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エッセイ㊳ 考える事をやめない為に

どうも、シンスケです!

『果たして自分の文章力は、日々成長しているのか?』

不意に気になって自分が書いた過去のnoteを読み返しました。エッセイやショートショート、作品の数も日々増えて、我ながら読み応えのあるボリュームです。

作品の中には、ろくに推敲もせずに満足感だけで書き上げた様なヘンテコな文章もあります。読み返して違和感を感じるという事は、きっと成長したのだとプラスに捉えています。

そんな中、ある作品が目に留まりました。

このショートショートに書いた最後の一文に注目です。

お互い何を語る訳でもなく、ただぼんやりと、ひつじ雲を眺めていた。それは、ひとつの変わった形の折り鶴から始まった、特別な文化祭の思い出だった。

この『ひつじ雲を眺めていた』という文章が、安直な考えだったなと反省しています。

秋空=ひつじ雲

とてもありふれていて借りてきた様な言葉。考えていないのと同じです。

以前、近藤健太郎さんの著書『三行で撃つ』に書かれていた内容を思い出しました。

常套句を使用しない

例えば、秋の晴天を「抜けるような青空」と書いたとします。しかし、それを書いた時点で作者はもう空を見上げなくなってしまう。(表現をしなくなる)というような内容でした。

確かにそうだと思います。

私もこのショートショートを書いた時に、最後の一文の表現では高校生活での「ふと異性を意識してしまった瞬時の気持ち」と「秋空の清澄さ」を上手く絡めた表現をしたかったのです。

しかし、眠かったのか時間が無かったのか。

この最後の一文を書き終えてさっさと完成させよう!と一番大切な部分を無碍にしたのです。

歌でいうとサビの部分です。

※Bメロ めっちゃ気持ちよくさせるや〜ん♫
 サビでどんな歌詞を聴かせてくれるんだろぉ♫

サビ 愛だの恋だのありきたりなLa〜La〜La〜♫ 

その瞬間、ペンライトをへし折り中指fu◯kです。

私の大好きなバンドの曲にこんな歌詞があります。

オリジナルへの鐘が強く鳴り響く。

LAST ALLIANCE『ヒダリムキ』より


オリジナルを磨く為に、
考える事を止めてはいけません!

ーーーおしまい


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