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短編小説ショートショート 『ミステリーショッパー』

はじめに

ミステリーショッパーとは、サービスの品質や売場の現状などを調査する手法のことを指します。
マーケティングリサーチにおいては、覆面調査とも同義的にとらえられます。
調査員は調査対象に訪問し、どのような接客を受けたかや自社商品・他社商品の売場での展開状況などの調査を報告することを行います。
覆面調査員は第三者が行うため、時期を問わず行うことができます。

denstuより引用

 私の名前はヒロミ。今年からホテルの宿泊部としてフロントに立ち、お客様との接客に毎日勤しんでいる。

このホテルの評価は、某インターネットサイトでは☆4.2だ。近隣のホテルに比べるとやや高い方だけど、支配人は今年中にさらなる評価のアップを目論んでいる。

ある日、朝礼での事だ

「おはようございます。9月に入り、今月は先月やった研修会での成果を発揮してもらいたく、ミステリーショッパーを依頼しました」

「ミステリーショッパー?」

「まぁ、簡単に言うと覆面調査員の事です。日頃のお客様との接客をこっそりと調査してもらいます。皆さんは、普段通りに仕事をして頂ければオッケーです」

「普段通りって・・・」

フロント業務では主にチェックアウトが重なる11時頃と、チェックインでこちらも重なるとバタつく15時頃が最も忙しい。その時間帯に意識して接客をすれば、きっと大丈夫だろう。

結果からいうと散々だった。

意識すると、それだけ動きがぎこちなくなり、笑顔も不自然になってしまう。

          ✢

 あっという間に9月も最後の週末となった。私はというと、意識するあまりにミステリーショッパーという実態の伴わない日々に疑心暗鬼になっていた。

週末の慌ただしさがピークとなる16時頃、半円を描いたエントランスには1台の車が停まった。

私は右手と右足が同時になりながらも、アテンドをすべく出迎えた。

「こんにちは、いらっしゃいませ」

車からは、フォーマルな洋服を身にまとった、ダンディな男性が現れた。

「どうも、本日予約していたミステリーと申します」

「えっ!ミステリー?もしかして、覆面調査員の方ですか!?」

突然の登場に、私はむしろ待ち侘びたかのようなリアクションをとってしまった。

「はい?御簾照(みすてり)ですが?」

男性は首を傾げながら、不思議そうに言った。

「・・・どうも失礼いたしました」

お客様の荷物を手に取り、フロントへとアテンドする。

「こちらに、ご記入をお願い致します。」

お客様が書き出した個人情報には「職業:調査員」と書かれていた。

(ん?こんなあからさまに「私は覆面調査員です」と書き込むか?)

よく見直すとそこには、調査員ではなく「職業:調理師」と書かれていた。

(いかんいかん、疲れているんだ)

「御簾照さま、ご記入ありがとうございます。お部屋は612号室となっております」

カードキーを手渡すと、エレベーターに乗せ6階までのボタンを押したのだった。

 次に、今度は国産のSUVがエントランスに停まった。車から降りてきたのは、なんと覆面を被った体格のいい大男だった。

「こんにちは、いらっしゃいませ」

(覆面調査員とは言っても、流石に覆面は被っていないよね?)

「本日、予約していたダイナマイト九州と申します」

同じようにフロントにて記入をして頂く。

「職業:プロレスラー」

最後にカードキーを手渡し、エレベーターに乗せると本日の業務は終了した。

          ✢

 秋晴れの風が気持ちよく、私はバックヤードの事務所にある机のイスに座り、差し入れで頂いた大福を頬張っていた。
すると、隣の料飲部から廻ってきたのはホテル広報誌だった。
お茶をぐいっと飲み干して、指先に着いた大福の粉をパタパタと落としながら読み進めていく。すると、あったあった。
探していたのは、先月行った覆面調査員のレポートだった。

(先月、私達は夫婦になりすまし、敢えて閑散としている水曜日に一泊してきました。
第一印象はと言うと、接客の会話の中に多少の方言などが入り混じり近隣の某ホテルより劣るかなという印象でした。
しかし、一番感心したのはアテンドをして下さったフロントの方が、お出迎えするやいなや開口一番「いらっしゃいませ、山田様」と名前を呼んでいただきました。どうして名前が解ったのでしょうか?
その他、地元の海の幸をふんだんに使ったコース料理も美味しく、つい覆面調査という業務を忘れてしまいそうでした。次回は必ずプライベートで訪れたいと思います。)

ヒロミはニヤつきながら、二個目の大福に手をかける。
そして今日もパソコンで本日の予約台帳を見ながらお客様の名前を覚えるのだった。

ーーーおわり



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