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おせち備忘録

十二月二十九日
おせち作り初日の朝、いつもより早起きをして出汁を準備する。
冷凍しておいた野菜くずと昆布、かつお節などを寸胴に入れて火にかける。
「今年もおせちが始まったぞ。」
背筋をのばして台所に立つ。まずは保存期間が長いものや、翌日以降に味が染み込むようなもの。あとは一度始めたら手が離せないゴマメや栗きんとんなんかを。

秋に冷凍しておいた栗をむき、栗きんとんを作る。栗の甘露煮を使うと、どうにも甘くなりすぎるので、今回は初めて栗だけを使った栗きんとんにしたかった。長く続く伝統を自分や家族の好みに合わせて内容を変える。前回好評だったものは引き続き、不評だったものは改善していく。そうやって何年もかけて私だけのおせちを作っていくのだ。何年も何度も試行錯誤をくりかえして。永遠に完成することのないおせちを、内容や味を変えながらずっと研究していく。
まだ初日、始まったばかり。いよいよ始まったお祭に気持ちが高まっていく。ずっと待っていた、終わってほしくない私のお祭。

十二月三十日
おせち作り二日目。今日は朝から待ちに待った餅つきをする。二十九日は二十苦とされ、この日に正月飾りや餅つきを避けないといけない。だからおせち作りの真っただ中で餅つきをする。
もち米の形がなくなって、次第にペタペタと音が聞こえると、なんとも愛おしい気持ちがあふれてくる。愛情をこめて丸めたら、今日のところはこれで一先ずここまで。
二口しかないコンロを有効活用するために、時間がかかるものを煮ながら、野菜の飾り切りをする。タケノコの掃除や野菜の飾り切りをして冷たい水に野菜が静かに沈むのを見るのが好きだ。神社を参拝しているように気持ちが凪ぐ。

ここで出た野菜くずは全部刻んでお昼のチャーハンに入れる。いつもより質のいい野菜で作る「おせち(作りで出た野菜くずの)チャーハン」は本当に美味しい。これもおせちの楽しみのうちの一つ。
今日はクリスマス翌日から水につけておいた棒鱈をついに煮る。生臭さがなくなるように毎日水を替え、柔らかくなるまでだいたい七日間。祖母の作る棒鱈に憧れて数年前から挑戦しているが、なかなか上手くできない。去年は二時間煮ても身が固かった。今年は海老芋と一緒に煮る「いもぼう」に挑戦する。何度失敗してもめげずに作る。
友人には「上手く煮れるまで頑張ってみよう」と言われた。おせちを志す身として、極めるまでは諦めない根性を見せなければならない。年に一度、何年もかけて少しずつ上達していく。

次に松風焼きとタコの柔らか煮に初めて挑戦する。今回は毎年作っていた鶏団子を松風に変えた。うちでは定番だった鶏団子は一般的におせちには入らないらしい。どうせ鶏ミンチを使うなら、おせち料理に適したものにしよう。上からかぼちゃの種をまくと一層華やかになる。松風焼きはこれからおせちの定番料理になりそうだ。

家庭で作るおせち料理は茶色くなりやすい。色のある食材を使った料理を増やしたかった。そこでタコだ。タコは「多幸」と書いて縁起がいいし、煮ると吸盤までおいしそうな赤に染まる。先日試作したタコは硬くて美味しくできなかった。おでんの時は嚙んだらトロリと崩れるのに。調べてみると大根の成分にタコを柔らかくする成分が含まれているらしい。なますを作った時にとっておいた大根の皮を一緒に煮込む。一度失敗しておいてよかった。今回は少し柔らかくできた。

十二月三十一日
おせち作り最終日の大晦日。ついにおせち作りが今日で終わってしまう。夕方からはお重におせちを詰める作業が残っているので早めに全て作り終えてしまいたい。(後で聞いた話、私の母は年越し寸前まで詰め作業を始めたらしい。)

今日は比較的楽なものを作る。エビを焼いたりだし巻き卵や肉巻き、ぬたなどを作る。
ぬたは福井県の郷土料理でいわゆる酢味噌和えのことだ。昨日のうちに、かぶらや人参が一緒に入ったしめ鯖を解凍しておいた。サッと湯通しした春菊に鯖・白みそ・しょうゆ・すりごまを入れて和える。すでに酢で締められた鯖を使うので酢はいれない。おせちの中身は地域によって、家庭によって中身が変わる。お重の中に各地の郷土料理を詰めるのが私の夢だ。

さて、いよいよ重箱に料理を詰めていく。重箱におせちを詰めるのにいくつかの型(ルール)があり、それを知っているかどうかで最終的な出来栄えが全く変わる。今回はちょっとした設計図と参考画像を用意していたので例年よりもスムーズに詰めることができた。
おせちの顔となる一の重に口取りを詰める。いわゆる酒の肴だ。あとは見た目が華やかなものを中心にすると見た目も美味しい。重箱を開けて一番初めに見るところは、一番華やかにしておきたい。真ん中に小さめの器を置いて、縁起のいい末広という型に。二の重は煮しめを。こっちは扇の型で末広がり。仕上げに裏白や南天をあしらって完成。



「今年も終わってしまった…。」
おせちを作り終えてようやく年の瀬を実感する。明日、新しい一年が始まる。どれほど日常が揺らいでも、何がおこっても必ず年は明ける。それは誰にとっても平等に訪れる。だからこそ生きていける。
新しい朝の食卓に華やかなおせちが並ぶのは、最大の平穏と幸福だと私は思う。

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