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なぜFIFAのインファンティーノ会長はWHOのテドロス事務局長と共同記者会見をしたか

ヘッダーはFIFAのフランス語のTwitterアカウントより( https://twitter.com/fifacom_fr )

皆さんは昨今のコロナウイルスのパンデミックにより連日テレビで報道されているWHOのテドロス事務局長とFIFAのインファンティーノ会長が共同記者会見を行ったことをご存知でしょうか。このニュースは簡単に見過ごされそうなニュースですが、私はこの共同記者会見はサッカー界・スポーツ界にとって大きな意味を感じました。そこで今回は過去のインファンティーノ会長の言動、功績を元になぜ今回の共同記者会見まで至ったかを考えていきます。

Gianni Infantino

国籍:スイス、イタリア
生年月日:1970/03/23
母国語:イタリア語、フランス語、ドイツ語
その他の言語:英語、スペイン語、ポルトガル語、アラビア語
学歴:フライブルク大学(法律)

経歴:
・2000年からUEFAで働く
・2009年からUEFAのジェネラルセクレタリー
  FFPやUEFAチャンピオンズリーグの発展に尽力
  サッカーにおける人種差別差別暴力フーリガニズム(一部暴徒化するサポーター)、八百長などの撲滅を指揮。
  →フットボールの誠実さ(integrity)の保護
・2016年ブラッター元会長のスキャンダルによる解任後の後任選挙に勝利しFIFAの会長に。


Making Football Truly Global

FIFAのこれからのビジョンを表明したFIFA Vision 2020-2023というものがあります。これはインファンティーノ会長になってから作られたものであるため彼の思想を色濃く反映していると言っても良いでしょう。その中の声明で彼はこのように述べています。

「サッカーは現在世界中でプレーされています。キンシャサのストリートやニューカレドニアのビーチでも。しかしまだまだ私たちがやることはたくさんあります。今後2023年までの私たちの任務はサッカーを本当の意味でグローバルに、誰でもできるよう(accessible and inclusive)にするということです。また、そのための私たちの主要なミッションは全世界における利益を最大化するためにサッカーを本当の意味で世界的にし(globalise)、人気にし(popularise)、民主化する(democratise)ことです。」

accessibilityはどんな人でもできるようにする、inclusiveはどんな人でも受け入れるというニュアンスがあります。彼はよくサッカーは"universal language"であると言います。直訳をすると「普遍的な言語」という意味ですが、サッカーは世界をつなぐ唯一のツールとなりうるという彼の考えが伺えます。そのためには誰もが参加できる環境を世界中で作り出すという思いがこのビジョンに反映されています。



スポーツと権利

FIFA Child Safeguardingという、サッカーにおける子どもの安全を守ることを目的とした取り決めがあるます。セーフガーディングは特に日本では進んでいないと感じるのでぜひ実践してみてください。その中での彼の声明はこちらです。

世界中でたくさんの子どもたちがサッカーをしています。そして全ての子どもが安全リスペクト理解のある環境でサッカーを楽しむ権利を持っています。そこでFIFAは子どもたちにとって安全な環境を作るための原則と最低限の活動を示したガイドラインを作成しました。このような環境でサッカーをできるということは子ども達の権利です。

スポーツの世界に「権利」という概念を打ち出し実践しているという点でFIFAのVisionで言っていた「民主化」を目指していると言えます。私たちが一般社会に置いて基本的人権が認められているように、スポーツの世界にも認められるべき権利があるということをここまで世界的に大きく言ったのはインファンティーノ会長のFIFAが初めてではないでしょうか。

FIFA Child Safeguardingにはすべての子どもに安全な環境を作ることを目的とした5つの要素があります。

1. 子どもの興味を引き出すために常に行動する
2. サッカーにおける子どもの権利を尊重し、促進する
3. ツールキットの原則や実践を通して全ての差別から子どもたちを守る
4. 子どもの安全を守ることは国や役職などに関係なくサッカーに関わる全員の責任
5. 役職や責任の所在をはっきりさせる。

このFIFA VisionとChild Safeguardingの二つはFIFAの公式の声明であり、前会長からは大きく変わっていることからインファンティーノ会長の考えを色濃く反映しているだろうと考えられます。これらから考えられることは、現在のFIFAはサッカーを本当の意味で世界的なスポーツにするために、民主主義の概念を取り入れ、サッカーにおける権利を保証し、より多くの人にサッカーに参画してもらうために動いているということです。差別や過度なフーガリズム、暴力がサッカーの世界にあればフットボールに参加することや、サッカーに対して悪いイメージを持つ人々が増えます。しかしそれはサッカー界全体の利益を考えると大きな損失であるため、こういった声明を出し強いリーダーシップで率いているわけです。さらにはヨーロッパでは当たり前すぎて詳しく明文化もされていませんが、スポーツは健康のためになされるべきであるということも言っています。健康とは身体面、メンタル面両輪が大切です。今回のWHOとの共同会見でインファンティーノ会長はこのように述べています。

「健康は一番最初にきます。全てのことはそのあとです。」
"Health comes first. Everything comes after."

またこのようにも述べています。

「人々の健康はどんなゲーム(サッカー)よりも重要です。」
“People’s health is much more important than any game.”

それではこのような考えで動いているFIFAが実際にどのような活動やリーダーシップを見せているかをみていきましょう。

FIFAの活動①:イランとの交渉の末、女性がスタジアムに入ることを許可させる

イランは宗教的な理由から、イスラム革命後40年間スタジアムに女性が入ることが許されていませんでした。しかしFIFAとの交渉の末、2019年10月10日に行われた国際試合(イラン対カンボジア)から女性の入場が許可されました。その時のインファンティーノ会長の声明がこちらです。

"Our position is clear and firm. Women have to be allowed into football stadiums in Iran."
「私たちの立場ははっきりしています。女性もイランでスタジアムに入れなければなりません。」

このニュースは非常に民主的な印象を受けるかと思います。サッカーはuniversal languageであるからこそ、宗教国境イデオロギー民族の垣根を越えることができる唯一のツールとなりうる。その可能性を撃ち壊す態度、政策を許さないという強いリーダーシップが垣間見得ます。

FIFAの活動②:アメリカトランプ大統領の入国拒否政策に釘をさす

トランプ大統領が2017年にイラン、シリア、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンの国に対して入国拒否政策を行った際のインファンティーノ会長の言葉がこちら。

「FIFAの大会となると、W杯に出場する国の全てのチームやサポーターがその国に入れなければならない。そうができないのであれば、W杯はない。それは明らかだ。」

これはイランがW杯に出場する可能性が極めて高い国であり、物理的にスタッフや選手がその国に入れなければ開催ができないという面もありますが、スタッフ、選手のみを入国させることは理論上可能です。しかしサポーターも含め言及し、「W杯はない。」「それは明らかだ(That is obvious.)。」と、強い口調で言い切っています。W杯が開催できない(国)ということは世界的のイメージを落とすことに繋がります。これはサッカーという世界的なuniversal languageが時には政治にも影響を与えることができるという例になります。サッカーは世界中が繋がれる唯一のツールとなりうるポテンシャルがある中で、こういった排他的な態度を許さないという明確な態度は世界各地のサッカー協会にも勇気を与えます。


FIFAの活動③:WHOと健康的なライフスタイルをサッカーを通して促進することで合意

それでは3月23日(ちなみにインファンティーノ会長の誕生日)にスイスのジュネーブで行われたWHOとの記者会見を今までのFIFAの活動の文脈の中で見てみましょう。そもそも共同記者会見に至った大きな理由は2019年10月4日に、4年の間健康なライフスタイルを世界にフットボールを通して促進するということで合意していたからです。

これはサッカーが健康の増進に貢献できるということからのコラボレーションです。その時の両者のコメントがこちらです。

テドロス事務翼長:「世界人口の半分が2018年のW杯を見たと言われている。これは何億の人々に健康に長生きしてもらうための情報を発信できるポテンシャルを持っているということだ。」
インファンティーノ会長:「サッカーは普遍的な言語(universal language)であり、私たちは我々のプラットフォームやネットワークを健康の増進のリーダーシップや世界中の人々の健康的なライフスタイルを増進することに使いたい。」

実際にやることは以下の通りです。

・サッカーを通した健康的なライフスタイルの増進に貢献する
タバコフリーの環境をFIFAの大会で実践。各地域のサッカー協会にスタジアムなどでのタバコフリーの実現に向けた政策づくりのサポート。また、WHOはFIFAに健康増進のための技術的なアドバイスをおこなう
*この合意前の2018年ロシアW杯はタバコフリーで行われた。
*タバコフリーとはタバコを吸わせないというわけではなく「タバコの煙にさらされることからの保護」
・FIFAのイベントにおける健康・安全の確保を永続的に行う。
・フットボールを通した身体活動への参加の増加を世界の各サッカー協会や、WHOのアンバサダー、コーチ、選手などサッカーに関わる人とともに目指す。

この合意が今回の共同記者会見開催の根拠となりました。

FIFAの活動④:テドロス会長との共同記者会見

今回の共同記者会見はWHOが連日行なっている記者会見の1つにインファンティーノ会長が参加したという形です。まずは内容を見ていきましょう。

テドロス事務局長:
「半年前、WHOとFIFAはサッカーを通し、健康を促進するということで合意しました。そのときはウイルスが発生し、美しいゲーム(サッカー)を含む世界中に影響を及ぼすなんて考えてもいませんでした。 たくさんのサッカーが中止になっています。しかしこの難しい局面の中、私たちの協力がより重要になっています。しかしこれは私たちがともにより近くで働く機会になります。サッカーはたくさんの人に影響を与えることができます。特に世界の保険機関には難しい若い人に。今日は私たちのキャンペーンを通し世界中にメッセージを送るために、親友であるFIFA会長ジャンニ・インファンティーノ氏を紹介できることを嬉しく思います。繰り返します。これは”Pass the message to kick out coronavirus”をいう名前のキャンペーンです。またこの機会にFIFAが1000万ドルを寄付してくれたことに感謝します。(※)」
※7000万ドルが187,000もの個人、団体からの寄付で集まっているとのこと。tiktokは追加で1000万ドルの寄付も。tiktokは若い人向けにコロナウイルス対策の広告も出している。
インファンティーノ会長:
「サッカーは世界中の何億の人に大きな意味があります。私にとって、この難しい状況の中、団結やリーダーシップを見せることは明らかです。私はテドロス事務局長が金曜日にこれはパンデミックだと公表した時に私はオフィスにいて、サッカーは何ができるか、我々は何ができるかと考えました。私たちはメッセージを発信することができると思いました。キャンペーンは選手や歴代の名選手(レジェンド)たちによって行われます。またFIFA加盟211カ国、また6つの各大陸サッカー協会も協力します。今後数日間で我々は動画やグラフィックを用い、たくさんの言語で発信を行います。我々は有効なメッセージを世界に発信することができます。コロナウイルスが示しているのは我々は傷つきやすいということ、またグローバルな社会になったということです。例外な状況には例外的な手段を、グローバルな問題はグローバルな解決策を。私たちは世界を一つにし、この状況から回復できるということを示さなければなりません。そして私たちは同じ人間だということを再確認する時です。私たちはグローバルに連帯できるということを証明しなければなりません。なぜなら健康は一番大切なことだからです。全てのことはその後です。ここからWHOや私たちの政府のガイダンスにそって行動しなければなりません。一つだけ確かなことは、フットボールで行われているように、決断、規律、チームワークを持ってすれば、私たちは勝利するということです。」

インファンティーノ会長のスピーチは今回のパンデミックを人類を(国籍、人種などによって)分割するものにもなるし一つになることができるというニュアンスも含まれています。また彼はスピーチで"solidarity"(団結)という言葉をよく使っています。サッカーがuniversal languageだからこそ世界を一つにできるということを示唆しています。


今回FIFAが実際に行うことはSNSを使って選手、レジェンドがウイルスの流行を防ぐ5つのステップを世界中に伝えることです。以下がその実際のビデオとメッセージです。

The five steps
1. 手
「手を頻繁に洗ってください。もし可能であればアルコール除菌も有効です。」by ポチェッティーノ(サッカー監督)
2. 肘
「くしゃみや咳をする時は、ひじを曲げて鼻と口を覆ってください。ティッシュを使うなら、すぐに捨てましょう。」by キャシー・ストーニー(マンチェスターユナイテッド女子チーム監督)
3. 顔
「目や鼻、口を触らないようにしてください。これをすることによって、ウイルスが体に入るのを防ぐことができます。」by アリュー・シセ(セネガル代表監督)
4. 距離
「人と会うときは一歩下がりましょう。最低でも1mは距離をあけましょう。」byモウリーニョ(トッテナム監督)
5. 体調
「体調が悪いときは、家にいましょう。いくつかの国では健康な人も自宅待機を勧めます。政府などの指示にしたがいましょう。」by ジル・エリス(女子サッカーアメリカ代表監督)
Remember
「いつでも情報を仕入れるようにしましょう。これらのことを実践し、コロナウイルスと戦っているWHOを支援しましょう。共にこの難しい試合に勝利しましょう。」by ジャンニ・インファンティーノ

他にもいくつかのビデオがあり、サミュエルエトー、ギャリー・リネカー、ハンドゥアン(中国サッカー女子代表選手)、パクチソン、メッシetc..など各大陸のビッグネームが参加しています。

今回FIFAが行うことはメッセージの発信のみなので決して複雑なものではありません。しかし世界中の人に向け正しいメッセージを発信することは疫病対策にも非常に有効です。また、今までのFIFAが行なってきた文脈の中で考えると、フットボールは健康のためになされるということ、社会に貢献できるものであるということを表明することも目的であったと思われます。そのため国際社会の中でのフットボールの存在感・存在意義を競技の枠を超え発信できたということに大きな意味があると思います。

最後に

インファンティーノ会長のリーダーシップからは多くのこと学ぶことができます。現在のFIFAは「サッカーを本当の意味でグローバルにする」と掲げ、誰もがアクセスできるスポーツ環境を世界中に作ろうと思います。それはひとえに、サッカーならびにスポーツが健康に寄与するということまた宗教や国境、イデオロギーの垣根を越えるuniversal languageであるということ。だからこそスポーツは社会的な意義があり、存在できるという本質を忘れていないからできることです。そのためにフットボールの民主化を掲げ、サッカーの世界の権利について考え実行しています。そんな大きな構想をFIFAは現実的に考え活動しています。

このようなことから学ばなければならないことは、サッカーの価値を向上させるためには、サッカー界の社会におけるリーダーシップを高めなければなりません。JFAはプロサッカー選手を通して自宅でできるトレーニング方法を発信しています。これはサッカー界にとって素晴らしいことです。しかしこれを社会にまで向けることができればさらに裾野を広げることができます。そしてそれは日本のサッカーの競技力を高めることにも繋がります。サッカーにおける国力の最大の尺度は人口と経済です。サッカーの社会における存在感を高めることができればサッカー人口が増えます。この人口は決して競技力の高い人間でなくても構いません。

また過度なスポーツのガラパゴス化はスポーツがもつuniversal languageの価値を下げることに繋がります。スポーツを誰にでもできる、誰でも受け入れるような体制を作り、ある程度世界と足並みを揃えることがスポーツの持つuniversal languageの価値を保全するためにできることです。これは今後日本がグローバル化する中で日本スポーツ界が直面する課題となります。スポーツにおける権利を保証することは日本に置いて急務であり、日本サッカー代表がW杯を手にすることを夢見る者として、これをサッカー界が一番最初に行うことを切に願っています。

何か質問等ございましたらTwitterの方に質問箱を設置していますのでそちらからぜひお願いいたします。ポッドキャストでお答えできたらなと思います。

筆者:岡山 駿



日本社会に貢献するための学びや体験に使わさせていただきます。