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戦争映画ではないということ

戦争映画ではない

映画『演者』の舞台は昭和20年春。1945年。
いわゆる終戦間際、終戦直前を舞台にしている。
ただその時代が舞台であるだけで戦争映画ではない。
戦車も銃剣も一発の銃弾も軍人さえ登場しない。
むしろ映像から戦争を拒絶した作品だ。

それでも昭和20年というだけで戦争映画でしょ?と思う人がいるのかもしれない。時代背景として僕があえて選んだだけなのだけれど。
それだけは違うんだとなんとか伝えたいのだけれど。
印象というのは中々、難しいものだと思う。

戦争映画の記憶

僕が子供の頃、矢継ぎ早に戦争映画が公開されたような気がしている。
プラトーン、地獄の黙示録、邦画でもビルマの竪琴とか、戦場のメリークリスマス、火垂るの墓とかさ。そんなに連続していたわけではなくて、僕の印象に残っているだけなのかもしれないけれど。
それで同世代の中に戦争映画は嫌いだ!と頭ごなしに観ない人が意外に多い。僕はそこまで嫌いではないけれど、気持ちはわかる。
ファンタジーではなく現実であるのに現実離れしている。それにどこか教育映画なのかもしれないという雰囲気を感じたのかもしれない。

そういう人たちが敬遠してしまうとしたら悲しいことだ。
この作品は戦時中という極端に抑圧された舞台を描きたかっただけだから。
それはコロナ禍に何度も何度も同調圧力のようなものを感じて、それも共生しているというよりも自分から周囲のことを気にして生きなくてはいけない息苦しさを感じて、その極端な時代はここしかなかっただけだ。コロナ禍そのものを描くよりも抑圧そのものを描ける時代だった。

ランボーで感じたこと

ランボーという映画を子供の頃に観た。
ベトナム戦争で心を病んだ元特殊部隊のランボーがたった一人で国と戦闘する映画だった。PTSDというものをその映画で知ったし、恐ろしいことだと思った。
でも僕の周りの同級生たちは全然別の感想を持っていた。
ランボーかっこいい。グリーンベレーすごい。バズーカ強い。
ちょっとそれは僕にはどうしても理解できないことだった。
ところがランボー2が発表されると、その映画はまさにマッチョな特殊部隊の映画になっていた。PTSDの影は薄れていた。
世の中の評判からみれば、僕の方がずれていたのかと驚いた。

製作者の意図はどちらだったのだろう?

でもそうなのだ。きっと。
プラトーンを観に行った時もそうだったから。
一緒に観に行った友人はチャーリー・シーンがかっこよかったとか、機関銃がうんぬんとか、そんなことを口にする。
でもその友人は何も悪くない。
映画は誰がどう楽しんでも良いものなのだから。
あの時期の映画やゲームでミリタリーに興味を持った人はたくさんいる。
トップガンで空軍ファッションが流行ったように、迷彩柄も流行した。
それを悪いことだなんて言い始めたら、あんまりにも生きにくい。
製作者の意図がどうあれ、鑑賞した人は独自に楽しんでよいはずだ。

悲しいこと

ウクライナへのロシアの侵略から間もなく一年が経つ。
ニュースでもSNSでも戦地の映像がリアルタイムで届く。
厭戦感の漂う中で昭和20年を舞台にした作品を公開することに躊躇した。
戦争映画ではないのに戦争映画だと思う人がいる。
ましてリアルな戦争の映像を毎日のように見ている。
だとしたら、この映画を観たいなんて思わないんじゃないかってずっと思い込んでいた。

かなり長い時間、落ち込んでいたのだけれど。
映画祭で映画を観たら僕の中でそれは違うと変わった。
戦時中の映画でありながら、戦争映画であることを拒絶している映画『演者』は、まさに今現在の作品だった。現在そのものだった。

自由

鑑賞した人がどんな感想を持っても自由だ。
僕はそれを拒絶しない。
観ていない人が適当なことを言っていたらムカつくけどさ。
鑑賞してくださった方の中で完成するのだとさえ思っている。

それに感想は育っていく。
不思議なことに記憶に残る映画は、時間が経過してから感想が変わることがある。
そんなに自由なことってあるのかな。
そんな作品になっているといいなぁと思う。
製作者が意図しないような感想で全然構わない。

自由な想像力の中に。
この映画が存在する日がやってくるだろう。

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