深読み_スプートニクの恋人_第15話あ

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』第15話「アリー my love」


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スナックふかよみ にて


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それでは歌います…

ははうえさま… 猫のペトロ…

天国で聴いてください…



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この歌、ちょー泣ける…

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岡江クン、どうしたの?

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いや… ちょっと気になることが…

杉の木の上に光る星…

そして、いなくなる子猫…

この歌詞って…

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さあさあ!寄り道はいいから話を進めようぜ!

スプートニク、スプートニク!

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あ、そうでした…

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次は父親の再婚相手、すみれの新しいお母さんについて語られるパートね。

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そう。ここも非常に興味深い描写が続く…

 すみれが6歳のときに父親は再婚し、二年後に弟が生まれた。新しい母親も美人ではなかった。それに加えて、とくに物覚えもよくなかったし、字だってうまいとは言えない。しかし親切で公正な人だった。自動的に彼女の義理の娘となる幼いすみれにとっては、言うまでもなくそれは幸運な出来事だった。いや幸運というのは正確な表現ではない。彼女を選んだのはあくまで父親だったからだ。彼は父親としてはいくぶん問題があったが、伴侶の選び方にかけては、一貫して聡明で現実的だった。

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すみれは実母の記憶はゼロだったけど、この義母についてはそうじゃない。

つまりこの義母は「聖母マリア」が投影されたキャラってことでしょ?

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そうだね。

だけどこの部分に限っては、それだけじゃない。

村上春樹は「ちょっとした遊び」をここで行っているんだ。

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ちょっとした遊び?

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この部分で村上春樹は「イスラム教」を遠回しに語っているんだよ。

実母は「旧約聖書とモーセ」だったけど、ここでの義母には「アッラーフ(アラー)とムハンマド」が投影されているんだよね。

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ええ?

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モーセと違いムハンマドは文盲だったため、神のメッセンジャーである大天使ガブリエルから伝えられる言葉を、その場で書き記すことが出来なかったんだ。

だから大天使ガブリエルは約20年の間、何度にも分けて啓示を行った。一度には覚えきれないからな。

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そしてムハンマドは信徒たちのところへ戻り、大天使ガブリエルから与えられた言葉を聞かせ、そのつど書記が記録した。

これを繰り返して出来上がったのが、アラビア語で書かれた「クルアーン」というわけ。

村上春樹が「公正」という言葉を使ったのも「クルアーン」を意識してのこと。

クルアーンでは何度も「公正」という言葉が使われる。「公正」はイスラム教徒が最も重要視しなければならない価値観なんだよね。

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なるほど… だから突然「公正」なんて言葉が出て来たのね…

「自動的に彼女の義理の娘となる幼いすみれ」という表現の意味もわかったわ。

この小説における「すみれ」は「イエス」の記号よね。

「イエス」はキリスト教世界では「神ヤハウェの子」で…

「神ヤハウェ」はアラビア世界では「アッラーフ」と呼ばれる…

つまり言葉の上では「イエス」は自動的に「アッラーフの義理の子」になる…

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そういうこと。

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でもなぜ村上春樹はこんな手の込んだことをしたわけ?

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この小説が、サリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて)』の「翻訳」だからだよ。

「すみれの父親の再婚から二年後に生まれた弟」というのは…

「ホールデンの誕生から二年後に生まれた弟アリー」のことなんだよね。

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え? 「僕」が大好きだった弟アリー君?

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そう。語り手の「僕」であるホールデンが「家族の中でいちばん頭のいいやつ」「ほかの誰よりも性格のいいやつ」と自慢していた弟のアリー君。

実はアリー君には「ムハンマド」が投影されているんだよね。名前は「ムハンマドの義理の息子アリー」なんだけど。

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マジで!?

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彼の形見「野球ミット」のこと覚えてる?

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覚えてるわよ。ホールデンが作文の題材にしたんだよね。

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村上春樹の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』では、その説明がこんなふうに訳されていた。

だから僕は弟のアリーの野球ミットについて書くことにした。そのミットは描写的な文章にはまさにうってつけなんだ。冗談抜きでさ。弟のアリーは左利き野手用のミットを持っていた。つまり弟は左利きだったんだよ。でもそれが描写に向いているというのは、彼がその指の部分や、腹の部分やら、とにかくいたるところに詩を書き込んでいたからなんだ。緑のインクでね。弟がどうしてそんなことをしたかっていうと、守備についてバッターがボックスに立ってないときに、何かを読めるといいのにと思ったからだ。

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やけに「左利き」が強調されてるわね…

あっ!もしかしてアラビア語のこと?

「左方向」に書かれるから?

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その通り。

映画『紅の豚』の冒頭「タイプライター」のシーンでも、アラビア語は「左向きに書かれる言語」であることが強調されてたよね…

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懐かしい、あの緑のブタちゃん…

いつのまにか見なくなったわね…

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そして「アリーの野球ミット」には、「指や腹の部分」に「緑」のインクで「詩」が書き込まれていた…

そしてアリーは、敵チームのバッターが打席に立つ前に、それを読んでいたというんだね…

サリンジャーが何を言おうとしてるのかわかる?

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何か「別のもの」を喩えているのよね…

緑はイスラムのシンボルカラーってわかるんだけど…

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「詩」とは「クルアーン」のことだ。戦いの前に詠まれるものだからね。

そして「野球ミット」とは「アッラーフ」の喩えになっている…

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なんで?

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偶像崇拝が禁じられているイスラムでは、文字を装飾的にデザインした「イスラム書法」というものが発達している。

そのイスラム書法で「アッラーフ」は、こんなふうに表記されるんだ…

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ああ!野球のグローブ!

深読み スプートニクの恋人 ライ麦畑でつかまえて グローブ 野球ミット アッラーフ イスラム書道

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サリンジャーが『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて)』において「アリー君」というキャラクターで表現しようとしたことを、村上春樹は形を変えて「すみれの義母」で再現したというわけだ。

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ヒュ~♫

さすがサリンジャーをよく理解してるな村上春樹は。

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続く「すみれに対する義母の愛」の描写は、聖母マリアを意識したものになっている。

義母は、すみれが小さい頃から熱心に本を読むことを励ましてくれた。

すみれが「大学をやめて小説を書くことに集中する」と宣言した時も、その意思を尊重してくれたと書かれている。

そして義母は、すみれが28歳になるまでは生活費を出すという取り決めをしてくれた。

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これはイエスが20代のうちは実家で母親の世話になっていたことを言ってるのよね。

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その通り。だから村上春樹はこんなジョークを書いたんだ。

もし義母の口ぞえがなければ、すみれはおそらく一文無しで、そして必要な量の社会的常識と平衡感覚を身につけないまま、この現実といういささかユーモアのセンスを欠いた――もちろん地球は人を笑わせ楽しませるために身を粉にして太陽のまわりを回転しているわけではない――荒野に放り出されていたことだろう。あるいはすみれにとって、それがより好ましいことだったのかもしれないけれど。

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「荒野に放り出される」とか言っちゃってるし(笑)

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メタ・ジョークにもなってるな。

「身を粉にして運動している、ユーモアのセンスを欠いた地球」とは村上春樹自身のことでもあるだろう。

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では続いてのパート「すみれと井の頭公園」について解説しましょう…

ここも非常に興味深い仕掛けが…

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ちょっと待て。

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え?

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いちおう歌っておいた方がいいだろう、流れ的に…

深代ママ、カラオケをたのむ…

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はい春木さん。あの曲よね。

「あなたは、やっぱり、あなただった」

久しぶりにあの熱唱を聴けるわ。

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では…

春木、歌います…




つづく



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