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ぼくがたたかっていること

ブラックホールは光さえも飲み込んでしまうという。
光は拡散していくけれど、闇は収縮していくのだ。
闇夜に光を投じれば、闇は消え去ると思い込んでいるけれど。
真の闇はその光さえ吸収してしまう。

何か問題があったり気に食わないことがあるとSNSで拡散が始まってあっという間にその主催とされる所までクレームが届いて騒ぎ立てるという事がもう何年も続いている。結果的に中止であったり自粛であったりイメージ問題での降板であったりという怒っている人たちが納得するような場所に落ちつけて、収まりどころを探す。なんだったらそんなことを解決させるためのリスクマネージメントなんていう考え方だとか職業まで生まれていて、実は民主主義的な多数決でもなく、強烈な個人のクレームまでもが事態を動かしかねないという瀬戸際なんじゃないだろうか?と思う。

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」も、まるで表現の自由についての問題になりつつあるのだけれど、自分は実はそんなことはちっとも思っていなくて(だって国内展示禁止とかじゃないでしょ?)検閲だ!とか、表現の自由が!とか、そんなことよりも「負」の感情が生み出されて、それがあの悲惨な事件を模倣するような強迫にまで発展して結果的に中止になって今度は中止になったことに対して「負」の感情が生まれて、やっぱり中止に追い込んだ人たちに対して似たようなクレームが生まれていくというなんだかやりきれないどこまで行っても文句を言い合っているような状況こそが問題なんじゃないかなぁと思っている。

一番不思議だなぁと思うのが思想的には正反対と思える人たちがまるきり同じようなメンタリティで行動することがあって、はたから見ているとそっくりじゃないかって見えることだ。
それこそ「表現の不自由展・その後」へのバッシングと、神戸大丸での「自衛隊展示」へのバッシング、講談社「はたらくくるま」へのバッシング、記憶の新しさで言えば「欅坂48のナチスに似た衣装」へのバッシングなどなど。
いずれも展示物に対して政治的、思想的に不快に思う人たちがその主催者やはてはスポンサーにまで直接クレームを言う事で中止に追い込んでいる。
それも不思議なんだけれど、どちらもそっくりな行動、そっくりなメンタリティであることに無自覚で敵対し合っているというのがまるっきり自分ではわからない。慰安婦像展示にクレームを出すのは当たり前で自衛隊展示にクレームを出すのはおかしいとか、その逆とか、ダブルスタンダードになっていることに当人たちが気付いていない。

そして思うのが中止に至った時に。
心の奥の暗い場所で、ざまあみろとか、しめしめとか。
舌なめずりをしているんじゃないだろうか?ってことだ。

例えばゲンナリするのだけれど、表現の不自由展へのクレームに文句を言っていた人が、飲食店に入って不快な思いをしたとか、宅急便でおかしな対応だったとか、企業批判をわざわざSNSに書いているのも自分の目からは同じようなメンタリティなんじゃないの?って思ってしまう。クレームなんて直接言えばいいのにわざわざネット上に書いて共感してくれる人を探す行為にするっていう意味はどこにあるのだろう?共感している人を集めて自分の意見を強化して出来れば企業からの謝罪を勝ち取りたいのだろうか?でもつい最近まで、展示へのクレームに対して立派なことを書いていたじゃないか。
そんなことを思ってしまう。
もちろん問題とするべきこともあるから一概には言えないけれど。ミスレベルまでSNSで見かけるようになると、なんだかなぁと思う。

芸能人の不倫の謝罪会見が注目される。
実は思想や政治や表現の自由と言いながら。
なんだかワイドショー的な生中継謝罪会見なメンタリティだよなと。
結局、言論でもなく議論でもなく、不満のはけ口じゃないかと。
そんなものになんの未来があるのかと思う。
当人は意見のつもりなのかもしれないけれど意見にもなってない。

今、この国にとっても重要な問題点の一つが日韓貿易摩擦だと思っているのだけれど、だって唯一の隣国なのだし歴史問題も含めてやっぱり自分の生活と間接的にだとしても繋がっている問題なのだからスルー出来ない。
それでも目をつぶり耳をふさぎたくなるような気分になるのは、あまりにも「負」の感情が溢れかえっているからだ。
Yahoo!ニュースの日韓のニュースのコメント欄には日々、嫌韓コメントが積み重ねられていく。国交断裂だとかそんな言葉が次々に積み重ねられていく。そして同じように韓国のニュースを見れば、不買運動だとか日本や安倍政権を糾弾するデモだとかが溢れている。お互いが憎しみ合っているかのような状況が当たり前のようにネット上に簡単に公開されている。

韓国は反日教育をされているからうんぬんというのを見かけるけれど、それが真実なのかどうかは別として日本も似たり寄ったりの所があるじゃんかと思っている。自分個人のことで言えば子供の頃から「バカでもチョンでも」という言葉を日常的に大人が使っていて、それを真似して子供が使っていたりしたし、中学や高校に入れば朝鮮学校との喧嘩だとか、悪い噂をさんざん聞かされていたりして、自然と社会が朝鮮人を下に見るという下地があったんじゃない?って思う。
自分はたまたまハタチになってから在日朝鮮人の方にお世話になって、その方がとても良い人で自分の将来までやさしく心配してくれるような方だったり、その後も日韓ハーフの人や、中国の大連に住む朝鮮族の知り合いが出来たりしたおかげで子供の頃からの雰囲気のようなものを脱却出来たんじゃないかなぁと思えて、もしそんな出会いがないまま育っていたら、今、嫌韓なのかもしれないとさえ思う。
確かに国が先導する教育で朝鮮半島を悪く教えるようなことはしていないけれど、実は一般庶民に広がる雰囲気やイメージの方がよっぽどたちが悪いじゃねぇかって思うのだよ。

でさ。

そんな「負」のイメージを今の10代や子供たちにまで繋げちゃいけない。
絶対にいけないって思うんだよ、おいらは。
Yahoo!ニュースにコメントを書いている人にはきっとその人の正義があるし、それこそアジア女性基金に謝罪の気持ちを持って私財を投じた人なんかはその謝罪を受け取ってもらえなかったという思いがあったりとか、或いは戦時中に当時は日本兵だった朝鮮人士官に自分の祖父が殴られたなんていう人もいると思うのだよ。いや、もっともっと生活に根差した部分で会社がつぶれたり職を失ったり、自分の貧しい想像力では補えないぐらいそれぞれの個人的な背景があるんだろうなぁって思うのだよ。もちろん雰囲気で嫌韓の人もいるだろうし、思想的背景や政治的背景を持っての嫌韓もあるだろうし、そりゃ色々あるんだろうなぁって思うんだよ。
自分だって歴史背景を見て思っていることもあるんだよ。
それでもさ。
「負」のイメージを子供たちの世代にまで繋げる意味なんてなくないか?
そのコメント欄を子供も読めるんだって言う事を意識していないんじゃないか?
いらぬ一言が生み出す差別や、必要のないコンプレックスがあるんじゃないか?

恐ろしいなぁって思うのは。
「負」の方が強いんだよ。言葉として、意見として。
どんなに素晴らしい!という言葉を並べても、「嫌い」の一言がひっくり返す。言葉でもそうでしょ?否定形って言うのは「not」を付ければ全てをひっくり返すことが出来てしまうんだから。
コメントを残すほど韓国を嫌っている人の数なんてたかが知れている。
韓国内のデモの人数だって最近の韓国国内のデモと比較しても大した数じゃない。
ほとんど多くの人は、日韓ともども、政治的には不満があるけれど民間的には仲良くやれたらいいじゃない?って感じなんじゃないだろうか?
それでも相変わらずニュースで国旗を焼く映像を使いまわしたりデモばかりクローズアップしたり、恐らくは韓国国内でも日本人の過激な人たちばかり報道されちゃうんだろうなぁって思ってる。

未来になど何も繋がらない。
ただの不満のはけ口
負のメンタリティ
ダセェんだよ、結局、そういう奴らは
自分はリテラシーが高いと思い込んでやがる

そんなこと言い出したらこっちはアメリカにだって文句山ほどあるしね。
でもアメリカは偉大なる一言を生み出したんだぜ。
LOVE&PEACE!!
けれどそんな光はどんどん拡散されて消えていく。
ROCKとは反体制だって?違うだろ。ROCKとはLOVE&PEACEだ。

あ、だから自分の目からは津田大介さんもダサい。
「負」のメンタリティを喚起するような展示をかっこいいと思い込んでる。
そういうのはアングラでやるからかっけーんだ。
見たい人だけが観に行く場所って言うのがあるんだから。
これだからわかってないやつは困る。
芸術家が戦ってることがわかっていない。
そこでその場所でやるなら芸術家は隠喩を巧みに使うんだよ。
ま、中止運動をした人たちも同じぐらいダサいと思うけれど。

でもその考え方で良いと自分は思ってる。
なんだかクレームを言ってスッキリしちゃってるような人はダサイってことが広まっていけばいいんだよ。批判の批判になってもループだしさ。
もちろんちゃんとした批判、論評、そういうものがなくなっちゃ困るけど。
ダサイがあれば、きっとちゃんとカッコイイが生まれる。
どんな思想でもいいけど、そのメンタリティはダセェやつだよって。
そう思ってるけれど。
それでも、やっぱり「負」は強いんだろうなぁ。
指をさして笑ってやりたいんだけどさ。

でも大人なんだから。
責任があるんだよ。
「負」を子供たちにまで引き継がせる必要性なんてない。
未来なき言葉は、明るき場所ではなく暗き場所に書けばいい。
出来ればちゃんと議論できるようになった方が良いよ。
言い合う事自体は悪い事じゃないから。

文句言ったもん勝ちだと思っちゃうよ。子供たちが。

ブラックホールは光さえも飲み込んでしまうという。
光は拡散していくけれど、闇は収縮していくのだ。
闇夜に光を投じれば、闇は消え去ると思い込んでいるけれど。
真の闇はその光さえ吸収してしまう。

それでも自分は闇と戦い続けようと思う。
フォースと共にあらんことを!

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今まで長いBLOGを書いてきたのでしっくり来ません 無料で垂れ流し続けてきたので サポートされたらどんな気分なのだろう とりあえず先にすみませんとお伝えします

あじがど
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小野寺隆一

1973.3.31生 俳優やらバンドやら創作やら かっこわるい感じで いつかの紙のノートは段ボールに眠ったまま 今もそう大して変わりゃしないけど 新しいノートがあるんだってさ あんなこと公開されたら恥ずかしいわい 映画創ろうと画策中
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