オノケン(太田則宏)

とりあえずアカウントとっとくべ。 建築事務所主宰 http://onoken-web.com/ 折り紙も折ってます http://onoken-web.com/oriken/

なぜか。

もしかしたら、建築家に対する『なぜ○○するのか?』という問いは、一昔前にはやった『なぜ人を殺してはいけないのか?』という問いのように、答えようとすること自体がナンセンスなことかもしれない。

その問が発生した時点で何かしら問題がある可能性が高い、という類の問がある。

例えば、建築家に対するなぜそうしたのか?という問い(その人に対してモノとして届いていない可能性が高い。逆に何かしら興味・関心を引い

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肯定感

それは、おそらく問いのたて方に問題がある。
「乗り越える」という意識はおそらく無意味なのである。
「コルがコルであった」という事実を他人が乗り越えられるわけがない。

これを書いた時から、設計者の持つ固有性もしくはキャラクターのようなものも大切だと思うようになった。そこの基盤がしっかりしているからこそ自由に振る舞える。

前回のパスポートのところでも似たようなことを書いたけれども、その固有性のベー

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パスポート

全くあたりまえのことなのだが、答えは自ら描き出す以外にないし、自らの個人的な感覚・身体性の裏づけなしには人の共感も呼ぶことはできないということだ。
(逆説的だが個人的であることが他人へのパスポートとなるのだ。)

個人的であることが他人へのパスポートとなる。

これから先、パスポートが不要な部分はどんどんAI等に置き換えられていって、パスポートの価値は高価値と無価値に二極化していくんだろう。

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環境。

今はどうか分からないが、僕のいっていた大学でも、建設に関わる技術については若干学べた気がするが、建築の社会性やデザインの方法といったことは全く触れられなかった気がする。

デザイン的なことに関しては全く独学だと言っていいと思う。必死で身につけようと思ってきたけど、学校で教わった記憶がない。

在学中は大学に対しては不満ばかりで、その環境を呪った、とは言わないけれども虚しさと焦りはあった。ただ、環境

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技術

僕が興味を持ったのは著者がなぜ”造型論”を追い求めたのかである。

この記事を読む限り、著者が建築の最後の決め手が造形論だと考えているようには思えないけど、この”なぜ”がどうだったのか今は思い出せない。

僕自身、再現性を高めるというか、平均点を上げるために技術論のようなものを手に入れたいと思い続けてきたけど、今ではむしろ平均から逃れるために技術論が必要なのだと思うようになってきた。いや、同じこと

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