異なる、思ってもみない病名や治療方針の提示に困惑することもあるかもしれません。

‪もちろんそういった「新しい病気」は、将来その病気が疾患単位として確立され、学会でも認知が広がり、一般医の知るところとなり、検査や治療方法も確立されて保険収蔵されれば、‬その病名や治療方針が医者の頭にのぼり、それに対応した検査や治療が選択される可能性が増えるでしょう。しかし、その前の段階ではまず、そういうことは起こらないわけです。

それでもなお、「新しい病気」についてこだわり、「その病名で、テレビやネットで紹介された検査と治療を」希望される場合は、なかなか希望に添えない結果となるでしょう。目の前の医者は、仮に保険が効かない自由診療でも良いと言われたとしても、リスクを念頭においてやらないものです。どうしても、という場合はおそらく、そのニュースで見たという医療機関(そこではリスクとベネフィットを天秤にかけて実際にやってるわけですから、未経験の飛び込みの医療機関とは背景が違うわけです)に行ってもらうか、より実験的な医療についての施行経験の豊富な大学病院などを勧められることになるわけです。

これは、何らかの病名を念頭において治療を受けに来た患者さんにとっては、がっくり来る結果かもしれません。しかし別に、その医者はその病名を拒否してるわけでも、治療や対処を拒否しているわけでも、ましてや患者さんを拒否しているわけでも、患者さんの苦しみを無視しているわけでもありません。医者が、自分の取れるリスクの範囲で、知識と経験上最適と思える治療を選択して提示したものの、それが患者さんの希望とマッチしなかったため、治療契約が遂行できないと、そういうことになるわけです。

なので、医者からそのような反応があった場合には、「どうしてもその病名で、その治療で」と主張することは、意味が無いだけではなく、もし医者が「押されて」そのような病名での治療が実施されたとしても、経験の浅いリスクの高い治療しか受けられないということにもなるので、やめたほうが良いわけです。

その病名なのかどうかを調べることは、本来医師にしか出来ません。ニュースで見た最先端の病気や治療法が、その後の実績が皆無で、いつの間にか消えていくことも多いものです。情報、特にネットの情報というものは千差万別でバラエティ豊かですから、その中にある「自分好みの情報」を見つけやすく、そうなると自分の意識、判断が一気に引き寄せられやすいという性質を持っています。これは人間の心理上、どうしても起こってしまうことですから、完全に避けることは出来ません。

医療機関を受診して「思った病名じゃなかった」という時には、先に紹介した事情や状況に照らし合わせて、ネット情報や自己判断にこだわりすぎず、一度引いて考え、より有効な手立てが打てる行動を選択する、というのも大事なことだと思うのです。

保険医療にはいろんな問題もありますが、同時に、医療を受ける側のリスクとベネフィットのバランスを一定水準に保つという重要な働きもあるのです。

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