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#45『戦国武将の手紙』二木謙一

 まあ、別に得るものはない本である。でも面白く読んだ。一人につき一通の手紙を紹介していく。「ほお、そんな一面が」とか「親が偉いと子はこうなるよなあ」とか、色々人間模様を垣間見る。
 歴史について大きな視座や裏面を提供する趣旨の本ではない。古文書を読み、それを訳し、紹介するという、「好きな人が好きなことをやっている」系の本(著者自身、あとがきでそう述べている)。だからこの本を読むことが何か学びになるかと言えば、少なくとも私にとっては何もないのだが、好きな人が好きなことをやっているという理由で、読んでいて好印象。難しくもないし、過度に専門的でもないし、批判的でもない。歴史を楽しめる人にはそれなりに面白い。
 20~30人紹介されているが、手紙として面白いと感じたのは織田信長のみ。とにかくこの人は、面白い逸話が多い。以下は信長がおねに出した手紙。

「おまえの要望が以前会った時よりも十倍も二十倍も美しく立派になっている。それなのに秀吉が不足を並べ立てているのはまことにけしからん。どこを探したとておまえさんほどの女は二度とふたたび、あの禿げ鼠の秀吉には見つかりやしない。だからおまえさんもこれからは奥方らしくもっと心を大きく持ち、やきもちなど起こしてはいけない。ただ夫を立てるのは女の役だから、慎みを忘れず世話をしているように。この手紙は秀吉にも見せてもらいたい」104

 信長は上司にしたくない男ではあるが、妻の立場で見ると、「夫の上司にしたい男」だったりして。信長のパワハラに直接怯えることのない妻からすると、部下に強迫的な勤労意欲と引き出させる信長は、夫の男ぶりを上げてくれる貴重な人物かもしれない。
 この苛烈な男が部下の妻にこうまで優しい言葉をかけるのは、人間性の複雑さを描き出して面白い。妻を褒め、そのために夫をけなし、しかし妻の領分を諭して、夫を助けるよう解く、しかも、この助言を夫との間で共有させる。
 うん、良い上司である。
 こういう面白さを伝える手紙は他にはなかったことを考えると、改めて信長という人間のユニークさを思うものである。

 本の出来としては、まあこれで良いのでは、という感じだろうか。「好きな人が好きなことを」系だから。ただ私の好みを言うと、日本人における手紙文化や、戦国時代における手紙の特徴などを論述の枠組みとして用意してほしかった。そうすると話のスケールが大きくなり、「学んだ感」が得られただろう。資料を一つ一つ眺めていくのは、一般読者にはそれほどの知的刺激になり得ない。
 それと信長のように個性的な人間もいれば、別にそうでもない人間もいる。一人一通という縛りではなく、面白い手紙は何通でも出しつつ、エピソード単位で章を立て、例えば「**年にこの人物を中心にやり取りされた複数人の手紙から、この時代の空気が伝わってくる」みたいにしたら、もっと面白かったんじゃないかなと思う。そうすると、既に知っている歴史の情景も、更に肉薄したものになったのでは、と。

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