ユキノシタ

雪乃下。

「咳、凍傷、やけどなどにも効きます。ご自由にお持ちください。(お声がけください)」


古めかしくて、どこか懐かしい門がまえの前に置かれた鉢植え。

丸い葉っぱにおおわれたプランターには、そんな文言が書かれた細い板がさしてあった。他にも、3−4つ鉢植えが置いてあって、それぞれの野花には名前と解説つきの短冊がさしてある。「ホトケノザ」、「梅(種から育てました)」、「ドクダミ」...どれもこれも、野に咲く草花。

パンジーやチューリップのようにとても綺麗な色を放っているわけではないけれど、そこで風に揺れている草花たちはとても愛嬌があって、通る人たちの足は止まる。

以前から、門構えの前に、鉢植えは置いてあった。

ここ1年くらいの間だっただろうか、鉢植えが徐々に増え、いつしかその草花たちの名前が書かれた短冊が、付されるようになった。

さらに、その短冊にはちょっとした解説や「庭先でやっと芽が出ました」と、つぶやきも書かれるようになった。

前を通る人たちの顔はほころび、その門の前で思わず立ち止まる光景がよく見られるようになった。


そして、雪乃下の日。


例にもれず、わたしもまた、その家の前で足を止めていた。

へぇー、やけどにも効くんだ。すごい。

前を見やると

ん?

「5月1日から医院を開業します」

という文言が書かれたA4の紙が、クリアファイルに入れて鉢植えの横に立てかけてあった。


白い小さな紙を覗きこむ。

そこには、このお家で開業する先生の経歴が書かれていた。


「会社員生活を営む

 50歳 医師を志す

 52歳 医学部合格 

     国家試験合格

     ○○病院で内科研修医として従事。

 現 74歳

 趣味:登山/植物を実生から育てること  」


...すごい。

鉢植えを見ていて、とてもあたたかくて優しい人なんだろうなぁと常日頃思ってはいたけれど。

志も、たかい人だった。


その瞬間、

いま、自分は分岐点に立っていて、

自分で選んできたことなのに、

人とは随分と違う生き方をしてきて「しまって」いて、

どこかで「どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ」とぼやいている自分に、気づいた。


「ユキノシタ

咳、凍傷、やけどなどにも聞きます。ご自由にお持ちください。(お声がけください)」


***

いま、ベランダには2株の雪乃下がいる。

少し大きめの鉢植えだけど、のびのび育ってくれればいいや。

いつも土を湿らせておけば大丈夫らしい。どんどんふえますよー、と教えてもらった。


『<名前の由来>

雪が上につもっても、その下に、緑の葉があることから。』


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