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12月29日 筋肉を考える日 【SS】気楽な生活

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 筋肉を考える日

東京都港区芝に本社を置き、筋肉のための「プロテインシリーズ」製品を製造・販売する森永製菓株式会社が制定。

日付は「筋肉」から「金(筋)曜日が29(肉)日になる日」に。

日常生活を元気に、健康に過ごすのに大切な筋肉。その筋肉の材料としてタンパク質(プロテイン)が必須であることから、筋肉の重要性を考えるとともにタンパク質との関係性を知って、日常的にタンパク質を摂ってもらうことが目的。記念日は2017年(平成29年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


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【SS】気楽な生活

 人は生きていく上で筋肉が欠かせない。ボディビルダーのように過度な筋肉は必要ないにしても、年老いて困らない日常生活を送ろうと思ったら、ある程度の筋肉が必要なのである。特に足腰の筋肉は重要だ。しかし、意識的に運動をして筋肉を維持するということが苦手な人も多いのも事実。そのため、定期的にジムに通ったりプロテインを飲んだりして筋肉維持に努めている人もいるだろう。

 高校生くらいまでは、どちらかといえばヒョロヒョロの体型をしているアキラという生徒がいた。手足も細く見た目も強そうに見えない。かといってスポーツが嫌いなわけではない。どちらかといえば勉強するよりテニスをしている方が好きな男子だった。最も、テニスの腕もピカイチというにはほど遠く、そこそこといった感じだった。友達にも恵まれ、そのまま大学まで行って楽しい学生生活を送り、ごく普通に就職をした。就職後は気の合う仲間とキャンプに行ったり、テニスをしたりして休日を楽しむのが習慣となっていった。程なくして、素敵な女性と巡り合い、一瞬で恋に落ち、一緒に暮らすようになりゴールインしたのである。まさに幸せの絶頂期といってもいい時期だった。

 結婚生活も長くなるとマンネリ化してくる。会社の仕事もなんとなく惰性でやっている感が否めない。同期に先を行かれ不貞腐れながら毎日のように居酒屋に通うようになっていたのが、四十を目前にした頃。アキラの子供は既に高校生になっていてほとんど会話がなくなっていた。夫婦間の会話も必要最小限。アキラは家庭内での居場所も失ってしまった。そうすると何をしても楽しくなく、会社帰りの居酒屋だけが楽しみとなってしまった。ほぼ毎日通うようになり、家に帰って夕飯を食べるということも途絶えてしまった。

 とある月曜日、いつものように居酒屋に寄って帰宅したアキラだったが、家の電気がついていない。おかしいと思いながらも、玄関の鍵を開けて中に入ると妙にいつもと違う空気を感じてしまった。

「ん。あれ、テレビが無い。冷蔵庫もない。ダイニングテーブルもない。なんで」

 リビングのソファの上に置かれたメモ書きには、思いもよらないメッセージが書いてあった。

「息子と一緒に出ていきます。離婚届に印鑑を押して出しておいてください」

 一瞬、自分の身に起きていることが理解できなかった。おそらくは自分に原因があるのだろうとは思ってみたが、まるで思い当たらなかった。それだけ鈍感に生きてきたようだ。だが波風を立てることが嫌いなアキラはそのまま妻の言い分を聞き入れ、緑色の紙にサインと押印をして、翌日には市役所に提出した。そして、アキラ自身も小さなワンルームマンションに引っ越しをしてしまった。それ以来、妻と子供には連絡することもなく時間だけが過ぎていき、六十歳を迎える年になり、定年退職となった。特に重要な仕事をしていたわけではなかったので、追い出されるように退職したアキラはここで反省をした。しかし、時すでに遅しである。

「あの時の僕は家庭というものを顧みることがなかった。毎日外で食事をして寝に帰っていたようなものだったんだ。子供のことも任せっきりだったしな。あれからもう二十年近く時間が経ってしまったのか。気づくのが遅いよね、僕は」

 アキラは収入が無くなると生活もキツくなるということを考えたこともなかった。しかし、それが現実として襲いかかってきたのである。ここまできてどうしようと考えても後の祭りである。当分は退職金を取り崩してなんとかなるだろうと考え、ほとんど部屋から出ない生活が始まった。食事はほとんど出前である。そんな極端な生活が一年ほど続いた時、アキラは体の異変を感じ始めていた。立ち上がるだけでよろけることがあるのだ。頭はしっかりしているのに、体がついてこないという感じを経験した。だが、しばらく横になっていれば大丈夫だろうと考え、それまでよりいっそうゴロゴロした生活を繰り返してしまった。アキラの筋肉は確実に減少していた。それもかなりのスピードで落ちていったのである。

 気づいた時にはまともに歩くことさえままならなくなっていた。アキラはまたしてもタイミングを逃してしまったと感じていた。もう少し前に気づくべきだったと。あまりにも気楽な生活を続け過ぎてしまい、気がついた時には筋肉も貯金も底をついてしまったのである。アキラはすでに七十歳を超え、仕方なく介護保険に頼ることにして市役所に連絡を入れた。頭だけはしっかりしているのだが、体が動かない。筋肉が削げ落ちてしまったのだ。

 市役所から連絡が入り介護担当者がやってきた。最初の面談である。アキラは起き上がることもきついのでベッドの上で横たわったまま待っているうちに眠ってしまった。耳元で名前を呼ばれているような気がして目を覚ますと、目の前に別れたはずの妻がいたのである。その横には立派な大人になった息子もいた。

「お父さん、探したんだよ、僕たち。だって、本当に出ていってしまうとは思ってなかったんだよ」

「えっ、そんな」

「私もあなたと本気で別れる気はなかったのよ。少し懲らしめたかっただけなのに。今回、市役所から息子に連絡が来たのよ。それで、あなただってことがわかって、こうして訪ねてきたのよ。今、あなたの息子は介護職員として働いているのよ。もうすぐ所長さんになるんですって。辛いかもしれないけど、これからは毎日私たちがリハビリの手伝いをするわ。栄養のあるものを食べて、筋肉もつけていきましょう。ちゃんと運動ができるようになるまではアルコール禁止ですからね」

 アキラはそんな声を聞いてうなづいていた。嬉しさのあまり涙が頬を伝った。しかし、実は目を覚ましているわけではなかった。アキラの夢の中に息子と元妻が現れただけだったのだ。

 にっこりと優しい笑顔のまま、一雫の涙を流した状態で、アキラは亡くなっていた。到着した女性介護職員は手を合わせ、救急車を呼んだ後、市役所に連絡を入れた。そして呟いた。

「最後にいい夢を見られたようですね。お疲れ様でした。あなたの息子さんは立派な介護士になられていますよ」


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