日の名残り第11話_a

「永遠の嘘をついてくれ…」~カズオ・イシグロ『日の名残り』徹底解剖・第11話

小説版は、わかった。

問題の映画版は、どないなっとんねん?

その前にNEW ORDERの『BLUE MONDAY』をもう一度見てほしい。

これってさあ…

おっと、忘れてた。

僕たちの簡単な自己紹介。

『日の名残り』の登場人物もな。

ーー『日の名残り』主要登場人物ーー
執事長スティーブンス(主人公)
女中頭ミス・ケントン(結婚後はベン夫人)
館の主人ダーリントン卿(英国の大物貴族)
新しい主人ファラディ氏(アメリカ人の富豪)
(映画版はファラディ氏がルーイス氏に変更)

いちおう前回はコチラ…

もう始めてもいい?

どうぞ。

『BLUE MONDAY』ってさ…

歌詞もそうだったんだけど…

このミュージックビデオの映像も『日の名残り』そのものじゃない?

そうだよ。

YouTubeのサムネ画像になってるNEW ORDERのジリアン・ギルバート嬢なんて、まさに「ミス・ケントンが窓から秘密を目撃する」姿のモデルになっているよね。

おい、悦子はんやで。

ごめん、間違えた…

こっちだね。

なんだか、雰囲気がそっくり…

ミス・ケントンを演じたエマ・トンプソンは、絶対に意識していたと思うよ。

そして恐らくカズオ・イシグロは、映画化にあたって製作陣に『BLUE MONDAY』を見せて説明したに違いない。

「このイメージで作ってくれ」と…

せやろな。

だから、国際会議のフランス代表デュポン氏の「足問題」も、小説と映画では違うものになったんだ。

小説では「包帯を巻く」だったけど、映画では「水に浸す」に変わったよね。

より『BLUE MONDAY』に近付けるためだ…

セクシーな美脚が汚いオッサンの足になって凄く残念!

それから、スティーブンスが車で轢きそうになった「ニワトリのネリー」も出てくる。

やっぱりいたか!

ちなみにレベッカの『MOON』で「工場は黒い煙をはき出して」って歌詞があったけれど、あれも『BLUE MONDAY』からの引用だったんだ。

NOKKOもカズオ・イシグロに負けんくらいNEW ORDERフリークやったんやな…

それから、これを見てよ。

僕はこれを発見した時に鳥肌が立ったね…

犬の正面のラインが、ミス・ケントンさんの顔の輪郭にそっくりだ…

尻と後ろ脚のラインも、スティーブンスそっくりやで!

背景の壁の装飾も、よく見てごらん…

壁の装飾?

ああ!

金色の線が犬の形になってる!

ホンマや!

椅子の影も、逆さまやけど階段の手すりとして再現されとるやんけ!

なんやねんコレ!

・・・・・

見れば見るほど面白いよね。

ちなみにこれは、いわゆる『ルビンの壺』ってやつだ。

最近話題になったよね、その壺。

めっちゃ割れた…いや、売れたらしいで。

『ルビンの壺が割れた』
宿野かほる(@Amazon)

『日の名残り』も読者に「すれ違う恋愛物語」だと思わせておいて、実は全く違うストーリーが描かれていた…

主人公スティーブンスは、ミス・ケントンが「秘密」を知っているのかどうかを確かめに旅に出る。もし知っていたなら、それを認めようと考えていたんだ。告白は告白でも「恋愛の告白」ではなく「自分もユダヤ系で同性愛者」だということを告白しようと思っていたんだね。

そしてカズオ・イシグロは、さらに3つのストーリーも重ね合わせた。「イエスの生涯」と「イスラエルの歴史」と「大英帝国の歴史」の物語だ。

少なくとも5重の階層構造になっているんだね、『日の名残り』という小説は…

人間というものは往々にして…
自分が望む答えだけを探し求めてしまう…

そうゆうことやったんか!

それを匂わすために、アンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンにわざわざ「ルビンの壺」をやらせたんやな…

「騙されたらアカン。ホンマは全然違う話なんやで」

っちゅうことを伝えるために…

その通り。

NEW ORDERの『BLUE MONDAY』も、そうなっているからね。

そうなの?

だってミュージックビデオ最初と最後のシーンは、これだったでしょ?

なんで犬が足でテニスボールを押さえとる絵が、アタマとシリに来とるんや?

なんか意味あるんか?

音楽映像の中で、このテニスボールは「月」だったでしょ?

「月」ってことは…

まさか…

「岩のドーム」の屋根…?

そうなんだよ。

NEW ORDERの『BLUE MONDAY』は、エルサレム旧市街地にある「神殿の丘」と「嘆きの壁」のことを歌ったものなんだね。

ひゃあ!

だから「両手で本を読む」シーンも繰り返し登場するんだ。

そういえば…

ショートバージョンのほうには「壁」が出てきたよね…

「両手で本を読む人」と「壁」…

この2つの映像を重ね合わせると、こうなるんだよね…

ロングバージョンとショートバージョンの2種類の映像があるのは、こういう仕組みになっていたからなんだよ…

わお!

スティーブンスのお父さん!

こうゆうことだったんだよね…


なぜ人は永遠の嘘を恐れるのか?
やりきれない事実の羅列より…
嘘のほうが何倍も有益ではないのか?

カズオ・イシグロの『日の名残り』とNEW ORDERの『BLUE MONDAY』は、まったく同じ構造なんだ。

表層の物語と、メタファーで語られる物語が、異なる次元のストーリーになっている。

『日の名残り』での主人公の旅の目的地、イングランド西岸コーンウォール州のローズガーデン・ホテルが、「神殿の丘」と「嘆きの壁」だったのと全く同じ仕組みなんだ…

そうとう影響されたんだね、カズオ・イシグロさんはNEW ORDERに…

影響どころの騒ぎやないやろ。

『ブルーマンデー』を小説にしたのが『日の名残り』や!

『ブルーマンデー』を理解すれば、『日の名残り』を理解したも同然や!

だよね…

と、言いたいところなんだけど…

『日の名残り』を語る上で最も重要なのは、やっぱりレベッカの『MOON』なんだよ…

ええ!?

『BLUE MONDAY』では『日の名残り』の全てを説明できない…

だけどレベッカの『MOON』の歌詞の中には…

『日の名残り』の全てがある…

そう、秘密の全てが…

永遠の嘘をついてくれ…
いつまでも種明かしなどしないでくれ…

カツオさん…

さっきから何をブツブツ言ってるの?

な、何でもない…

お前たちには関係のないことだ…

ふう~ん…




「ピンポ~~ン」



あれ?お客さんだ。

誰だろう?

あ、あほか!

だ、誰って…

き、決まっとるやろ…

まさか…

ああ…

ついにヤツが来た…

「野球」の時間だ…



「お~い、イソグロ~! 

『野球』しようぜ~~!」


ねえ、みんな…何を怯えているの?

玄関に出てあげようよ…

ホントに野球を誘いに来たのかもしれないじゃんか…

お前は「野球」の意味がわかってないようだな…

それくらい知ってるよ!

ベースボールのことでしょ!

「野球」と書いて「のぼーる」と読むのだ…

のぼーる?

で、ござーる?

どアホ!

「のぼーる」とは「天に登る」っちゅうことや…

天に?

なにそれ。

鈍感なやっちゃな…

つまり…

「野球しようぜ~!」

っちゅうのは…

「昇天させるぞワレ!」

っちゅうことなんや…

ああ、どうしよう…



「早くしろよ~イソグロ~!

みんな空き地で待ってるぞ~!」


ほら、彼はヒットマンじゃないよ。ただのバットマンだよ。

みんなが空き地で君のことを待ってるんだってよ…

早く行ってあげたら?

お前は相変わらず物事の上辺しか理解できないようだな…

「みんな」とは、これまで「野球」で粛清された諜報員たちのことだ…

そして「空き地」とは「無の空間」を意味する…

つまり「存在が完全に消される」ということなんだ…

や、ヤバいやんけ…

た、高飛びしたらええんとちゃうか?

今から成田に急げば、ニューヨーク行きの最終便に間に合うで…

そっから中南米あたりに…

いいなあニューヨーク!

ロックフェラーセンターのでっかいクリスマスツリーを観に行きたいな!

そしてスケートするんだ!

今日ニュースで見たんだけど、粉雪舞っててすっごく綺麗だった!

空気読め、このボケェ!

もう遅いのだ…

世界中のあらゆる出入国ゲートに「組織」からの指示が行き渡っているだろう…

たとえ日本を出国できたとしても、アメリカに着いた瞬間、私の身柄は拘束される…

戦いましょう…

4対1です。

我々が力を合わせれば勝てるかもしれません…

窮鼠猫を嚙むとも言いますし…

無理だ…

奴の力を甘く見てはいけない…

奴はバット一本で、精鋭揃いの一個小隊と張り合えるだけの戦闘力をもつ…

ランボー並みやな…

ということは…

伊藤ハム並みってことか…

嘘ォ!?

まさにバケモノや…

万事休す、やで…

残念だが、そういうことだ…

私もスパイとして生きてきた人間…

畳の上で死ねないことくらいは、覚悟していた…

隣に和室あるよ。

カツオさんのアタッシュケースが置いてある部屋。

どアホ!

「畳の上で死ぬ」っちゅうのは、「人生を全うし、家族に見守られながら死ぬ」っちゅう意味や!

家族…

そうだ…

君たちに、ひとつ頼みがある…

何でしょうか…?

もし奴との「野球」が終わり、君たちのうち誰か一人でも巻き添えを喰わらずに生き残ったら…

私の妹に手紙を書いてほしいんだ…

妹さんに…手紙を?

おい!

やっぱりワイらも巻き添え喰らうんか!?

私にとって、かけがえのない妹だ…

あいつは私の天使だった…

あいつの笑顔だけが、荒んで汚れ切った私の心を洗ってくれた…

この名刺にある住所に、手紙を送ってくれ…

兄は出張先...そうだな、上海あたりで亡くなったと…

この名刺の住所に、ですか…

ん?

Seaweed修道院?

妹は修道女だ…

神に仕える、汚れなき身の乙女…

もちろん私の仕事のことなど何も知らない…

海外出張の多いビジネスマンだと思い込んでいるのだ…

彼女は、長崎の片田舎...海が見える小さな女子修道院にいる…

どうか私の死後、手紙を届けて欲しい…

わかりました…

もしも生き残ることができたなら、必ず…



「何してるんだよイソグロ~!

そこにいるんだろ~?

早くドアを開けてくれよ~!」


よし、お前らはどこかに隠れていろ…

「こと」が済むまで息を潜めているんだ…

たとえ「どんな声」が聞こえたとしても出てきちゃいけない…


ん?

あの少年はどこへ行った?

あれ?

ええじゃろう…?

あ、あそこや…

あのどアホ、玄関に行きよった!


お待たせしました~!

いま開けますよ~!


――続く――


中島みゆき『永遠の嘘をついてくれ』
by Seiji.H

 

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