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魔法少女の系譜、その61~『悪魔【デイモス】の花嫁』~


 さて、今回も、前回に続き、『悪魔【デイモス】の花嫁』を取り上げます。今回は、八つの視点で、この作品を分析してみます。

[1]魔法少女の魔力は、何に由来しているか?
[2]大人になった魔法少女は、どうなるのか?
[3]魔法少女は、いつから、なぜ、どのように、「変身」を始めたのか?
[4]魔法少女は、「魔法の道具」を持っているか? 持っているなら、それは、どのような物か?
[5]魔法少女は、マスコットを連れているか? 連れているなら、それは、どのような生き物か?
[6]魔法少女は、呪文を唱えるか? 唱えるなら、どんな時に唱えるか?
[7]魔法少女の魔法は、秘密にされているか否か? それに伴い、視点が内在的か、外在的か?
[8]魔法少女は、作品中に、何人、登場するか?

の、八つの視点です。


[1]魔法少女の魔力は、何に由来しているか?

 『悪魔【デイモス】の花嫁』のヒロイン、美奈子は、魔法少女ではありません。普通の人間です。女神ヴィーナスの生まれ変わりにもかかわらず、超常的な力は、持ちません。

 この作品で、魔力を使うのは、ヒロインではなく、敵役のデイモスです。彼は、もと神さまですが、罰を受けて、悪魔にされました。
 悪魔なので、魔力を持つのは、当然ですね。生まれつきの魔力です。

 同じく、敵役のヴィーナスも、超常的な力を持ちます。ヴィーナスは女神ですから、やはり、生まれつきの能力です。


[2]大人になった魔法少女は、どうなるのか?

 美奈子は普通の女性ですから、普通に成人するはずです。
 ただし、それには、「デイモスに殺されなければ」という条件が付きます。

 デイモスは、妹ヴィーナスを救うために、美奈子の肉体のみを必要としています。美奈子の魂だけを殺して、美奈子の体に、ヴィーナスの魂を植え替えようというのです。
 美奈子が殺されて、ヴィーナスの魂が植え替えられた場合には、美奈子の肉体は、女神ヴィーナスとなり、不老不死になるのかも知れません。そのかわりに、美奈子の魂は、失われるのでしょう。

 美奈子が殺されなければ、ヴィーナスのほうが、死ぬことになります。体が朽ちてしまうからです。
 論理的に考えれば、ヴィーナスが死んだからこそ、生まれ変わりの美奈子がいるはずです。美奈子が生まれた時点で、ヴィーナスの死は、確定事項のはずです。

 ヴィーナスの死が、美奈子の生です。
 美奈子が死ねば、ヴィーナスが生き続けます。タイムトラベルものでお約束の、タイムパラドックスの問題はありますが。
 美奈子とヴィーナスの生死は、二者択一です。どちらかが生きれば、どちらかが死んでしまいます。デイモスは、どちらかを選ばなければなりません。
 美奈子をも愛してしまったために、デイモスは、悩み続けることになります。

 ヴィーナスは、少女ではありませんが、魔法少女の一種とは言えるでしょう。超常的な力を持つ女神ですからね。
 ヴィーナスを、美奈子のライバルの魔法少女と見立てることができます。そうすると、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、『魔女っ子メグちゃん』などの、魔法少女が二人登場する話に似てきますね。ダブルヒロイン制の話、と言えなくもありません。

 とはいえ、『悪魔【デイモス】の花嫁』のほうが、『魔女っ子メグちゃん』よりも、ずっと厳しいライバル関係です。どちらかの生が、どちらかの死に、直接結びつくからです。
 しかも、メインヒロインの美奈子のほうが、圧倒的に不利です。彼女はただの人間で、ヴィーナスは女神で、歴然とした力の差があります。そのうえ、悪魔のデイモスが、美奈子の命を狙っています。普通に考えたら、美奈子があっさり殺されて、終わりですよね。

 美奈子が生き長らえているのは、ひとえに、デイモスの愛ゆえです。デイモスの胸先三寸で、美奈子の命が決まってしまいます。その宙ぶらりんな状態が、最終回まで、続きます(^^;

 デイモスという男の一存で、少女の運命が左右されてしまう点は、いかにも、一九七〇年代の少女漫画ですね。
 この時代の少女漫画のヒロインは、受身でした。自力で運命を切り開けるヒロインは、少なかったのですね。『超少女明日香』の明日香や、『紅い牙』のランは、例外的な存在でした。


[3]魔法少女は、いつから、なぜ、どのように、「変身」を始めたのか?

 美奈子は魔法少女ではないため、変身はしません。

 ライバルのヴィーナスのほうは、女神なので、変身能力も持つようです。しかし、いつもは変身した姿ではなく、半分朽ちかけた、真実の姿で現われます。

 「変身」とはちょっと違いますが、『悪魔【デイモス】の花嫁』の中の一話に、注目すべき話がありました。
 ヴィーナスが、その超常的な力を使って、自分の過去の体験を、美奈子に追体験させるのです。美奈子にとっては、夢の中で、自分がヴィーナスになっているような感覚です。
 美奈子は、わけがわからないまま、古代ギリシアの神話世界へ放り込まれます。そこでは、皆が、彼女を美と愛の女神ヴィーナスとして扱います。
 そのギリシア神話世界には、デイモスもいます。彼は、悪魔ではなく、女神たちさえ憧れる美男子の神として扱われています。

 美奈子は、ヴィーナスとして扱われても、自分が女神である自覚は、まったくありません。けれども、皆が言うとおりにふるまうと、確かに、超常的な力を発揮します。そのために、美奈子は、これが過去のヴィーナスの体験したことであると、次第に気づきます。
 この話の中では、美奈子は、一時的にヴィーナスに変身していたと言えるかも知れません。ヴィーナスは美奈子の過去生ですから、「本来の姿に戻った」と言えるかも知れません。

 美奈子がヴィーナスに「変身」するのは、この一話だけです。こんな体験をしても、美奈子は、過去生を思い出しませんし、超常的な力も身に着けません。
 二〇一〇年代の話ならば、これをきっかけに、ヒロインが何らかの力を得て、活躍することでしょう。ストーリーの大きな曲がり角になるはずです。
 そうはならずに、淡々と一話完結の話が続く点が、一九七〇年代ですね。

 ヒロインがいきなり異世界へ送り込まれる点や、そこでは超常的な力を発揮できる点、女神に「変身」できる点などは、二〇一〇年代の物語を先取りしています。


[4]魔法少女は、「魔法の道具」を持っているか? 持っているなら、それは、どのような物か?

 美奈子は魔法少女ではないため、魔法道具は持ちません。ヴィーナスやデイモスも、決まった魔法道具は持ちません。

 ただ、前述の、「美奈子が、ヴィーナスの体験を追体験する話」の中で、ヴィーナスの魔法道具が登場しました。ケストスという名の帯です。この帯を締めた女性は、誰でも、男性を魅了してしまう能力を持ちます。
 この帯は、実際に、ギリシア神話に登場します。伝承の魔法道具を、そのまま使っています。

 ケストスが登場したのは、この一話だけでした。他の話では、まったく使われませんでした。


[5]魔法少女は、マスコットを連れているか? 連れているなら、それは、どのような生き物か?

 美奈子も、デイモスも、ヴィーナスも、マスコットと言えるようなものは、連れていません。


[6]魔法少女は、呪文を唱えるか? 唱えるなら、どんな時に唱えるか?

 美奈子も、デイモスも、ヴィーナスも、呪文は使いません。

 一話のみのゲストキャラが、呪文を使ったことはあります。そのゲストキャラは、古典的な西洋魔術を使って、悪魔を呼びだそうとしました。現われたのは、デイモスでした。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』の呪文は、ほんの小道具ですね。物語に大きな影響を及ぼしてはいません。


[7]魔法少女の魔法は、秘密にされているか否か? それに伴い、視点が内在的か、外在的か?

 美奈子は、悪魔に命を狙われていることを、誰かに話した形跡はありません。話したところで、信じてもらえないと思っているふしがあります。

 『悪魔【デイモス】の花嫁』の特徴は、事情を知る視点キャラが三人いることです。美奈子とデイモスとヴィーナスですね。
 三人は、それぞれ、別の思惑で動きます。能力や知識や経験にも、差があります。ただ、この世ならぬ世界が存在し、神や悪魔が存在することは、共通の知識です。

 超常的な世界や力をめぐって、三人それぞれの視点から、描かれます。ヒロインの美奈子がいない話さえ、成り立ちます。 『悪魔【デイモス】の花嫁』のキャラクターは、超常世界を描くための道具の意味合いが濃いですね。

 三人の個性が違うために、読者は、三者三様の視点の物語を楽しむことができます(^^)


[8]魔法少女は、作品中に、何人、登場するか?

 メインヒロインの美奈子は、魔法少女ではありません。サブヒロインのヴィーナスだけが、魔法少女の一種です。
 ですから、登場する魔法少女は、基本的に、一人です。一話のみのゲストキャラの中に、魔法少女が含まれることはあります。例えば、牡丹の精などが登場します。

 一話のみのゲストキャラとはいえ、複数の魔法少女が登場する点は、先進的ですね。
 それらのゲストキャラが、長く作品に残らず、一話で消えてしまう点は、一九七〇年代的だと思います。『エコエコアザラク』など、同時代の作品と、共通します。


 こうして見ると、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、古典的な作品だと、よくわかりますね。
 古典的な中にも、ぽつぽつと、先進的な要素が散見されます。優れた作品とは、このように、いくらかは、先進的な要素を持つものでしょう。
 おそらくは、『悪魔【デイモス】の花嫁』を下敷き(の一つ)にして、後年、いくつかの魔法少女作品が、花開くことになります。

 『悪魔【デイモス】の花嫁』の考察は、ここで一区切りとします。
 次回からは、別の作品を取り上げる予定です。



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