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火葬研究の第一人者に聞く最新火葬場事情 第1回 エコ霊柩車に電気火葬!世界の火葬場で行われている本気の環境対策とは?

火葬場は故人を荼毘に付し、最後のお別れをする施設です。つまり、遺体と柩の燃焼のためのエネルギーを大量に消費します。一般社団法人火葬研の代表理事である武田至さんによると、未来への責任を重く受け止めている海外の火葬場では、徹底した環境対策が行われているとのこと。日本の火葬場における取り組みとは明らかな隔たりがあり、そこには日本と海外の「死」や「火葬」への意識の違いが関わっているそうです。
豊富な火葬場視察経験を持つ武田さんに、先進的な環境対策を行うヨーロッパの火葬場事情と、日本との違いについて伺いました。

火葬の排熱をヒーティングに利用し、真冬も温か(イーペンホフ火葬場/オランダ・デルフト)、祭壇の花は柩を飾るだけ

環境のためなら高額の火葬費用も「やむを得ない」ヨーロッパ

DFW Europe社が開発した電気火葬炉

今年の2月、オランダとベルギーの火葬場視察を行いました。オランダとベルギーにはとくに先進的な取り組みを行っている火葬場が多く、火葬研究において近年私が最も注目している国です。約3年ぶりの海外視察となりましたが、環境問題に対する人々の姿勢には非常に驚かされるところがありました。

オランダでもベルギーでも、環境対策のためなら経済的、時間的コストがこれまでより多くかかっても「やむを得ない」というのです。その姿勢は、火葬場の経営者であっても、利用者であっても同じです。

例えば、電気炉の利用開始にその姿勢が現れています。世界的に、火葬の燃料は重油・灯油・天然ガスなどの化石燃料がほとんどです。しかしオランダやベルギーでは、カーボンニュートラル貢献のためにと電気炉の活用を進めている姿が見られました。

実は、電気炉自体は以前から作られており、スイスでは多くみられます。実は日本でも過去にありましたが、炉内の温度が上がりにくく、火葬に時間がかかるという弱点があります。一度炉内を冷却してしまえば再加熱のため燃料も大量に使います。そのため、欧州では連続的に火葬します。更にクリーンな電気炉をと、現地では弱点を克服するため電気炉を使用する場合は24時間稼働へと変更しています。

ヨーロッパでは日本と違い、火葬が終わった後に遺族が遺骨を骨壺に納める文化がありません。遺骨の引き取りを希望する場合、あるいは引き取りが義務づけられている国では、火葬場の職員が骨壺に遺骨を納めて葬儀社等が遺族に届けるか、郵送します。よって日中に遺体の受け入れを行い、24時間体制のなか順番に火葬をすることが可能です。

ただ、火葬に時間がかかってしまうこと自体は変わりません。今は1時間程度で終わる火葬も、電気炉になれば2時間以上はかかります。また、火葬料金も高くなります。オランダやベルギーの火葬料金(火葬場・葬儀式場・会食室の利用、隣接墓地への散骨料金含む)は6万円ほどですが、8万円ほどにアップするとの事でした。

しかし利用者は、時間的、経済的コストがかかっても、環境保全に役立つ電気炉を選ぶだろうというのです。実際、ベルギーでの電気炉の導入はこれからですが、オランダでは既に6か所の火葬場で電気炉が納められています。

太陽光、風、雨、排熱―あらゆるものを利用する環境対策でカーボンニュートラル実現へ


ドイツの霊柩車メーカー、BINZインターナショナルが開発した電気霊柩車「BINZ.E」

ヨーロッパの火葬場では電気炉の導入以外にも、例えば以下のような取り組みを行っており、本気で未来の地球環境を守りたいという意思が伝わってきます。

  • 霊柩車を電気自動車に

  • 火葬の排熱を施設内のヒーティングに利用

  • 職員は出勤に自転車か公共交通機関を利用

  • 太陽光パネルを設置

  • 施設内に風力発電を整備

  • 施設内に植林してCO2を吸収

  • 調整池に雨水を溜めて植物の灌漑に利用

  • 火葬場併設の葬儀式場で葬儀を行う場合は、生花の飾りを最低限に

  • 使用した生花を福祉団体に寄付

  • グリーンマークの取得

  • 回収した金属のリサイクル

  • 稼働日以外に施設の貸出を行う

1つ150万円の棺も「環境のためなら利用したい」

Loop社が開発した、菌類でできた生分解性棺

ベルギーの火葬率は70%、オランダはそれ以上といわれています。よって土葬も一定数は存在しますが、土葬にもエコな取り組みが見られます。最近話題になったのが、オランダの「Loop」という企業が開発製造した棺です。キノコの菌糸による集合体でできた棺で、遺体を納めて土中に埋葬すれば通常よりもかなり早いスピードで遺体が分解され、遺骨だけが残ります。

この「生きた棺」は環境負荷が少ない棺ということで、試験的な導入となる現段階では1本150万円という価格ながら、購入する遺族がいます。それほど環境保護への関心が高まり、コストがかかっても実践したいという人が増えているということでしょう。

日本は「コスト」「感情面」「面倒」に敏感?

日本でも、火葬炉の熱を使おうという試みがありますが、それは暑くなる炉室の熱の利用に限られ、火葬炉の排ガスを熱交換した熱を空調に使うなど、踏み込んだ熱利用にはなっていません。設備費も高くなることから、導入にも消極的となっていまいます。日本とヨーロッパの火葬場を比較したとき、環境保全の取り組みがなぜこうも違うのか。そこには日本特有の考え方があると考えています。「コストを嫌う」「感情面を尊重する」、そして「面倒なことを避ける性質」です。

コストと環境対策に関する考え方の違い

日本はコストがかかることを嫌います。環境保全のために必要なことであっても、コストがかなりかかるとなれば反対意見が多くなり、円滑には取り組みが進みません。しかし、ヨーロッパはもはや環境保全への意識がコストの問題をはるかに上回っていました。この差により、日本の火葬場は環境対策で大きく後れを取ってしまいました。

感情面を尊重するか、合理性を重んじるか

火葬場の環境対策としてとくに有効と考えられるのが火葬によって生じる排熱の利用ですが、日本人の感情的な問題があり、なかなか実現に至っていません。「火葬場の暖房には、人間を荼毘に付した後の熱が使われている」と率直な表現をしてしまえば、顔をしかめる人は少なくないでしょう。ヨーロッパにおいても導入当初は議論になりましたが、今や「再利用できるものがあるのに、なぜ使わないのか」という考え方の方が当たり前です。北欧では地域暖房にも使われています。

ヨーロッパの合理性は他の対策にも反映されています。火葬場の稼働日以外に施設を使ってもらうなどというのは、日本人にはおよそ考えつかないことではないでしょうか。ヨーロッパには、併設したカフェの一般利用だけでなく葬儀式場を結婚式に使ってもらおうと宣伝している火葬場もあるほどです。使われなくなった火葬場をレストランにリメイクするケースや、古い墓地をそのまま公園にするケースもあります。日本では死をタブー視するため、古い墓地や火葬場はすぐに取り壊してしまうでしょう。

もちろん感情そのものは大事で、無視できるものではありません。しかし感情面を重視するあまり、合理的な選択を取れないというのは、大きな弱点ではないでしょうか。

面倒ごとを避けるか、自分たちの「正しさ」を貫くか

ヨーロッパの火葬場には、宗教上の理由から埋葬を行ってきた風土のなかで「このままではお墓が足りなくなる。国土を有効活用するために衛生的で合理的な火葬を選ぼう」と叫び、今の地位を勝ち取ってきたという歴史があります。法律で火葬が認められなかった時代に、法制定させ火葬文化を根付かせたという自負があるため、正しいと考えたことを貫く姿勢も徹底していると感じます。

日本では、何か新しいことをしようという議論が持ち上がったとき、少し違う意見が出ただけで実現は遠くなってしまう。しかしヨーロッパの火葬場には、自分たちの正しさに自信を持てたら方針を貫く強さがあります。お互いの考えを尊重する、これは重要な事だと思います。こういった意識面もやはり、日本とはかなり違うと感じています。


まとめ

武田さんのお話を伺っていると、日本の環境対策がいかに遅れているか、本気で取り組めていないかをひしひしと感じます。それは火葬場に限らず、あらゆる分野にいえることではないでしょうか。この差が精神的な風土の違いから生まれているというのも、納得のできる言葉です。

感情面を重んじ、調和を大事にする日本人の性質は素晴らしいもの。しかし、こと環境対策においては、その精神が裏目に出てしまっているといわざるを得ないでしょう。


武田 至さん プロフィール

一般社団法人火葬研 代表理事
1965年生まれ。博士(工学):建築計画・火葬場、一級建築士、日本建築学会会員、日本建築家協会会員。火葬炉プラント建設の専門メーカーで火葬炉の設計・施工を経験した後、1999年に設立した火葬研究協会の理事に就任。協会が一般社団法人化した2009年より現職。火葬場に関する豊富な知見と建築士としての経験を活かし、火葬場の計画、設計、業務のためのアドバイザーとして活躍している。ワークショップを通じた住民参加の火葬場づくりへの協力、火葬場に関するセミナーや施設見学会、海外の火葬場研究者との交流も行う。

一般社団法人火葬研 代表理事 武田 至さん


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