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【SS】不可思議な渡り廊下

 建物と建物をつなぐ渡り廊下。古くから存在するアイデアだ。雨に濡れないように天井が付けられることも多くあり、人間の知恵を感じる。しかし、世の中には生きている人間だけが使うものではない渡り廊下もある。

 あるところに、違う世界を結びつける新しい渡り廊下がひっそりと造られた。死者の世界と生者の世界をつなぐための不思議な渡り廊下というものだ。瀕死の状態にある生者がほんの少しだけ死者の世界を覗くときに使われる渡り廊下。戻ってこれなければ、そのまま死者の世界に留まることになる。そう、亡くなってしまうのだ。死の淵から生還した人は、川の向こう岸が見えたとかきれいなお花畑がつながっていてきれいだったという証言が多い。これは、渡り廊下の秘密を守るため生還する際に書き換えられる記憶だったのだ。

 この渡り廊下を渡る生者は、生きることにどれだけ執着しているかによって、戻ってくることができるのかが決まってしまう。そう「もうこのままでいい」と思って渡ったものは戻ってくることはない。一方「まだやり残したことがある。そう簡単には死ねない」というような思いがある人は大抵戻ってきて人生を続けるのだ。ただし、それにはもう一つ条件があった。戻るための肉体が致命的に損傷していないということが必要だった。もちろん、死の淵にたっているのだから体のどこかは不調になっているはずである。生者の体から魂だけが離れ、この渡り廊下を渡っている間に、生者の体は医師たちが手術と共に蘇生活動を施している場合が多い。医師たちが必死に治療している間に、魂が体に戻って来れば人生を継続することができる。

 無事、死者の国から生還した生者は、その時点で神様から特別ポイントを授与される。寿命を十年伸ばすことができるポイントだ。使うか使わないかは生者次第。ほとんどの生者が利用申請していたのだが、たった一人だけ使うことを拒否した生者がいた。

 余命幾許もない娘を持っている男性だった。この男性は、娘以外の家族がいない。過去には、おじいちゃん、おばあちゃん、男性の妻、男性の子供たちが家族として幸せな生活を送っていたが、ある日無謀な運転をしていたトラックとの交通事故に遭遇し巻き込まれた。車は見る影もなく潰されていた。その時かろうじて一命を取り留めたのが、この男性と娘だけだった。しかし、娘は以前から癌を患っており、もともと余命宣告されていた子だった。事故の際、力が入らない体だったのが幸いして前席シートの後ろの隙間にすっぽりはまって一命を取り留めた。一方、男性は運転席でエアバッグに救われたものの強い衝撃で打撲がひどく生死の境を彷徨っていた。しかし、彼はこの渡り廊下を渡り、戻ってきたのだった。

 この男性の望みはたった一つ。娘の最後を看取ってきっちりと葬式を出して家族の元に送り届けることだった。だから、彼には十年も余分に生きられるポイントは必要なかったのだ。

 男性は神様に言った。
「私よりも必要としている方が必ずいるはずです。その方にポイントを譲ります」


おわり


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#ショートショート #渡り廊下 #思い #創作 #掌編

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