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篤があつしに変わるまで 9 『品川出版の謎』

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「品川出版」
 そう聞いて、ボクはその会社が出版社であることを信じて疑わなかった。
 いや、確かに「品川出版」は「出版社」であった。
 しかし、本など一度も出版したことのない出版社であった。

 あとから聞いた話だが、「出版社」の中でも、実際に本を出版できる出版社はほんの一握り。それ以外の「出版社」は、編集の下請けをしたり、また、面白い企画を「本を出版できる出版社」に売り込むことを生業としているらしい。
 このような会社や個人は、一部の人達からは「ブローカー」と揶揄されることもある。これもあとから知った話だ。

 確かに、「○○銀行」と名付けてはいけない銀行ではあるまいし、社名に「○○出版」と名付けてはいけない法律などない。
 それに、植物の「あすなろ」ではないが、どの「出版社」も、いずれは自分たちも本を出版したいとの希望から「○○出版」と名乗るわけだから、このこと自体を責めることはできない。

 しかし、品川出版は社長とアルバイト一人という会社。
 責めるべきは、いくら出版業界とは無縁の人生を送ってきたとはいえ、この規模の会社がそうやすやすと本を出版できるはずがないことに気付かなかったボクの無知であろう。

 では、福島社長は、初めから自社でボクの本を出版する気はなかったのか。もしなかったとすれば、これは「お調子者」では済まされまい。やはり「詐欺」と言われても仕方ないと思うが、どうやら、初めてボクの構想を聞かされたときには、一瞬でもこう思ったのだろう。
「これで、うちも『あすなろ』になれるかも知れない・・・」
 そう、自社で出版する腹づもりだったと思われる。

 しかし、すぐに気が変わった。ボクの原稿には興味がなくなった。
 そう考えれば、初めて出会ったその1週間後にボクが30ページを書き上げたことを知らされたときに、あれほど迷惑がったことにも納得がいく。

 それにしても、たった1週間で気が変わってしまうとは・・・。
 なんともはや、福島社長の「お調子者」の本領発揮といったところか。

 ところが、その30ページが「未完成」であることを知った福島社長は、興味のない仕事を先延ばしにする、格好の理由を手に入れたというわけだ。なるべく長期間、ボクからの連絡という面倒な束縛から逃れるために、

「いっそのこと、本全体を完成させてよ」
「時間をかけてもいいから、じっくりといいものを書いてよ」
「いや、もうテストはパスしたと思ってください。本が完成すれば、それで合格!」

 こんな調子のいいことを言って時間稼ぎをすれば、ボクが執筆を諦めるだろう。そんな期待も秘められた言葉だったわけだ。

 しかし、ボクは諦めなかった。
 その言葉を間に受けて執筆を続けたボクのことを、福島社長は、さぞ「なんとも無知な男」「なんとも空気の読めない男」と恨めしがったに違いない。

 ただ、いずれにせよ、原稿は完成してしまったわけだ。
 こうなると、福島社長は嫌でも「動かざるを得ない」。
 そう。その日を境に、30万円という依頼費を前払いで受け取った福島社長の出版社巡りが始まることとなったわけだ。

 そこまでの事情をすべて飲み込んだボクは、「武士に二言はない」ではないが「本を出版する」と言った福島社長の言葉と、30万円という大金を前渡しした事実だけを胸に、一転、神にもすがる気持ちで彼からの報告を待つ日々を送ることになる。

 さて、物語りは、いよいよ第二幕にさしかかる。

→ 10話『福島社長との最後の会話』へ

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