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どうしようもないヤツらだな

 空白。投稿が10日も空いてしまった。ぼくなりに忙しかったんだ。でも、10日間何をしていたんだとかね、それから何を学んだんだとかね、そんなことを書くつもりはサラサラない。だって、面白くもなんともないんだもの。

 ぼくは狼だぬきという名前で「嫌なこと」とか「絶望的なこと」をよく書いているんだけど、この10日はそれほど絶望しなかったんだ。絶望を赤裸々に書いて、小さい希望を見い出すというのがぼくのスタイルの一つなんだけど、その源泉となる絶望がちょっと足りてなかったわけ。いいんだか、悪いんだか。ね。

 つまり、この10日間は割にうまくいっていたというか、うまくいく兆しが見え始めていたんだよ。要するに、うまくいくための材料のようなものが、不思議なことにぼくの目の前に一つずつ順番に、それでいて唐突に歩いてきたんだ。

 で、文章を書くことで絶望する自分を救っていたぼくにしていれば、うまくいきそうな材料を拾って、並べてみることくらいならできるな、と思ったわけ。だから、少ないエネルギーを使って、材料を拾ってたんだ。10日間もね。これ以上は書かないよ、あくびが出ちゃうから。

 今日話すのは、なんというかもっと具体的なことだ。どうしようもないヤツらの話。仕事で出会った社会人2年目の男性のことなんだけど、彼のことはタロウとでもしておこうかな。プライベートとかのこともあるから、偽名の方がいいと思って。そうだな、仕事も嘘のほうがいいかな。タロウは建築関係の仕事をしているよ。もちろん、嘘で、言うなれば偽職。

 嘘をつくことを公言するなって?でも、嘘がない世界ってなんだか単純すぎて面白みもないし、嘘をつく必要がないところで嘘をついて、しかもそれをカミングアウトすることは結構斬新だと思うんだ。まあ、これも嘘なんだけど。

 タロウはどうしようもないやつで、何がどうしようもないかと言うと、なんとやりたくもないことを仕事にして、残業ばかりで、その上給料も少ないんだ。なんてどうしようもないんだ。でも、どうやらその会社は、タロウみたいなどうしようもない人ばかりらしい。おかしな会社だ。

 もっというと、この社会はどうしようもない人ばかりらしい。冗談かと思ってぼくは笑ったんだけど、タロウの剣幕は真実のそれだったな。どうしようもない人と話すのは楽しくないから、3,40分で切り上げた。当たり前だけどね。ぼくはどうしようもある人と話したいんだ。当たり前だけど。

 タロウのやつ、生まれてこのかた趣味も特技も持ったことがなくて、休みの日に何をしているのか聞いても「寝る」と答えるんだ。ナマケモノじゃあるまいし。

 平日がどうしようもないのに、休日も自らどうしようもなくしてるんだ。最初は冗談だと思って笑ったけど、これも冗談じゃなかった。タロウは東京生まれ東京育ちらしいから仕方ないな。「ざっくりハイタッチ」をYoutubeで見るように去り際に伝えたんだ。あれはいい仕事したなと思うよ。我ながらね。

 そんなどうしようもな会話だったから、当然酒もおいしくなかった。だから、帰りに最寄りの居酒屋でもう一杯ひっかけることにしたんだ。期待して飲んだ日本酒だったけど、これまたおいしくなかった。最寄りにおいしい居酒屋なんて無いのを忘れてたよ。半分くらい残して、店を出てやろうとした。なんなら文句でも垂れてやろうかなあとも。まあそんなことしないんだけど。

 でも、ふと気になったんだ。気がつくと周りにはタロウと同じようにスーツに身を包んだサラリーマンばかりだったことに。二軒目以降が多いのか、どのサラリーマンもしたたかに酔っていて、情けなかった。おっさんにもなって恥も知らずにベロベロになりやがって。ぼくは美味しくない酒の腹いせに、サラリーマンの会話を聞いてみることしたんだ。

 するとびっくり、その店に座っている合計13人のサラリーマンは全員タロウだったんだ。もちろん比喩さ。さすがにそんなSFみたいなことがあるとぼくも参る。13人は年齢も顔立ちも性別も様々だったんだけど、なんというかこう「本質的にタロウ」だったんだ。伝わるかな。ようするに、13人が13人とも鮮やかにどうしようもないやつだったんだ。

 ちょっとその13人を直接紹介できないのが悲しいんだけど。13人のサラリーマンは、タロウと同様に、なんというか芯がない感じが会話や佇まいからダダ漏れなんだ。つまり、彼らもきっと趣味や特技がないんだろうな。ゴルフの話をしているグループもあったが、心の底からご機嫌そうに話すやつは一人もいなかった。

 もしぼくが居酒屋で好きなことの話をするなら、あんな風にはならないな。もっと熱を込めて話すことになるだろうし、我を忘れて魅力を語り、しまいには引かれてしまうだろう。しかし、13人が13人とも引いてなかったんだよ、本当に。アルコールが入っているのに、どこか学級委員長を決めるときとか、もっと言うと飼育係を決めるときのような空気が13人を分割した3つの卓の上を滑っているんだ。ゆっくり。もったり。

 そんな空気に嫌気がさして、ぼくは本当にそういう空気が嫌いなんだけど、最寄り駅から自宅まで帰ろうとした。そしたら、そこは最寄り駅ではないことに気づいて、あれおかしいなと思いながら再び帰路につき、電車に乗ったんだ。今でもあれは不思議だな。どうしようもなさすぎて、どうにかなっていたのかな。

 とにかく最寄り駅について、そこから20分ほどのなんとも言えない距離にある自宅に帰った。そしたら、なんと、晩御飯が用意してあったんだ。実を言うと、ぼくは実家に住んでいるから、母親が用意してくれたんだが、正直二軒目も終えたぼくにとって晩御飯はありがた迷惑だった。いや、純然たる迷惑か。まあ、仕方がないから何も食べてなかったフリをして、全部胃に流し込んだ。最近で一番キツかったな。

 晩飯を食べていると、母親が風呂から上がってきた。最近話せてなかったからか、近況を報告するように言われたんだ。正直、この時間が一番面倒くさい。ぼくはぼくのことを人に説明することが何よりも面倒なんだ。だって、どんな話し方をしても、本当のぼくとは違う形になってしまう形がするもんだから、口ごもったりたじろいだりしてしまう。そうして、今回もぼくは曖昧にして流すことにしたさ。「まあ、いい感じ」ってね。

 母親は結構しつこいタイプだから、重ねて「いい感じってどういうことよ」とかなんとか聞いてくるんだけど、もちろんぼくは母親のそう言う性質をわかっているからそれも軽く流すんだ。いつものことなんだけど、曖昧にぼんやり流しておけば、母親は満足して聞くのをやめるんだ。あるいは諦めて。だから、ぼくはその日も流してやったさ。

 そしたら母親は、ぼくへの詰問をやめる常套句を口にしたんだ。「あんたは本当にどうしようもないねえ」ってさ。こうなれば、ぼくの勝ちなんだ。ぼくの、勝ちなんだ。

 それからぼくはマンガ配信アプリで特におもしろくもない、テンプレートに毛が生えたマンガたちを何時間も読みふけり、気がつくと眠っていて次の日の8:25になっていた。電気はつけっぱなしで、マンガの内容はちっとも思い出せなかった。電気を消して、今度は自ら瞼を閉じた。今日も予定はないのだから。

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