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均衡理論(4):厚生経済学の第一基本定理

今回と次回で、ミクロ経済学において最も重要な帰結である「厚生経済学の基本定理」を学ぶ。これは価格均衡と効率的配分の関係を特徴づける定理であり、完全競争市場における需給均衡分析の核心であると言える。定理は第一基本定理と第二基本定理からなるが、今回は前者を取り扱い、均衡により望ましい資源配分を実現するための条件について議論する。連載はこちら。


前回、一般均衡分析の準備として経済の記述方法を議論し、その中で効率的な資源配分の指標であるPareto効率性、「価格メカニズム」により全ての消費者の選好最大化と全ての生産者の利潤最大化を同時に実現する価格均衡配分を定義した。厚生経済学の基本定理は、これら2つの関係、つまり価格メカニズムによる均衡がどのような条件下で効率的な資源配分を達成するかに関する帰結であり、完全競争市場における均衡分析の核心である。今回は第一基本定理、次回は第二基本定理について議論する。

厚生経済学の第一基本定理

厚生経済学の第一基本定理
選好関係が推移的かつ局所非飽和であるとき、実行可能配分$${(x_1^*, \cdots, x_I^*, y_1^*, \cdots, y_J^*)}$$とある価格ベクトル$${p}$$が価格均衡をなすならば、その配分はPareto効率的である

配分$${(x_1^*, \cdots, x_I^*, y_1^*, \cdots, y_J^*)}$$が$${p}$$と価格均衡をなし、かつこの配分をPareto改善する$${(x_1, \cdots, x_I, y_1, \cdots, y_J)}$$が存在すると仮定し矛盾を導く。この時、

$${\forall i \in \{1, \cdots, I\}:x_i ≿_i x_i^* \land \exist i \in \{1, \cdots, I\}: x_i≻_i x_i^*}$$

が成り立つ。$${ x_i≻_i x_i^*}$$である$${i}$$に対して、価格均衡の選好最大化条件により$${p\cdot x_i > p \cdot x_i^*}$$となる(前回を参照)。また、$${\forall i:x_i ≿_i x_i^*}$$に対しては$${p\cdot x_i ≥ p \cdot x_i^*}$$が成り立つ(以下の補題参照)。従ってこれらの総和をとり以下を得る。

$${\displaystyle\sum_{i=1}^I p\cdot x_i > \displaystyle\sum_{i=1}^I p\cdot x_i^*\Leftrightarrow p\Bigg(\bar\omega+\displaystyle\sum_{j=1}^J y_j\Bigg)> p\cdot\Bigg(\bar\omega+\displaystyle\sum_{j=1}^J y_j^*\Bigg)}$$

$${\Leftrightarrow \displaystyle\sum_{j=1}^J p\cdot y_j> \displaystyle\sum_{j=1}^J p\cdot y_j^*}$$

上式より、$${\exist j \in \{1, \cdots, J\}: p\cdot y_j > p\cdot y_j^*}$$を得るが、これは$${p}$$の下での価格均衡の利潤最大化条件に矛盾する(※)。

※もしくは$${\displaystyle\sum_{i=1}^I p\cdot x_i > \displaystyle\sum_{i=1}^I p\cdot x_i^*}$$を得た後、利潤最大化条件:$${p\cdot y_j^* ≥ p \cdot y_j}$$から$${\displaystyle\sum_{i=1}^I p\cdot x_i >\bar\omega+ \displaystyle\sum_{j=1}^J p\cdot y_j}$$となるが、これが配分可能条件:(左辺)≤(右辺)と$${p≥ 0}$$に矛盾することでも証明可能である。


補題:$${x_i^* \in X_i}$$とする。$${\forall x_i \in X_i : p\cdot x_i^* ≥ p\cdot x_i \Rightarrow x_i^* ≿_i x_i}$$とする。選好関係$${≿_i}$$が推移的かつ局所非飽和のとき、$${\forall x_i \in X_i : x_i ≿_i x_i^* \Rightarrow p\cdot x_i ≥ p\cdot x_i^*}$$が成り立つ

$${\because x_i ≿_i x_i^* }$$にもかかわらず$${p\cdot x_i < p\cdot x_i^*}$$とすると、$${≿_i}$$の局所非飽和性より$${\exist x_i':p\cdot x_i' < p\cdot x_i^* \land x_i' ≻ x_i}$$となり、推移性より$${x_i' ≻ x_i^*}$$となるが、これは$${\forall x_i \in X_i : p\cdot x_i^* ≥ p\cdot x_i \Rightarrow x_i^* ≿_i x_i}$$に矛盾するため題意が示される


厚生経済学の第一基本定理は、Adam Smithの「見えざる手」を厳密に述べたものだと解釈できる。各消費者と各企業が各々選好最大化と利潤最大化のために行動した結果、Pareto効率性の意味で最適な配分が達成されているためである。なお、$${\sum_i p\cdot x_i > \sum_i p\cdot x_i^*}$$は$${I}$$が有限との仮定に依存しており、$${I \rightarrow ∞}$$では必ずしも成り立たない。例えば以下の世代重複モデルではこの不等式は必ずしも成り立たず、従って厚生経済学の第一基本定理も必ずしも成り立たない。

世代重複モデル(OLGモデル)

世代重複モデル(Overlapping-Generations Models; OLG)は、複数の経済主体が複数期間の生涯を送る経済を表現したモデルある。世代間の資源配分を分析する上で極めて有用であり、公債・年金の負担に関する現在のマクロ経済分析におけるベンチマークモデルとして大きな影響を与えている。下記ではその最も単純な純粋交換経済における2期間OLGモデルについて議論する。

加算無限個の財・消費者を考える$${(N=∞, I = ∞)}$$。第$${i}$$世代の消費者は第$${i}$$期に若年期として生まれ、第$${i+1}$$期に老年期となり2期間生存し、第$${i+2}$$期が到来する前に死亡する。第$${i}$$世代の消費者は第$${i}$$期と第$${i+1}$$期においてのみ消費可能であり$${(X_i= \{0\} × \cdots × \{0\} × \mathbb R_+× \mathbb R_+ ×\{0\} × \cdots)}$$、その選好は線形な効用関数$${u_i(x_i)=x_{i, i}+x_{i, i+1}}$$によって表現されるとする。生産は存在せず、総初期賦存量$${\bar \omega = (1, 1, \cdots)}$$である。

2期間世代重複モデル

Samuelson型と新古典派型

初期賦存量が全て若年期に集中している場合、つまり第$${i}$$世代の初期賦存量が全て$${(w_i, w_{i+1})=(1, 0)}$$である場合を考える。

$${x_1^* = (1, 0, 0, 0, \cdots), \\x_2^*= (0, 1, 0, 0, \cdots), \\x_3^* = (0, 0, 1, 0, \cdots), \\ \cdots}$$

Gale[1973]はこのタイプのモデルを、初期の貢献に敬意を表しSamuelson型と名付けている(なおオリジナルのSamuelson[1958]モデルは3期間モデルである)。この経済では、価格$${p}$$が全て$${1}$$(もしくは$${p_1 ≤ p_2 ≤ \cdots}$$)となる価格均衡をなし、市場取引は行われず、各消費者は初期賦存量をそのまま消費する、自給自足経済となる。

この価格均衡はPareto効率的ではない。第2世代の初期賦存量を第1世代に渡し、第3世代の初期賦存量を第2世代に渡す、ということを無限に繰り返すと、価格$${p}$$が全て$${1}$$の場合、第1世代の効用は増大し、他の世代の効用を不変とすることが可能である。従って以下の実行可能配分$${(x_1, x_2, \cdots)\in X}$$は$${(x_1^*, x_2^*, \cdots)}$$をPareto改善する。

$${x_1 = (1, 1, 0, 0, 0, \cdots), \\x_2= (0, 0, 1, 0, 0, \cdots), \\x_3 = (0, 0, 0, 1, 0, \cdots), \\ \cdots}$$

このモデルはSamuelson型とは逆に、第2世代以降の初期賦存量を全て老年期に集中させたものに相当し、$${\forall i ≥ 2:(w_i, w_{i+1})=(0, 1)}$$が成り立つ。これはGale[1973]が新古典派型と呼ぶ経済である。ここでも各消費者は交換を行わず、初期賦存量をそのまま消費する資源配分が価格均衡となる。しかし、上述と逆の新古典派型→Samuelson型への資源移動では第1世代の効用が低下し、Pareto改善とはならない。

この配分$${(x_1, x_2, \cdots)}$$はPareto効率的であり、$${p_1=p_2 ≥ p_3 ≥ \cdots}$$なる$${p}$$と価格均衡を構成する。従って、経済主体の数や財の種類が無限だからといって、厚生経済学の第一基本定理が全く成り立たなくなる訳ではない。価格均衡配分がPareto効率的であるか否かは、付随する価格ベクトルの下で初期賦存量$${\bar \omega}$$の価値額が有限であるか否かに依存する。例えば価格を$${p_1=p_2=1,   p_i=\dfrac{1}{2^{i-2}}   (i≥ 3)}$$と定めると、$${p \cdot \bar\omega =\displaystyle\sum_{i=3}^∞ \dfrac{1}{2^{i-2}}=3 < ∞}$$であり、$${((x_1, x_2, \cdots), p)}$$は価格均衡を構成する。但しこれは均衡配分がPareto効率的であるための十分条件であり、必要条件ではない。新古典派型では価格が正で一定、つまりある$${\bar p>0}$$に対し$${\forall i:p_i=\bar p}$$としても$${((x_1, x_2, \cdots), p)}$$は価格均衡を成すが、$${p \cdot \bar \omega = ∞}$$である。

非効率性の起源

OLGモデルにおいて厚生経済学の第一基本定理が必ずしも成立しない理由は、上述の定理の証明を追いかけることで明らかとなる。財が$${N}$$種類、消費者が$${I}$$人存在する交換経済の場合、価格均衡$${(x, p)}$$がPareto効率的ではなく、Pareto改善可能な配分$${x'}$$があるとすると、価格均衡よりも厳密に効用を増大させる消費者$${i}$$において、価格$${p}$$の下で$${x'}$$は実現不可能のため$${p\cdot x' > p\cdot x}$$であり、これを全ての消費者について総和をとると$${x'}$$が経済の資源賦存量を上回り矛盾となる。

ここで、財の種類が無限に存在する場合は、価格に関する追加の条件が必要となる。各財の経済全体の資源賦存量が$${1}$$とすると、$${\displaystyle\sum_i\displaystyle\sum_n^∞ p^n \cdot x_i^n < ∞}$$、つまり価格均衡において経済全体の価値が有限の場合に、価格均衡はPareto効率的となる。この条件は証明の最後のステップで大小関係を確保するために必要となる。但しこれは上述の通り十分条件だが必要条件でない。

上記のSamuelson型の場合、価格は$${1}$$であり、財も消費者も共に無限に存在する。この場合、経済価値の総和は無限となり、十分条件が満たされない。そして将来世代から資源を老年層に移動させるという操作が無限回可能となり、誰も損しない、Pareto改善が可能となる。

「無限期間」の仮定

OLGモデルにおけるSamuelson型→新古典派型のPareto改善を実現する方法はいくつか考えられる。一つは政府が経済に介入し、初期賦存量の移動を強制させることである。またはこのような強制的資源配分を考えずとも、政府が第1世代に貨幣を1だけ配分することで、上記同様の資源配分を価格均衡で実現することができる。第1世代の老年期と第2世代の若年期が貨幣と財を1ずつ交換し、次に第2世代の老年期と第3世代の若年期が同様に交換し、…と繰り返していけばよい。この初期状態を、期間の表記と区別しベクトルの第1成分を貨幣量を表すものとすると、経済は以下の通り記述され、新古典派型に類似した表記になることが分かる。

$${x_1^* = (1; 1, 0, 0, 0, \cdots), \\x_2^*= (0; 0, 1, 0, 0, \cdots), \\x_3^* = (0; 0, 0, 1, 0, \cdots), \\ \cdots}$$

仮にこの経済に終末期$${T}$$を設定し、最後の世代は若年期しかいないと仮定しよう。その若年期は老年期にならないため、自身の保有する初期賦存量の財を第$${T-1}$$世代の老年期の保有する貨幣と交換するインセンティブを持たない。従って第$${T-1}$$世代の老年期は貨幣を使うことができない。これは、貨幣価値がゼロになることを意味する。貨幣価値がゼロになることを知っている老年期は、若年期に貨幣を保有しようと思わないだろう。この議論を続けていくと、初期時点でも貨幣の価値はゼロとなり、この経済に貨幣が存在する意味がなくなる。

このように、Samuelson型のOLGモデルでは、貨幣を第1世代に配分することで、効率的な資源配分に誘導でき得ることを示唆するが、価値貯蔵手段としての不換紙幣は、経済が未来永劫存続し、貨幣が価値を持ち続けると消費者が信じ続けなければ正の価値を持ち得ず、経済が無限期間存続するという仮定が非常に重要な意味を有している点に注意する必要がある。

さらに、貨幣の価格が$${1}$$でなく市場で決定される価格均衡を考えると、Samuelson型において貨幣の価格がゼロ、すなわち誰も貨幣に価値を見出さないケースを考えると、自給自足経済が価格均衡となる。逆に皆が貨幣に価値があると信じると、貨幣価格1が均衡となる(=新古典派型の均衡)。このように、Samuelson型の経済には複数の市場均衡が生じうる。価格均衡の決定過程や一意性・安定性の問題は今回は詳述しないが、一般均衡理論における非常に重要な未解決問題を含んでいる。

今回はOLGの最も単純なモデルを取り扱ったが、それでも上記のように多くの経済学的な示唆に富み、更に複雑な仮定を置くことで発展的な議論も可能となる、興味深いモデルであると言えよう。

次回は「厚生経済学の基本定理」のもう一つの柱である、第二基本定理について議論する。


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