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season7-4幕 黒影紳士〜「黒水晶の息吹」〜第四章 迷いなき独り


第四章


第四章 迷いなき独り

 一人の男が交差点へ入る。
 黒影は襟の裏に仕込んである小型無線を使い、
「高梨 光輝です。警察名簿から昔の物だが顔を確認。間違い無い」
 と、能力者犯罪対策課のチームにも言った。
 サダノブも横で静かに身を潜めている。
「もう一人確認!」
 暫くして風柳から報告がはいる。
 二人は何やら話し込んでいる様だ。
「黒影、未だ大丈夫か?」
 風柳は黒影のGoが出ないので心配して声を掛ける。
「周囲広域に盗聴器、監視カメラを設置済みです。証拠にはなりませんから悪しからず」
 と、黒影は軽く言う。
 サダノブはタブレットから転送された映像を見て、盗聴器からの音声を録音し乍ら聞いている。
「全く探偵のやる事は。違法捜査だらけだ。後で始末書だよ」
 風柳はまたしてもかと、頭を抱えた。
「今回はFBI管轄です。問題ありません。公安が動かなかっただけマシだと思って下さいよ」
 と、黒影は言った。
 そんな会話をしていると……何か、高梨 光輝では無い方の長身のスラットした男は、何かを渡そうとしている。
 其の時サダノブが言った。
「先輩!あの手渡しした荷物に、危険物が入っています。……融合……って言っていた。確かに、……融合して……殺すと……」
 「融合?そうか物質を結合する能力!……サダノブ、思考を読んでいたんだな、ナイスだよ」
 と、黒影はこれでタイミングが分かるとニヒルな笑みを浮かべる。
「風柳さん、あの荷物が爆発を起こします!僕は高梨 光輝を吹き飛ばしますが、爆発は防げません!飛散したこの土地にある黒水晶が抉れたら、此の地特有の大気物質と化学反応を起こし、惨劇が繰り返されてしまう!……水晶の浄化で、水晶に含む邪気を吸収して下さい」
 黒影は風柳に指示を出した。
「分かった……其方は頼むぞ!」
「はい!」
 風柳は影を見詰め輝かせる。
 金色(こんじき)の総ての聖獣を統べる長……麒麟が現る。緩やかに舞い上がって行く様は、其の虫をも踏まない優しさを思わせた。
 上空を跳ねる度に……シャリン……シャリン……と澄んだ鈴の音を奏でる。
 黒影は風柳が麒麟に成ったのを確認すると走り出した。
「あっ!先輩、俺は?!」
 サダノブが甘水の入ったペットボトルを持って聞く。
「お前は僕の命水を持っているんだ、サーダーイーツは待機!」
 そう走り乍ら言うと、
「朱雀炎翼臨!」
 と、朱雀の鳳凰より遥かに強く速い、大きく燃え盛る炎の翼を背に出現させ飛んだ。
「朱雀魔封天楼壁(すざくまふうてんろうへき)現斬(げんざん)!」
 更に容疑者と高梨 光輝の頭上にたどり着くと、即座にそう叫んだ。
 朱雀唯一の対魔の四方を塞ぐ聖なる業火を立ち上らせ、中の邪気を吸収する陣である。
 二人は四方を業火に突然包まれ、狼狽えて真上の大きな翼の影を落とす、真っ赤に燃ゆる漆黒の黒影を見上げるのだ。
「……其の爆発物……此方に渡して貰うぞ。素直に渡せば何もしない」
 そうは言ってみたものの、容疑者も高梨 光輝も能力者だ。此処で諦めるとは到底思えない。
 然し、此処で思わぬ自体が発生した。
 容疑者を警戒した、高梨 光輝が時を止めようとしているのか、手をゆっくり上げ始める。
 黒影は時の影響を受けない様に、即座に胸ポケットから正常に時を直そうとする、時夢来の懐中時計を手に開いた。
 然し、二番煎じとはこの事か。容疑者はとっくに高梨 光輝の能力を知っているのだ。
 仲間割れか、20年程前の真実を知る者を消す為にか、それでも殺しに来たのだ。
 生半可な覚悟では無い。
「そうはさせるか!!」
 容疑者は包みを渡せないと知ると、何と自分も巻き込まれ死ぬと言うのに、包みを地面に叩き付けたのだ!
「……此方だってそうはさせないっ!」
 黒影はその包みの爆発が起動する寸前、
「朱雀剣!」
 と叫び、手に炎渦巻く剣を出現させた。
 其れを大きく振り翳し、爆発物の入った包み目掛けて振った。

通常の朱雀剣


 何の殺傷能力も無い。けれど、唯一の武器ともなる朱雀剣。物は使い用って言うだろう?
 炎の渦は熱風で包みを吹き飛ばし、ビル群の方で爆発させた。
「風柳さん!」
 黒影は叫んだ。後は風柳の麒麟の浄化に頼るしか無い。
 麒麟は優雅に何時もの様に人間にとって悪いとされる邪気を吸い上げていく。
 ……此れで大丈夫だ……。
 そう一瞬、其処に容疑者以外は誰もが思った。
 然し、次第に状況が変わって来た。
 あの長である麒麟の跳ねる動きが鈍って来るではないか。
 それどころか足の先が黒くなって来るのだ。
 麒麟はスーッと地に着地し、風柳の姿に戻る。
「黒影、無理だ!余りにも量が多過ぎる!これ以上は…がっ…!」
 風柳が咳き込むと共に地面に頽れた。
「……嘘……だろ……?」
 サダノブが、その姿に思わず言った。聖獣……全獣の中で一番とされる風柳の麒麟が敗れ、地面に酷い咳と共に、真っ黒な血を落とすのだ。
 吸い過ぎて浄化出来なかった風柳は……呼吸器を一気にやられて、死に近付いている。
「……先輩!」
 サダノブは、やっぱりこんな無茶な作戦はと言いたかった。
 止めよう……そう言ったところで、何が変わったのだろう。
 能力者犯罪対策課以外も死に歩んだ筈だ。
 被害は此れで最小限……間違いではない。
 ……だけど……自分の兄も、自分さえも……明らかに失敗したのだ。
 爆発させた時、運命は変わらないものだと決定付けられたのかも知れない。
「……サダノブ……何を考えてる?……風柳さんが倒れた。僕等も既に死の灰は粒子がナノ以下で見えていないが、吸っている。」
「……えっ?だから……もう、駄目なんじゃないかと……」
 黒影の言葉にサダノブが答えた。
「……駄目……。誰に言っている。この僕がか?目の前で風柳さんが倒れたのを見たこの僕がか?」
 黒影の其の言葉と同時に、ロングコートがバサバサと風も無く、其の殺気に広がり鳴った。
「いやぁ〜先輩は駄目じゃないっす!良い感じっす!……ただ、此の状況……」
 サダノブは思った、覆水盆に返らずでは無いかと。
「……蒼炎……赤炎……十方位鳳連斬(じゅっぽういほうれんざん)……解陣!!」
 黒影は蒼い影に特化した円陣と、鳳凰の力に特化した赤い円陣を一度に二枚創り上げる。
 そしてその二枚の円陣を一つ重ね、軽々と片手で持つと真っ赤な鳳凰の力に特化した円陣を表に、ひび割れた正義崩壊域の大地へ下ろした。
「……鳳凰来義(ほうおうらいぎ)……降臨……。」
そう鳳凰の秘経の略経を立て続けに唱えると、2色の鳳凰陣が重なり始め、赤が表になり鳳凰の魂を君臨させた。
 朱雀から鳳凰の最終奥義を使う気だ。
 体力の消耗が著しいからか、その殺気立つ背中は微かな息に揺れている。
「願帰元命(がんきがんめい)……十方位鳳凰来義(じゅっぽういほうおうらいぎ)!……解陣!」
二枚の鳳凰陣が真っ赤に燃え盛り最大値に拡大する。
 黒影は鳳凰の羽根を背に、金の火の粉を舞い散らしながら、その上空を圧巻の燃え盛る輝きと孔雀の尾を揺らし飛んだ。
 大きく拡大した最終奥義と化した鳳凰陣は、平和を乱すものを連結するのでは無く、其の連結線で区切り、一つ一つを分割し小さくした。
 平等と平和を壊すもの等、この最終奥義の鳳凰の願いの姿を前に存在を許さないのだ。
 然し、幾ら鳳凰とて、全ての元凶が消せる訳ではない。其れは時代や世界の「事実」を曲げてしまう事だからだ。
 鳳凰に出来るのは、分けて緩和する事のみ。
 風柳の咳が先程よりかは幾分か治った様に見える。
 直ぐ様死ぬ程の致死量を一気に吸う事だけは回避出来た。
 然し、これでは軈て時間と共に、此処にいる全員が死ぬ。
「サーダーイーツが今日は遅いな……」
 黒影は最終奥義を連続で使い、スーッと旋回し乍ら鳳凰陣の鳳凰が描かれる中央に降り立った。
 勿論、サダノブは甘水を持って、降りて来るのを待っていた。
 数枚の中央が赤く周りが金色の鳳凰の羽根が、力の消耗に耐えかねて、数本抜け落ち辺りのビル風に舞い上がって空へと帰る。
「先輩っ!サーダーイーツお届けっす!」
 と、サダノブはふらつき出した黒影の片手を取り、首に回すとガッシリ支える。
 敵前で倒れる事を己にも、他人にも許さない黒影が無念を抱かなくて済む様に。
「……遅いじゃないか」
 そうも言い乍ら、黒影はサダノブが来て安心したのか、ふっと薄く笑みを浮かべ、サダノブが蓋を開けたのでそのままペットボトルの甘水を一気飲みする。
 手の甲で、唇を拭き乍ら、容疑者を睨んだ。
 自分すら巻き込んだ、所謂自爆テロに満足そうである。
「こう言うのを傍迷惑だと言うのだな」
 そう黒影は悪態を吐くが、その場にいた誰もが黒影が何をしたか分からないので、そろそろ死ぬのかと諦めの境地に、呆然とする者……空を見上げる者……ばかり。
 こんな時……死期を悟っても、今は身体に何ら不便もない時、人は得体も知れない恐怖から逃げる為、遠くの儚さを想う。
 何時だって人より危ない道を進み、何時死んでもおかしくない……「殉職」だって本当はしたくないと願い乍ら、日々考えない様に戦ってきたのだろう。
 それでも、見えもしない……戦えもしない其れが己の最後のトドメを刺すなんて……漠然として当然の事かも知れない。
 だが、黒影の鳳凰の揺れる炎を閉じ込めた、燃える信念は揺るぎ無く消えていなかった。
「……諦めるな。僕は何度もいった。……諦めるのは何時だって出来るんだ!諦めない事は……今しか出来ないっ!」
 黒影は、もう何をするべきか分からないと言いた気な、能力者犯罪対策課の面々を怒鳴りつけた。
 怒鳴りつけると言っても、目を覚ます様な……真っ直ぐに、一片も迷い無き声だ。
「僕は未だ諦めない。この鳳凰の姿で……今を諦める事は出来ない!容疑者を確保出来る機を狙うんです!罪は罪でしか無い!君達は、其れを償わせる為に捕まえに此処に来たんだろう?!死ぬから良い等と言う結果論は、僕が許しませんよ!此方は民間で此処迄やっているんだ!」
 そう、黒影は早く何時もの事をきちんとする様に叱咤する。
 其れを聞いた風柳がふらふらの状態だが、まるで虎の様に鋭い目付きで立ち上がる。
 其の姿は空咳に眉を顰めても、決して前の犯人と、高梨 光輝を逃さまいとする、刑事独特の緊張感の張り詰めた、狩人の様な殺気を放っていた。
「風柳さんっ!」
「風柳刑事!」
 能力者犯罪対策課の皆が、そんな風柳を支え様と走り寄る。
「俺は一般人では無いっ!黒影やサダノブを守るのも、あの犯人も関係者も捕まえるのが我々の仕事だ!……黒影、俺は白虎で二人に幻覚を見せ、足止めする。現場指揮は黒影だ。次を!」
 と、風柳は次の指示を士気が上がり始めた今、言えと催促する。
 ……信じる事が出来る。
 この面々であれば……能力者犯罪を許しはしないと言う一つの信念に突き動かされた、同じ目的を持った仲間ならば。
「風柳さん……連行は未だです。逃さないで下さい。……今、最高の助っ人を呼びますから」
 と、黒影はニヤリと笑った。
 それは勝機が見えたと言う事を意味する。
 風柳は、
「白虎幻月!(びゃっこげんげつ)」(※幻月とは月の両サイドに別の月があるように見える現象だが、この白虎は分身の術と同じ、本体がやられるまで他も消えないし、勝手に攻撃できる。)

白虎。


 と、言うと白月の輝く美しい月の様な陣の中に、白虎が一匹……かと、思いきや、両側に更に一匹ずつ増えるではないか。計三匹の虎が一斉に走り出し二人を包囲した。
 真っ白に黒縞の立派な虎は金に大きな黒い瞳孔の瞳で、二人を威圧する様に唸り吠える。
 黒影は如何にも動けなくなった二人を見て安心して、一つ息を抜くと……
「……では、次は僕のターン」
 と、言うではないか。
「先輩、其れギリですって、ギリ!なぁ〜に、回復した序でにノリノリになって言っちゃってるんですか?!」
 サダノブは黒影の肘を両手で引き、おぃ、待てと……其れ以上は言わせないと止める。
「……今、やる気スイッチ入ってるんだから止めるなよ!……全くシラける奴だな。……景星鳳凰 (けいせいほうおう)……「大図書館(グレータライブラリー)」……世界解放!……山田 太郎!(悪魔の事を適当に日本名を付け、今に至る)急務の仕事だ、急いで集合!」
 と、黒影は世界への入り口を開けるだけ開け、其の先にあるであろう、世界の主に叫び呼んだのだ。
「……先輩……今、まさか……こんな時に……」
 サダノブはその世界の主人を頭に浮かべ武者震いをし言った。
「……ああ、悪魔だよ。久々だなぁ。僕は此れでターンエンドだ」
 と、黒影は悪戯な笑顔で無邪気に笑う。
「あー!然もまた言いましたよね?!」
「何がだ?僕にはさっぱり分からんな」
 サダノブが気になって思わず黒影を指差し言ったが、黒影は指を差されるのが不愉快なので、眉間に皺を寄せ顔を避けると、手を軽く払い退けた。
 其の直後に此の廃墟と化したビル群の上から真っ赤な薔薇の花弁が大量に降って来るではないか。
 此の薔薇の舞散らかし方と言えば……皆様、如何もお久しぶりです。……な、「悪魔の所業相談世界……現在は大図書館」の悪魔である。

何年もの時を経て、悪魔の風貌変えてみました。
きっと悪魔だから、自由自在にイメチェンが出来るのでしょう。
ちょっと羨ましいですね。


 漆黒の佐天のマントを美しく広げ、此れでもかと言う程ド派手に優雅に舞い降りてくるではないか。
 此の緊迫した空気に余りの場違い。廃墟に対して豪華過ぎる登場に、その場の全員が上を見上げて口をあんぐりと開けた儘である。
「久々だな、黒影。貴殿が呼ぶとなると……日本は今、繁忙期かね?」
 着地するなり、悪魔は黒影の前に見えない速度で移動すると、聞いた。
「今日は事務の手伝いじゃあ無いんだ。現在見えないが、大気中に人間には有害な物質が結合して浮遊している。
 僕等も吸ってしまったんだ。ただでさえ、悪魔からしたら短い寿命が、更に短くなってしまう。此の大地にある黒水晶から発生した物体を一度離して元に戻して欲しいんだ」
 と、黒影は説明する。
 事務の繁忙期の手伝いに悪魔をコキ使っているのは、恐らく世界中の探偵社の中でも「夢探偵社」ぐらいであろう。
「一瞬で動けるんなら、薔薇の花弁舞ちらかさないで下さいよね!舞台雰囲気が変になったじゃないですかっ!」
 と、何時も来る度に薔薇の花弁を散らかして行く悪魔に、今回こそはとサダノブが文句を言う。
 悪魔に文句を付ける、闘う事務が常駐でいるのも「夢探偵社」ならでは……ではなかろうか。
「……だから、其れが私の初期設定なのだから、仕方あるまい。文句ならば創世神に言えと言ったではないか」
 悪魔は人間は直ぐ忘れるとサダノブを少し小馬鹿にした様に、流し目で黒影に視線を戻した。
 腕を組んだが、肩腕は顔の横にし、長い爪先を流れる様に動かし、
「構わないが、貴殿ならば時夢来で時を戻せば良いだけの事ではないか?」
 悪魔は尤もらしい事を言う。
「否……此処には時を止める能力者がいる。更に20年程前の事件と並行して動いたのを僕が知ってしまった。下手に此れ以上時に関与すると、再び時空を歪め兼ねない。極力、時を操作する以外でこの状況を脱したい。……最近……極上のワインが手に入りましてね。……娘を奪われた女が自殺した。其のお宅から拝借した、恨み辛みに涙いり。……如何です?結構、好みだと思いますが?」
 と、黒影は勿論本音ではそんな言い方をする筈も無く……詰まり悪魔の好みの「悲惨な人生を送ったワイン」をプレゼンし、契約を持ち掛けているのだ。
 ……過去にも未来にも解決法が無いと知った時、小さな視野だと黒影は己の視野について感じた。
 そう感じたのは何故か考えた時に気付く……。
 既に他に解決出来る手段を持つ「世界」を、己は知っていると。
 悩んだと思った時の視野は小さいが、「悩んだ」と言う前提を取り払ってしまえば、人の視野も思考も自由を得て、今迄に通過した全ての人生経験を最大限に使える。
 ……過去の過ちも悲しみも……喜びも……
 今や、今より前に進めようとする先に置いて行けば良い……。
 其れを誰かは「成長」と呼び、今ある重荷を軽く歩む為の方法だと云う。
「……そうか。時をあまり弄られては、私も「世界」を記録するのに厄介になるな。破格な願いではあるが、お互いの利益はある。……其れに……良い人生の味わいが一本。問題ない……イーブンだ。契約成立だな」
 と、悪魔はゆうるりと爪を広げ握手を求める。
「……幾ら潔癖症の僕でも、その爪は悪魔のステータスなのだから、手入れが十分な事も知っている。……が、その……スキルでも上げたのか?随分と長くて握手しただけで、此方の手が引き裂かれそうだよ」
 と、黒影は苦笑した。
「……そうか……。だが、此れは切る訳にも行かない。其れだけ動かなくても魔力を使えるまさに「ステータス」だからな。黒影ならこんな時、他に如何するのだ?」
 幾ら悪魔とは言え、あまりの時代の違いから黒影から学ぶ事も多く、聞いた。
「僕ならば……ほら、きっと昔の人と大差ないさ」
 と、軽く鍔を持ち帽子を浮かせて微笑んだ。
「そうか……紳士には其れがあった。残念ながら、余る程の時の知恵が詰まった頭でも、紳士の帽子は持ち合わせていないからな。此処は我等悪魔の道理。願いを叶えて「宜しく」と言う事にして頂こう」
 悪魔はそう言うと、マントをばさりと見せ付ける様に翻した。
 時を超えた者が……時を超えた事件を鎮める。
 何も戸惑う事は無い。
 答えは何時だってシンプルだった。
 孤独に悩み苛むならば、誰かの救いを素直に受け止めれば良い。己の弱さや無力さ等も要らぬ。必要なものは、如何に自分に持っていないものを持った仲間を持つか。
 其れもまた、解決法への日頃の備えだ。
「実に面白い物質が生まれているな……」
 悪魔はマントの先を持ち両手を広げたかと思うと、蝙蝠の様に閉じ乍ら回転し、上空に上がった。
 黒影にそう言うと、ケトケトと言う悪魔のあの独特な笑いが換算と静まり返ったオリジナル正義崩壊域に響き渡る。
「悪魔には其れが何か分かるのか?」
 黒影は博識な悪魔ならばと問う。
 見えなかった筈の結合し浮上した物質から黒水晶だけを吸い取っているからか、黒影や皆の身体や大気の渦の様に、キラキラと黒い結晶が光り、悪魔のマントの中に取り込まれて行く。
「さぁ……此れを人間界で如何表するかは私も知らない。だが、これは悪魔にとっては喉から手が出る珍味だ。所謂一種の宗教的なお守りの原石が濁りに濁って、悲鳴や嘆きを閉じ込めている。其れこそ20年間程の間に見事に育って……。其処の麒麟では優し過ぎるのだよ。黒影にとってもだ。蛇には蛇が……一番だよ」
 と、悪魔は言う。
「やはり、20年前の!其れを信仰していた村人達は大量殺人に遭い更に黒水晶を頼った。願いだけでは無かったんだ……。其の悲しみに、悲痛な叫びさえも願いに変えてしまった。願いとは……そんなものであってはならないのにな」
 黒影は目を細め、長い睫毛を下ろし言った。
 願いを受け止めるだけの鳳凰には、其れが遣る瀬無い現実だったのかも知れない。
「…………動くなっ!!」
 悲しむ暇も無い……。其れもまた、もう一つの現実だ。
 黒影は体制を低くし乍ら、ロングコートを大きく広げ即座に地上を睨み付けた。
 犯人の後退る気配を感じ取ったからだ。
「……20年前の事等知ったところで何になる!何も分かっちゃいないんだ!誰も何もっ!」
 犯人は自殺迄覚悟して行った思惑が外れて、激情しきっているではないか。
「先輩に向かってなぁ〜に、言ってくれてるんだ、このすっとこどっこい野朗がっ!」
「サダノブ、幾らなんでも「すっとこどっこい野朗」は無いだろ?」
 と、黒影は犯人でも人権はあると言いた気だ。
「だって、此奴沢山殺して未だ何かしようとした挙げ句に、先輩に八つ当たりだし。そもそも名前も知らないんですか……らぁああーー!って、今、先輩と話してるだろうが、すっとこどっこいがっ!!」
 サダノブは突然ブチ切れ乍ら、黒影を鳳凰陣に押し出し、滑る様に地面に片手を付き、犯人に向き直し警戒した。
「何でも融合するんだな。……良くも悪くも未来は変わっていない……」
 と、黒影も先程までの声を落ち着かせ、犯人を見た。
 犯人は誰も気付かぬ間に、ショベルカーを出現させ、寄り掛かっていたのだ。
 正確な書き方をしよう……。
 犯人は自分と何処かにあると確認しておいたショベルカーを、自分に触れさせると言う融合技を使ったのだ。
 其れは詰まり、重機で無くとも大凡の物はまるでマジックの様に瞬間移動させる事が可能だ。
 もしも……大量の武器を、誰かに融合させただけで意図も簡単に殺しが出来てしまう。
 まるで其れは……暗殺者の様な能力だった。
「サダノブ!見落とすな!」
 黒影は次の瞬間を見落とさまいと、犯人……では無くショベルカーを凝視した。
 一瞬で動く悪魔の動きさえ見破って来た。
 ずっとは無理でも……一瞬は逃さない……。
 そう……目視は出来ないかも知れない。
 けれど僕の影は……動きを鈍くするだろう。
 黒影は己の影をショベルカーの下に伸ばした。
 音も無く……侵食して行くかの様に。
 それでも重機を一気に飛ばす程だ。反動が強すぎて止めるのは容易ではない。けれど、感触ならば分かる。
 影の上で何かが動いたならば。
「……今だっ!」
 黒影は叫んだ。
 サダノブは十方位鳳連斬の中央……鳳凰陣に技を放ち連結させ、高梨 光輝へ向かって地面から生まれ出でる、逆さ氷柱を真っ直ぐに放った。
 ショベルカーは其の巨大な幾つもの逆さ氷柱にスピードを落とす。
「捕まえたぞ、こんのすっとこどっこいがーーっ!!」
 そう叫ぶと追い討ちに氷を鳳凰陣に流し込む。
 高梨 光輝の目前で一気に氷の壁が出来上がり、ショベルカーを包み込み制止させたのだ。
 やっと……予知夢の悪夢が回避された瞬間でもあった。
 黒影は間に合ったのを確認すると、高梨 光輝にこんな事を聞く。
「高梨 光輝さんですね。……何故、貴方は時を止めなかったのです?」
 と。
 すると高梨 光輝はこう答えた。
「過去には戻れないんです。だから、僕は……死んででも、ある人を迎えに行きたかった。死んだからと言って、人が思う様に幽霊になった所で過去に行ける保証も無い。だけど……組織から逃げれば、追われる身。もしも……そんな事を考えただけです」
 黒影は其れを聞き、ある人物を思い出す。
 ……やはり……寄子さんに……。

 其の時であった。
「黒影!此の物質……思い出したぞ!」
 と、上空の悪魔が歓喜の声で言うのだ。博識な悪魔は分からない事に、ずっと先程からやきもきしていた様なのだ。
「えっ?本当ですか!今行きます!風柳さん、高梨さんはもう逃げません。身柄を確保して下さい!」
 そう言って黒影は地上をトンっと軽く蹴り、鳳凰の翼で真っ直ぐ悪魔を目掛けて、上空へ昇った。
「此れとほぼ似た物質がある。しかも「黒影紳士」世界でだ。黒影も良く知っている……hav(ハブ)1024だ」
 と、悪魔が言うではないか。
「あのhav1024か?原液がサダノブの母親のご遺体を腐敗させず閉じ込めた、あの?!」(※season2-3参照)
 黒影は余りの衝撃に聞き返す。
 悪魔は、
「間違いない、私の見立てだぞ」
 と、答える。
「拙い……。此の辺一帯の植物や生物が死ぬぞ!黒水晶だけでは危険かも知れない。念の為、此の辺一帯の大気も変えなければ!」
 そう焦って叫ぶ様に黒影が言った直後だ。
 下で何か騒めき立った声が上がる。
 地上を見ると、能力者犯罪対策課の面々が、犯人を捕まえようとして失敗したのか、辺りに吹き飛ばされていた。
 軽く飛ばされただけで、全員ゆっくり動き出し無事ではある様だ。
 だが、一直線に黒影へ突っ込んで来る姿がある。
 ……犯人だ。黒光する闇色の翼を持っていた。
「まさかっ!正義崩壊域地下都市からの者だったのか!」
 高い能力……そして、其の翼を見た時……「黒影紳士」世界に生き残りを掛けて来た、異動世界領域の方の正義崩壊域の者だと思って聞く。
 だが、答えは違った。
「……残念。其の逆だよ」

「まさかっ!!」
 黒影が犯人の言葉にそう言った時、既に鳳凰の翼はコントロールを失い落下していた。
 犯人と、悪魔の姿に手を伸ばしたまま……一瞬で遠くなる。
 何かの引力でも働いているかの様に下へ引っ張られた。
 羽根先一つ、指先一つ動かしたなら、砕いて持って行かれそうな程に自由が効かない。
 サダノブは落下する黒影を見て走ったが、そんな速度に到底間に合う訳は無かった。
「ぐはっ!……はっ……はぁ……」
 黒影は強いGで引っ張られ背中を地面に強打し、顔を顰めた。
 身体が二度も大きく跳ね上がる程の衝撃。
 車に体当たりされたのと、大差無いだろう。
 苦しがって息を荒げる黒影は翼と共に身を縮め痛みを堪えている。
「先輩――――っ!!」
 サダノブが辿り着いても、如何する事も出来ない。

 ……自分が先輩を護ってこうなったなら、鳳凰陣で回復出来るのに。こう言う時に変われないなんて――!

 サダノブは自分を責めずにはいられなかった。
 其れが、護ると決めた狛犬の定めの様に。
「だいじょ…………」
 黒影はそんな時もサダノブを気にして言った。
 痛みで途切れてしまったが、大丈夫だと言いたいのだ。
「何処が大丈夫なんですかっ!全然大丈夫じゃないでしょ!」
 サダノブは今にも泣きたい震える声で、黒影に怒鳴る。
「五月蝿い……よ。僕の……僕の……口癖……。お前に言って欲しい……」
 其の言葉にサダノブは堪えていた涙をどっと流し叫んだ。
「大丈夫になる!……今から……大丈夫になる!……なるんですよ、先輩!何時もの強がりは?我儘は?俺も加勢します、だから!……だからっ!」
 サダノブは周りに飛び散った羽根を拾い、悔しくて上空を見上げた。
 ツンツンと黒影は力無くサダノブの袖を引っ張り、
「無理だ。相手が悪過ぎる……」
 と、首を横に振るのだ。
 正義崩壊域の逆……詰まり、正義再生域から犯人は来た。
 黒影の知っている「黒影紳士」の空の果てよりもっと上空。
 果てない場所からの未だ力も未知数の、力の制限の無い場所。
 地表と黒影の身体を融合させる事さえ、一瞬の瞬き程で遣り通して見せた。
 一瞬で此の世界が壊れるのも当然だ。
 だけど……認める訳にはいかないんだ。
 はい、そうですかと……此の世界を簡単に崩されてたまるか……。
 黒影は上体を少しだけサダノブに上げさせられ、
「うっ……」
 と、痛みに小さな声を上げたが、サダノブが差し出してくれたペットボトルの甘水を力無く飲む。
 ずっと上空を眺めていた。
 あの悪魔と……同等に戦ってやがる。
 思わず広角だけで微かに荷が笑う。
 創世神が未だ早いと言った、あんな化け物と闘う日がもう来てしまうなんて。
 早く知れて幸運なのか、早く出会ってしまって不運だったのか分からない。
 然し二度もhav1024を作り出したのだ。偶然では無い。意図的に。
 サダノブにはその上空で知った事が言い出せそうもない。
 今……こんなに必死に助けようと、少しでも楽にしてくれようとしているにも関わらず。
 ……何時かは話さなければならないだろう。
 其の日が少しでも後になればと、被害は膨らむだろうに思ってしまう僕も罪人だろうか……。

 そんな迷いにふと水を飲むのを止め、横を向いた。
 先程見た雪柳が悲しそうに……静かに揺れている。
 優しい揺籠の様に……静かな沈黙。

「真実」を見るには、逃げていても無駄だ――――。
 黒影は諦める事を諦める方が楽ではないかと考えた。
 ……僕だって……少しは成長したのですよ……。
 そう、心で白く風を撫でる雪柳に言った。
「美味いな……此の水」
 身体は全く言う事を聞かなくても、其れがせめての有難うだったと思う。
 未だ……諦め悪い……僕で良い。


↓次の第五章 本幕ラストスパートです🎩🌹

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