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12月31日 除夜 【SS】年越し

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしてきましたが、いよいよ最終話となりました。一年以上にわたり毎日一話ずつ作ってきたSSも今日で最後となります。
長い間お付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。
最後の日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 除夜

「除夜(じょや)」とは、一年の最後の日「大晦日(おおみそか)」の夜のこと。

かつては一年の神「年神(歳神)」を迎えるために朝まで眠らずに過ごす習慣があった。

除夜には各家庭で「年越しそば」が食べられ、深夜0時を挟む時間帯に寺院では「除夜の鐘」が撞かれる。除夜の鐘は多くの寺で108回撞かれる。


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【SS】年越し

 今年もいよいよ最後の日となった。忙しく走り回る人も流石にいない。街の中では歳末大売り出しと称して越年する在庫を少しでも減らそうと最後の呼び込みをしている。店の裏側では、すでに新年の初売りの準備に余念がないのだろう。

 年末年始は店が閉まり、多くの人は家の中で静かに年を越して新年を過ごしていたのが遠い昔のことのように感じられる。それでもまだ、都会を離れた場所では、昔の習慣が垣間見られるところもある。特にお寺があるような場所では、皆厳かに年が明けるのを待っている。

 都会にあるお寺のように、ごった返すような人混みはなく、近くの住民だけが集まって新年の瞬間を祝うために集まっている場所があった。境内に集まった住民たちはみんな顔見知りで、一家から代表が参加していて総勢五十人ほど。案内に促されて、除夜の鐘がよく聞こえる位置に建っている「新年を迎える部屋」と呼ばれる部屋に入っていく。ここは、大晦日の日にだけ利用される特別な部屋だった。窓は作られていない。蝋燭が灯され、ほんのりとした灯りの中にみんな集まっている。部屋の奥では、住職が先に入っていて住民を迎え入れていた。

「みなさん、今年もあと少しで終わりです。今年一年を振り返り、過去の一年とすべく心の整理をしてください。そして、来たる新年への期待と抱負を各自心の中で反芻し、年が切り替わる瞬間を待ちましょう。もうすぐ、除夜の鐘を当寺でもつきはじめます。みなさんの煩悩も鐘の音と共に浄化いたしましょう。欲をかき過ぎた行為はありませんでしたか? 他人を騙したことはありませんでしたか? 困っている人を見て見ぬふりをしませんでしたか? 一年間もの時を生きていれば様々なことに遭遇したことでしょう。そのひとつ一つが、皆さんの脳裏に現れてくることでしょう。そして、その映像を忘れないうちに、来年には同じ過ちを犯さないように誓いを立ててください。そして綺麗な心となって新年を迎えましょう。来年への扉が開くかどうかは、みなさんの今年を振り返り、反省することにかかっています。両目を閉じて無心となり、心の中を覗きましょう」

 住職の言葉に促されるように住民たちは目を閉じて回想している。一年は短いように感じても、いろんなことに遭遇したことを思い出す時間としてはかなり長い時間のように感じるものである。年が変わるまでは、あと僅かしかない。鐘の音が聞こえ始めると回想している住民たちの脳裏には鮮明に一年間の反省すべき情景が次々と浮かびはじめた。だが誰一人として不思議そうな顔をしている者はいない。全員が経験者なのだ。人の出入りが少ないこの村の住民は増減がほとんどない。正確にいえば、仏様となる住民の分だけ減少はしている。したがって毎年数人のペースで人口は減少しているのである。

「ああ、今年もまた同じ映像だった。悪気はなかったんだけどなぁ。急いでいる時に限って、困っているおばあさんに遭遇してしまうんだよな。役所の窓口がしまってしまうのでつい見て見ぬふりをしてしまったんだ。今年出会ったのは梅婆さんだったかな。今年仏様になってしまったから後悔してるんだ。反省してるんだよ。ごめんな、梅婆さん」

「今年は生活が厳しくて、ついついおばあちゃんの財布から数万円を抜き取ってしまったわ。ごめんなさい。でも食費が底をついてしまって仕方なかったのよ。すぐに返すつもりだったんだけど、なかなかお金の工面ができなくて、そのままになってしまったの」

 みんなそれぞれの反省すべき映像を頭の中で思い出しているようだ。この部屋の不思議な力が部屋の中にいる全員に映像を見せているのである。住職は自らも反省しながら、住民の祈るような姿を眺めていた。

 ここは各家庭の守護霊とも言える仏様たちが集まってくる部屋だった。それぞれの家庭に起きた出来事を守護霊たちが各家庭の代表者に映像として見えるように手助けをしているのだった。もうすぐ日付が変わる。住職が次の行動を促した。

「みなさん、今年反省すべきだった行動は、みなさんの頭の中で再生されたことと思います。人によって、その内容は様々だったことでしょう。年が変わるこの瞬間に皆さまの全ての反省は許してもらえることでしょう。そのためには、来たる新しい年になった瞬間、みなさんが誓いを立てることがとても重要です。さあ、もうすぐ新しい年です。目を閉じて、みなさんの誓いを心の中で唱えてください」

 住職の言葉を聞いた住民は「来年こそは」という気持ちで新たな誓いを立てるのである。しかし、大半は毎年おなじ誓いを立てていることを住職は知っている。ここの住民は、毎年同じ過ちを犯し、毎年同じ過ちを反省し、毎年同じ過ちを犯さないことを翌年の誓いとしているのである。住職はそのことを知りながらも、何も言わず心の中だけで呟いている。

「ここの住民たちは日々の暮らしに満足して生活しているが故に、本当に些細なことの反省を毎年している。そしてそのことを改善する誓いを毎年立てているのだ。そうやって住民が毎日生活できているということは素晴らしいことではないか。とはいうものの、私自身もその一人であることは違いない。今年も檀家さんのお宅を訪問する際に、使っている軽自動車をゴリゴリっと擦ってしまったな。妻には怖くて言えないまま年末になってしまった。反省をしよう。でも、年が明けても告白する勇気はないから、来年の誓いは『車の運転は十分に気をつける』くらいにしておこうかな。住民のみんなには話せない内容だけれど」

 住職も気の弱い男性の一人に過ぎなかった。その時、最後の鐘を残して百七つの鐘がつき終わった。いよいよ新年である。午前〇時とともに、新年の合図が告げられた。そして、最後の百八つ目の除夜の鐘が一際強く「新年を迎える部屋」にも鳴り響いた。新年の合図とともに集まっていた守護霊たちも部屋から黄泉の国に戻って行った。集まっていた人々は頭を垂れてありがたい鐘の音に耳を傾けている。その一番後ろには、同じように頭を垂れた住職がいる。きっと新しい年も平穏な年になることだろう。


🙇🏻‍♂️お知らせ
今日は何の日ショートショートは、今回のお話で終了となります。一昨年の十二月十日から一日一話、綴り続けてきました。本当に長い間、ご愛読ありがとうございました。このあとは、最後の月のお話を電子書籍としてまとめるとともに、今年の十月以降十二月までのお話をペーパーバックとして編集します。よろしければ、kindle版もお楽しみください。


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