十人十色というけれどほんとうにそうなのかな?『Friends なぜ私たちは友だちをつくるのか』著ロビン・ダンパー

『Friends なぜ私たちは友だちをつくるのか』著ロビン・ダンパー

友人や仲間、家族を5人 15人 150人の層にわけたときあなたにとって身近な人はどこに配置されるだろうか。

年齢とともにきまっていくこの層には一貫して哺乳類、霊長類にみられることがわかったが、生命のほとんどにはこのような係数が存在しないこともわかった。

すなわち生き方の選択としてはこのような進化をたどるしかなかったのだということがわかるだろう。

言語を返し、複雑に心に向き合うことができる人間は、幸か不幸かわざわざ研究をしてまでつながりというものを見出そうとしている。さらに一読者にも「こんな研究があるなんて!」「すごすぎる」と思わせる必要がどこにあるのだろうか。

そんなことは気にしなくても感覚で「知っていた」「やっぱりね」という確信を与えてくれる程度のことで”人生がかわるわけではない”ことも読んでいてわかるだろう。

どれだけこの人に託せるか、事故で臓器を提供しないとしたら?これも5人の層に近ければ近いほど見返りを求めずに提供したくなるだろう。これもわかりきっている。それでも知りたいと思えるのは確かな確信と”安心”だろう。

孤独では生きていけないことを否定するつもりはないが、孤独になりやすい世界において知っているのと知らないのとでは生き方、考え方そのものが変わってくる。

介護業界ではあたりまえの孤独死というコトバと「あきらめたヒト」から亡くなっていく速度の違いも口では説明できなくてもなんとなくわかっていたことだろう。

人は1人では生きていけるが、孤独を感じたとき健康も心も寿命が減ることが確認されている。

あたりまえだよと思っていることに疑問をもってみたくなることは大切だということだろう。


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