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スナックふかよみ 志賀直哉『網走まで』第九話「マック・ザ・フィンガー」


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2023年 某月某日
東京 新宿
スナックふかよみ にて




米津さん、すご~い。

ガーシーのおじいちゃんが言ってたことと全く同じ。


ガーシーのおじいちゃんは東大文学部英文学科だそうですが、ただの東大出のインテリではないですね…

ここまでボブ・ディランの歌詞を読み解けるとは…

いったい何者なんだろう…


それが、つかみどころのないおじいちゃんなのよね。

おでこにハエがとまっても、まったく追い払おうともせず、何事もないように淡々とお酒を飲んでるの。

変なおじいちゃんよ。


おでこにハエの老人か…

何か引っかかるな…


そんなことよりも『HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)』の3番も解説して。

フランス王ルイと交渉する「マック・ザ・フィンガー」がアブラハムのニックネームって、どういうことなの?



3番は何て言ってるんだ?


マック・ザ・フィンガーはルイ・ザ・キングに言った。

「私は赤白青の靴ひも1000本と鳴らない電話100個など必要ありません。どこで処分したらよいのでしょう?」

ルイ・ザ・キングは言った。

「ちょっと考えさせてくれ、マックよ」

そして言った。

「そうか!実に簡単なこと。全部まとめてハイウェイ61にテイクダウンしておけ」


なるほど。要らないものを処分する断捨離の話か。

それなら最後の「テイクダウン」も「置いて行け」と訳せばいいだろ。


ゴロー刑事、めぐみちゃんの言った翻訳でパーフェクトなんですよ。

オチの「take everything down the highway 61」は「take down(置いて行く/書いておく」のダブルミーニング、「ハイウェイ61にすべて置いて行く/主の道にすべて書いておく」ですから。


主の道にすべて書いておく?


主が行った道筋、主と人間のやり取りを記録した書、モーセ五書の『創世記』にすべて書いておくという意味ですね。


ほんと米津さん凄すぎる。

ガーシーのおじいちゃんに会わせたかったな。

絶対に鹿が合うと思うんだ。


鹿?


めぐみちゃん、それを言うなら「馬が合う」でしょ。


あ、失敬失敬(笑)


ガーシー老人は、その日以来、姿を見せないのか?


ガーシーのおじいちゃんは元々そんなに頻繁に来る人じゃないんです。

数ヶ月に一度、忘れた頃にふらっと現れる程度で。


老人は何処に住んでいる? この近所か?


詳しくは知らないんですけど…

熱海と渋谷の常盤松の家を行ったり来たりしてるとか…


ボス、重要参考人としてガーシー老人を呼び出しましょうぜ。

おい、ママさん。老人の連絡先は? 電話番号を教えろ。


いいえ… そもそも携帯電話を持たない人だから…


ゴロー、お前は人の話を聞いているのか?

事件の鍵を握る「子連れ女」との待ち合わせ連絡先もこの店にしていたって言ってただろう?

つまり携帯電話を持っていないということだ!


すいませんボス… すっかり忘れてた…


あの~、刑事さんたち…

そろそろ『HIGHWAY 61 REVISITED』3番の話、してもいい?


ああ、すまなかったね、めぐみちゃん。

どうぞ話の続きを…


3番は2番の続きになってるんです。

2番の元ネタになった戦争「Battle of Siddim / War of Nine Kings(シディムの戦い/九王戦争)」が、アブラハムの活躍で逆転勝利した後の話。

2番が『創世記』14章の前半部分で、3番は14章の後半部分ね。



14章の続き?

約束の土地カナンの低地エリア、ヨルダン川流域・塩の海(死海)周辺へ侵攻してきたメソポタミア諸王連合軍との合戦で敗れたソドムとゴモラの王が、天然アスファルトの湧き出る穴タールピットのある場所へ逃げ落ちた後の話ってこと?


そう。パレスチナ諸王連合軍に勝利したメソポタミア諸王連合軍は、ソドムとゴモラの街で略奪行為を行ったの。

ありとあらゆる物資を奪い、住民も捕虜として連行していったのね。

今後の交渉のための人質にしたり、自分たちの国で奴隷として働かせるために。


軍隊が壊滅して王様も逃げちゃったんだから、もう何も抵抗する術はないわね… 可哀想…


そして、ソドムから捕虜として連れていかれた人たちの中に、アブラハムの甥ロトとその一族郎党もいたわけ。

ヨルダン川西岸の高原地帯、今のエルサレムの近くに住んでいたアブラハムは、逃げのびてきた人からこの知らせを聞いて、すぐさま人質奪還作戦を立てたの。

アブラハムはわずか318人の郎党を従えて、帰国の途に就くメソポタミア諸王連合軍を追いかけた。


アブラハムはたった318人の急造部隊でメソポタミア諸王連合の大軍に挑んだわけ?

無謀だわ…


もちろん普通にやったら勝てるわけない。

少数が大勢に勝てるのはゲリラ戦法、源義経が平家の大軍を破った一ノ谷の戦いや、織田信長が今川義元の大軍を破った桶狭間の戦いみたいに、相手が完璧に油断しているところへ奇襲をかけたの。


なるほど。で、成功したの?


そう。奇襲は見事に大成功。

メソポタミア諸王連合軍は大混乱に陥って、クモの子を散らすように逃げて行った。

こうしてアブラハムは、奪われた物資と人質を取り戻したってわけ。


創世記 14章
10 シデムの谷にはアスファルトの穴が多かったので、ソドムの王とゴモラの王は逃げてそこに落ちたが、残りの者は山にのがれた。
11 そこで彼らはソドムとゴモラの財産と食料とをことごとく奪って去り、
12 またソドムに住んでいたアブラムの弟の子ロトとその財産を奪って去った。
13 時に、ひとりの人がのがれてきて、ヘブルびとアブラムに告げた。この時アブラムはエシコルの兄弟、またアネルの兄弟であるアモリびとマムレのテレビンの木のかたわらに住んでいた。彼らはアブラムと同盟していた。
14 アブラムは身内の者が捕虜になったのを聞き、訓練した家の子三百十八人を引き連れてダンまで追って行き、
15 そのしもべたちを分けて、夜かれらを攻め、これを撃ってダマスコの北、ホバまで彼らを追った。
16 そして彼はすべての財産を取り返し、また身内の者ロトとその財産および女たちと民とを取り返した。


なるほど。そうだったんだ。

アブラハムって、ただの御長寿のおじいさんじゃなかったのね。

めっちゃ英雄じゃん。


すべてを取り戻したアブラハムは、サレム(現在のエルサレム)の王メルキゼデクによって「パンと葡萄酒」で祝福されました。

そしてソドムの王からこんな提案を受けます。


「取り戻した人々は私がもらう。お前は褒美としてすべての物品を受け取るがよい」


しかしアブラハムはこの提案を拒みました。「物品など要らない」と答えたんです。


創世記 14章
23「わたしは糸一本でも、くつひも一本でも、あなたのものは何にも受けません。アブラムを富ませたのはわたしだと、あなたが言わないように」


あっ!靴ひも!


そういうことだったのか…

しかし「鳴らない電話」は?


ボス、アブラハムが要らないものの例にあげたのは「靴ひも」と「糸」ですから、おそらく「糸」のことじゃないですかね?

アブラハムの時代の電話は「糸電話」でしょうから呼出音・着信音は鳴りません。


なるほど!

米津さんの『アイネクライネ』みたいに!



まあ、糸電話という考えもアリかもしれませんが、もっと単純なことだと思います。


単純なこと?


創世記14章23節の「糸」は、英語だとこうなってるんです。


GENESIS 14
23 that I will accept nothing belonging to you, not even a thread or the strap of a sandal, so that you will never be able to say, ‘I made Abram rich.’


スレッド?「糸」じゃなくて「板」なの?


日本ではネット上のスレッドを「板」と呼びますが、英語の「thread」は元々「糸」という意味なんです。

「糸」を紡いでいくというイメージから「筋道・脈略・言葉のやり取り・一連の会話」という意味にも使われるようになったんですね。

それをボブ・ディランは「鳴らない電話」と言い換えたんです。


と、ガーシーのおじいちゃんも全く同じことを言ってました(笑)


なるほど、そういうことなのね。

だけどなぜボブ・ディランはアブラハムを「マック・ザ・フィンガー」と呼んでるの?

アブラハムのニックネームは「Abe(エイブ)」であって「Mack(マック)」ではないでしょ?


深代ママ、ボブ・ディランは2つの意味を込めてアブラハムを「マック・ザ・フィンガー」と呼んでいるのよ。


2つの意味?


まず1つはこれ。



やるなら今しかねえ?


間違えた。こっちだ(笑)



きえろ、ぶっとばされんうちにな?


英語の「THE FINGER(ザ・フィンガー)」は「中指」って意味なの。

最も長い指「中指」を強調して「痛い目に遭いたくなかったら、とっとと失せろ」ってやるでしょ?

いわゆる「ファックユー」ってやつ。



でも、アブラハムはそう言ったんじゃなくて、そう言われた方じゃん。

1番で神に。


「THE FINGER」こと「中指」は、指の中で最も「背の高い指」ですよね?


まあ、そうだけど。それが何か?



神に「ハ」を加えられる前の本名「アブラム」とは、ヘブライ語で「父」を意味する「アブ」と「高い」を意味する「ラム」が組み合わさった名前なんです。

そこに「多くの」という意味の「ハ」が付け加えられて「アブラハム」、「多くの者の高い父」という意味の名前になったんですね。

だからボブ・ディランは、最も背の高い「THE FINGER(中指)」と呼んだんです。


アブラハムってそういう意味だったの?

アブは父で、ラムは高い?


そうだっちゃ。



それじゃあ「あぶない刑事」は「父ない刑事」か?



まあ、そういうことになりますね。

ちなみに普段「アブ(父)」を呼ぶ際には「アバ(父よ)」と呼びます。


アバ?

それじゃあ「あばずれ」は「父ずれ」で「あばしり」は「父しり」か?


ゴロー刑事、くだらん話はもういい。


はい、ボス…


うふふ(笑)


「THE FINGER」はわかったけど「MACK」は?

なぜアブラハムがマックなの?


アブラハムバーガーですよ。



は?


冗談です、冗談。


んもう。米津さんは冗談とかオヤジギャグなんて言っちゃダメ。

クールで知的なイメージが壊れちゃうでしょ。


いや、でも、ボブ・ディランの『HIGHWAY 61 REVISITED』は全部ジョーダンの歌ですから。

旧約『創世記』、JORDAN の地に居を構えたアブラハムの物語を滅茶苦茶にした歌。

だから「マック・ザ・フィンガー」も冗談なんです。


そうなの?


マック・ザ・フィンガー、第2の意味…

それは『Mack the Knife(マック・ザ・ナイフ)』の駄洒落…



「マック・ザ・ナイフ」だから「マック・ザ・フィンガー」なの?

やっぱりアブラハム全然関係ないじゃん。


マック・ザ・ナイフは、切れ味鋭いナイフを持っていた…

そして、ギリギリまで相手に悟られないよう振る舞い、一瞬のスキをみてナイフを突き刺す…


それがどうしたの?


アブラハムもそうでしたよね。


『Sacrifice of Isaac(イサクの燔祭)』
Caravaggio(カラバッジョ)


あっ!


ちなみに『マック・ザ・ナイフ』はエラ・フィッツジェラルドやルイ・アームストロングの歌唱で知られるジャズのスタンダードとして有名ですが、元々はドイツ語の歌でした。

ベルトルト・ブレヒトのドイツ語オペラ『Die Dreigroschenoper(邦題:三文オペラ)』の劇中歌『Die Moritat von Mackie Messer(どすのメッキーのモリタート)』を英訳したものなんですね。



どすのメッキー?


あっしのことでしょうか?


きゃーーーーーっ!


あら健さん。ニポポ人形は彫り終わったの?


ええ、ずいぶん前に。


あ~もう、びっくりした…

すっかり健さんの存在を忘れてたわ…


そ、そのドスを捨てろ!

さ、さ、さもないと、撃つぞ!


これは失敬。決して驚かせるつもりじゃ…

深代ママが「どす」って言うから…


ちょうど『三文オペラ』の「どすのメッキー」の話をしてたの。

知ってる?


街に火を放って大勢の命を奪った野郎ですね。

人の風上にも置けねえ野郎だ。火事だけに。


一人の老人と七人の子供…

まるで「あの歌」みたいよね。


あの歌?


子門真人の『アブラハムの子』ですよ。



この歌めっちゃ懐かしい。確かに「一人の老人と七人の子ども」ね。


そして「どすのメッキー」は、ある夜に「若後家」を犯した…

その名前は「誰でも知っている」という若い女性を…


その女の人は有名人ってこと?


「ハガル」ですよ。


『Hagar and Abraham(ハガルとアブラハム)』
Adriaen van der Werff(アドリアーン・ファン・デル・ウェルフ)


あ、なるほど…


おそらくボブ・ディランは『マック・ザ・ナイフ』の原曲『どすのメッキー』とアブラハムの類似点に気付いていたのでしょう。

だからアブラハムを「マック・ザ・フィンガー」と呼んだ。


ガーシーのおじいちゃんと全く同じ見立て…

米津さん凄すぎます。


では『追憶のハイウェイ61』4番と5番も解説してもらおう。

出来る限り、足早にな。


はい、わかりました…



つづく




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