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生産者理論(2):生産の効率性

前回は、生産者が技術的に選択可能な生産ベクトルからなる集合を生産集合として定義した。今回は生産の効率性の概念を導入し、生産集合のうち効率的な生産ベクトルが満たす性質を学ぶ。また、効率的な生産ベクトルを扱う上で利便性の高い変換関数、生産関数を導入する。連載はこちら。


効率生産集合

狭義効率生産集合

$${N}$$種類の商品が存在する経済において、生産ベクトル$${y}$$は純産出量の組として$${y=(y_1,\cdots, y_N)\in \mathbb{R}^N}$$として表現される。前回、生産者が技術的に選択可能な生産ベクトルからなる集合を生産集合$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$として定式化した。

$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$に属する2つの生産ベクトル$${y, y' \in Y}$$を任意に選んだ時、両者の間に$${y>y'}$$が成り立つ場合、つまり$${\forall n\in \{1, \cdots, N\}:y_n≥y'_n}$$かつ、$${\exists n\in \{1, \cdots, N\}:y_n>y'_n}$$を満たす時、$${y}$$は$${y'}$$を広義支配するという。

商品$${n}$$が産出要素である場合、$${y_n≥(>)y'_n}$$は「$${y}$$を実行した場合に得られる商品$${n}$$の産出量が、$${y'}$$を実行した場合に得られる商品$${n}$$の産出量以上である(より大きい)」ことを意味する。一方、商品$${n}$$が投入要素である場合、$${y_n≥(>)y'_n}$$は「$${y}$$を実行した場合の商品$${n}$$の投入量が、$${y'}$$を実行した場合に得られる商品$${n}$$の投入量以下である(より小さい)」ことを意味する。

従って$${y}$$が$${y'}$$を広義支配する場合には、生産者は$${y'}$$から$${y}$$へ移行することにより「任意の産出要素の量を減らすことなく、且つ任意の投入要素の量を増やすことなく、何らかの産出要素の量を増やすことができるか、何らかの投入要素の量を減らすことができる」ことを意味し、これは$${y}$$が$${y'}$$よりも効率的であることに他ならない。

$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$に属する生産ベクトル$${y\in Y}$$に対し、それを広義支配する生産ベクトルが$${Y}$$の中に存在しない場合、$${y}$$は狭義効率的という。狭義効率的な生産ベクトルを起点に何らかの産出要素の量を増やしたり、投入要素を減らしたりすると、必ず何らかの産出要素の量が減少するか、投入要素の量が増加してしまうことを意味する。

$${Y\subset\mathbb{R}^N}$$に属する生産ベクトルの中で狭義効率的なものだけを全て集めてできる集合を狭義効率生産集合$${Y^*\subset Y}$$という。

広義効率生産集合

$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$に属する2つの生産ベクトル$${y, y' \in Y}$$を任意に選んだ時、両者の間に$${y≫y'}$$が成り立つ場合、つまり$${\forall n\in \{1, \cdots, N\}:y_n>y'_n}$$を満たす時、$${y}$$は$${y'}$$を狭義支配するという。

広義支配の議論と同様に、$${y}$$が$${y'}$$を狭義支配する場合には、生産者は$${y'}$$から$${y}$$へ移行することにより「任意の産出要素の量を増やし、且つ任意の投入要素の量を減らすことができる」ことを意味し、これは$${y}$$が$${y'}$$よりも効率的であることに他ならない。

$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$に属する生産ベクトル$${y\in Y}$$に対し、それを狭義支配する生産ベクトルが$${Y}$$の中に存在しない場合、$${y}$$は広義効率的という。広義効率的な生産ベクトルを起点に何らかの産出要素の量を増やしたり、投入要素を減らしたりすると、必ず何らかの産出要素の量が非増加となるか、投入要素の量が非減少となることを意味する。

$${Y\subset\mathbb{R}^N}$$に属する生産ベクトルの中で広義効率的なものだけを全て集めてできる集合を広義効率生産集合$${Y^{**}\subset Y}$$という。

$${N=2}$$における広義支配と狭義効率性、狭義支配と広義効率性を以下に図示した。狭義の広義の差異は、支配集合の境界を含むか否かで分かれる。

N=2における広義支配と狭義効率性、狭義支配と広義効率性

効率生産集合と変換フロンティア

生産集合$${Y}$$の境界$${Y^f}$$を変換フロンティアという。狭義効率生産集合$${Y^*}$$や広義効率生産集合$${Y^{**}}$$は$${Y}$$の部分集合だが、$${Y^f}$$の部分集合でもある。つまり効率的な生産ベクトルは生産集合の境界点である。

生産集合$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$について、$${Y^*\subset Y^{**}\subset Y \cap Y^f}$$が成り立つ。

$${Y^*\subset Y^{**}}$$の証明:
$${y\in Y^*}$$だが$${y\notin Y^{**}}$$である$${y}$$を仮定する。$${y\notin Y^{**}}$$より、$${y}$$を狭義支配する生産ベクトル$${y'\in Y}$$が存在するため、$${\forall n\in \{1, \cdots, N\}:y_n>y'_n}$$が成り立つ。この時$${\forall n\in \{1, \cdots, N\}:y_n≥y'_n}$$かつ$${\exists n\in \{1, \cdots, N\}:y_n>y'_n}$$も明らかに成り立つが、これは$${y}$$を広義支配する生産ベクトル$${y'\in Y}$$が存在することを意味し、$${y\in Y^*}$$に矛盾。従って$${y\in Y^*}$$ならば$${y\in Y^{**}}$$となり$${Y^*\subset Y^{**}}$$である。

$${Y^{**}\subset Y \cap Y^f}$$の証明:
$${y\in Y^{**}}$$を満たす$${y\in \mathbb{R}^N}$$を任意に選ぶ。$${Y^{**}\subset Y}$$より$${y\in Y}$$である。$${Y}$$はその内部$${Y^i}$$と境界$${Y^f}$$に分割されるため、$${y\in Y^i}$$を仮定し矛盾を導く。$${y\in Y^i}$$が成り立つ時、点$${y}$$を中心とする任意の半径$${\varepsilon}$$の近傍に$${y'>y}$$となる$${y'}$$が存在する。つまり$${y'}$$は$${y}$$を狭義支配するが、これは$${y\in Y^{**}}$$に矛盾。従って$${y\notin Y^i}$$より$${y \in Y^f}$$である。

$${Y}$$が閉集合でない場合、$${Y \cap Y^f=\phi}$$となり、上の命題より$${Y^*=Y^{**}=\phi}$$となり、効率的な生産ベクトルが存在しない。一方、$${Y}$$が閉集合の時、これは$${Y^f\subset Y}$$と同値であるため、上の命題より以下を得る。

生産集合$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$が閉集合ならば、$${Y^*\subset Y^{**}\subset Y^f\subset Y}$$が成り立つ。

効率的な生産ベクトルは生産集合の境界点だが、その逆は成り立たない。例えば以下の図の$${y'}$$は$${y}$$に広義支配されているため狭義効率的ではない。従って$${y' \notin Y^*}$$かつ$${y'\in Y^f}$$である。

生産集合の境界点は効率的であるとは限らない例

変換関数と生産関数

生産集合は投入要素と産出要素を固定しないという点でより一般性を保つ定式化を可能にするが、企業の利潤最大化あるいは費用最小化を考える時に都合の良い方法として、生産技術を変換関数もしくは生産関数によって表現する方法がよく用いられる。

変換関数
生産集合$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$が与えられたとき、任意の$${y\in \mathbb{R}^N}$$に対して、
$${(a) y\in Y \Leftrightarrow F(y)≤0}$$
$${(b) y\in Y^f \Leftrightarrow F(y)=0}$$
を満たす関数$${F:\mathbb{R}^N\rightarrow \mathbb{R}}$$が存在するならば、これを変換関数という

変換関数$${F}$$の定義は、$${y}$$が技術的に選択可能であることと、$${F}$$が$${y}$$に対して定める値が非正であることが同値であり、$${y}$$が$${Y}$$の境界点であることと$${F}$$が$${y}$$に対して定める値がゼロであることが同値であることを意味している。一方、$${F(y)>0}$$ならば$${y\notin Y}$$であり、技術的に選択不可能である。

従って$${F(y)}$$は生産者が$${y}$$を実行するために必要な技術進歩の程度と解釈できる。$${F(y)>0}$$の時、$${y}$$の実行に正の技術進歩が必要である。

生産関数
生産集合$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$が与えられたとき、任意の$${y\in \mathbb{R}^N}$$と任意の$${n<N}$$に対して、$${y_n≤0}$$を満たすとする。関数$${f:\mathbb{R}_+^{N-1}\rightarrow \mathbb{R}_+}$$が
$${(a) Y=\{y \in \mathbb{R}^N |\forall n\in \{1, \cdots, N-1\}:y_n≤0 \land y_N≤f(-y_1, \cdots, -y_{N-1})\}}$$
$${(b) Y^f=\{y \in \mathbb{R}^N |\forall n\in \{1, \cdots, N-1\}:y_n≤0 \land y_N=f(-y_1, \cdots, -y_{N-1})\}}$$
を満たす時、$${f}$$を$${Y}$$の生産関数という

生産関数$${f}$$は、$${N}$$種類の財が存在する経済において、$${N-1}$$種類の投入要素と、それらとは異なる1種類の産出要素が存在する状況、つまり$${N-1}$$投入要素1産出モデルを想定し定義される。$${y}$$が技術的に選択可能であることと、産出量$${y_N}$$が$${f(y)}$$以下であることが同値であり、$${y}$$が$${Y}$$の境界点であることと産出量$${y_N}$$が$${f(y)}$$に等しいことが同値であることを意味している。従って$${f}$$は技術的な制約の下で実現可能な産出量の最大値$${y_N}$$を表すものと解釈できる。また、$${f}$$は投入要素のみの関数であるため、負号により非負の$${N-1}$$変数に対する関数と定義されている。

生産関数により表現可能な生産集合上の生産ベクトルの集合は直積集合$${\mathbb{R}_-^{N-1}\times\mathbb{R}}$$の部分集合に限られるため一般性を欠くが、利潤最大化や費用最小化問題の解を求めやすくするために導入される。

効率生産ベクトルとの関係

$${Y\subset \mathbb{R}^N}$$と狭義効率生産集合$${Y^*}$$及び変換フロンティア$${Y^f}$$の間には、$${Y^*\subset Y \cap Y^f}$$という関係が成り立つ。以上を踏まえると、任意の$${y\in \mathbb{R}^N}$$について以下が成り立つ。

変換関数と効率生産ベクトルの関係
$${y\in Y^*\Rightarrow Y^f \Leftrightarrow F(y)=0}$$
但し、この逆は必ずしも成立しない

また、$${N-1}$$投入要素1産出モデルについても以下が成り立つ。

生産関数と効率生産ベクトルの関係
$${(y_1,\cdots, y_{N-1}, y_N)\in Y^*\Rightarrow f(-y_1, \cdots, -y_{N-1})=y_N}$$
但し、この逆は必ずしも成り立たない

$${(y_1,\cdots, y_{N-1}, y_N)\in Y^*)}$$に対して $${f(-y_1, \cdots, -y_{N-1})>y_N}$$が成り立つと仮定する。生産関数の定義より$${(y_1,\cdots, y_{N-1}, f(-y_1, \cdots, -y_{N-1}))\in Y}$$である。よって$${(y_1,\cdots, y_{N-1}, f(-y_1, \cdots, -y_{N-1}))}$$は$${(y_1,\cdots, y_{N-1}, y_N)}$$を広義支配するが、これは$${(y_1,\cdots, y_{N-1}, y_N)\in Y^*)}$$に矛盾する。従って上記が成り立つ。

なお、両関係において逆が成り立たないのは、これまでの議論の通り、ある$${y}$$が別の$${y'}$$に広義支配される場合である。

次回はこちら。

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