見出し画像

12月20日 霧笛記念日 【SS】まるでブラックホール

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 霧笛記念日

1879年(明治12年)のこの日、津軽海峡の本州側東海岸にある尻屋崎灯台に、日本で初めて霧笛が設置された。

霧のなかで航海の安全を守るためのもので、霧笛は20秒おきに4秒鳴らされた。現在、尻屋崎灯台は文化資産として重要な建造物とされている。


🌿過去投稿分の一覧はこちら👉 【今日は何の日SS】一覧目次

【SS】まるでブラックホール

 海は時として怖い一面を見せる時がある。濃い霧が発生する時もそうだ。あまりにも濃い霧は航海のための視界を極端に悪くし、暗礁などの発見が遅れ座礁や沈没、衝突といった事故を引き起こしかねない。そのため、船自身も他の船舶に気づいてもらうように霧笛を鳴らすが、地上の灯台などでも霧の中で確認しづらい位置を霧笛を鳴らすことで知らせる設備がある。正確に言えば、過去にはあった。現在では、レーダー機能が発達し、目や耳で確認しながら航行する時代ではなくなったのでほとんどは廃止されているようだ。

 地上からの霧笛はレーダーの発達によって不要とはなったが、陸から遠く離れた海上で濃霧になった場合は、船同士のレーダー監視を怠ると衝突するリスクはまだ残っている。最新型の船であれば自動回避するかもしれないが、まだまだ古い船も航行していることがある。その時には霧笛はある程度有効かもしれない。

 海の神秘は人間が計り知れないことをまだ含んでいる。どんなに霧笛を鳴らしてもどんな高性能なレーダーを使っても、その全てが機能しない海域が存在するのだ。厄介なことは、その海域は天候や地球の周りの星たちの位置によって絶えず移動しているらしいということなのだ。したがって海図には書き表されていない。まるで、地球の中に存在するブラックホールのような存在となって船乗りたちから恐れられている。不幸にもその位置に入ってしまうと、その海域の中からどんなことをしても抜け出せなくなり、数ヶ月後には船の墓場と呼ばれる場所に船は運ばれて、沈没してしまう。もちろん乗組員も海の藻屑と消えてしまうことになる。

 体の芯まで冷え込んでしまうような深夜。一隻のタンカーが外洋を航行している。少し様子が変だ。

「船長。レーダーが機能しません。ちょっと前から立ち込め始めた霧の中に入った途端にレーダーが機能しなくなりました」

「何。ま、まさか、海のブラックホールに入り込んでしまったのか。まずいぞ。全速力で後退だー。急げー」

「了解です。機関室、全速力で後退しろー」

 前進していたタンカーは、前に進もうとするパワーを強制的に逆方向への力に変えられ、船体は悲鳴のような音をあげ軋みながら、スクリューを逆回転させようと試みる。大きなエンジンを回しているピストンは確実に力強く一旦停止した後、逆回転を始めた。ゆっくりとそして次第に速く。エンジンの回転とともにその力はスクリューに伝わり、逆回転を始める。進んでいた船体は急ブレーキをかけられた状態となり、見えない力に引き寄せられることに抗うように後退りを始めた。しかし、前進していた時のようにスムーズではない。明らかに見えない力に引きずり込まれようとしているようだ。船長は焦った。

「おい。甲板にいる乗組員に連絡して、ドラム缶を一つ海に投げ込んでみろ」

「えっ、ドラム缶ですか。いったいなぜ」

「説明している時間はない。急げ」

「わかりました。甲板で待機している船員に告ぐ。甲板にあるドラム缶を海の中に投げ入れろー」

 甲板で作業をしている船員は何が何だかわからないまま、中身が空になっているドラム缶を海の中に投げ込んだ。すると、落下したドラム缶はまるでスクリューでも付いているのかと思うほど前方に引っ張られていってしまった。タンカーは後退を試みているものの、ほとんど動いていない。それなのに、ドラム缶は前方方向に引きつけられるように消えてしまった。それを見ていた乗組員は、恐怖に襲われ始めた。

「船長、このままではこの船も引きずり込まれてしまうんじゃないですか。何か打つ手はあるのでしょうか」

「これは恐ろしく大きな磁場が発生しているようだ。以前、一度だけ遭遇した時には、なんとか後退して抜け出すことができたのだが、今回はそうは行かなそうだぞ。ただ、幸いなことにタンカーはオイルを満タンに積んでいるから重い。なんとか現状の停止状態を保持できれば、磁場が移動して助かるかもしれない。みんなこの船のエンジンを信じろ」

 乗組員は必死で平常心を保とうと努力した。だが、後退するために逆回転しているスクリューは懸命に回転してはいるものの、ジリジリと前進している。船員たちは焦りの色を隠せなくなってきた。

「船長。だめです。船は少しずつ前進しています」

「うーむ。これまでか。何か打つ手はないのか」

 その時、一人の若い船員が管制室に駆け込んできた。

「船長、今風は向かい風です。後退するためには追い風になります。なんとか利用できないでしょうか」

「なるほど。この船はタンカーだから帆は無いが、その代わりになるようなものを作れれば、何とかなるかもしれないな」

 強力な磁場は左回りに渦巻いているようで、それに伴い、磁場の方から強風がタンカーに向かって吹いているのだ。船長は、最後の手段に出た。

「船員全員に告ぐ。船尾の両脇にポールを立てて溶接しろ。その間に帆を張るぞ。帆はみんなが使っているシーツ、毛布を縫い合わせるんだ。予備のシーツも全部使え。急げ、時間との戦いだぞ」

 船長の命を受け乗組員全員が動き始めた。タンカーの幅は約三十メートルもある。その間に帆を張るわけだから、相当な布が必要だ。しかもシーツなどは薄いため、予備のシーツもかき集め何枚も重ねて縫い合わせていった。四十分後ポールが溶接され、その間に帆が張られた。強風の中の作業は危険そのものだったが、布を閉じた状態でポール間にセットし、帆のように広げた。エンジンは全速力で稼働している。それでもジリジリとではあるが前進してしまっていた。それが帆を張った途端、前進していた動きが止まり、なんと後退し始めたのだ。少しずつ少しずつ。磁場との戦いは三時間以上に及んだ。タンカーを包み込んでいた濃霧が次第に晴れ、レーダーも正常に稼働するようになった。乗組員全員が安堵の表情になり、水平線から昇る朝日が船体を照らしはじめ、船長から指示がでた。

「みんなよく頑張った。もう大丈夫だ。船尾の帆を撤去し、前進するぞ。面舵一杯中速前進だ。最も近くの港を探せ、寄港しよう」


🙇🏻‍♂️お知らせ
中編以上の小説執筆に注力するため、コメントへのリプライや皆様のnoteへの訪問活動を抑制しています。また、ショートショート以外の投稿も当面の間は抑制しています。申し訳ありません。


🌿 記念日SSの電子書籍&ペーパーバック (Amazon kindleへのリンク集)


🌿【照葉の小説】今日は何の日SS集  ← 記念日からの創作SSマガジン

↓↓↓ 文書で一覧になっている目次はこちらです ↓↓↓

一日前の記念日SS


いつも読んでいただきありがとうございます。
「てりは」のnoteへ初めての方は、こちらのホテルへもお越しください。
🌿サイトマップ-異次元ホテル照葉


#ショートショート #創作 #小説 #フィクション #今日は何の日ショートショート #ショートストーリー #今日は何の日 #掌編小説 #超短編小説 #毎日ショートショート

よろしければサポートをお願いします。皆さんに提供できるものは「経験」と「創造」のみですが、小説やエッセイにしてあなたにお届けしたいと思っています。