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「黒影紳士」season3-4幕〜秋、深まりて〜 🎩第一章 楓深まりて

今幕は涼子さんと黒影が出逢った時のお話だよ。

――第一章 楓深まりて――

 プレリュード

「……やあ。また会えて嬉しいよ。」
私が月を見上げていると、歩き辛いこの大地の上をふらふら揺れ動く真っ黒な影を見つけて言った。
 「僕もです。……それにしても歩き辛い……。何とかなりませんか?」
 と、月明かりに入ると、黒影は何時ものシルクハットとロングコートを身に纏い姿を現す。
「……こればっかりはどうにもね……。」

 ……割れた大地の交差点で、また君と出会う……
 何年も変わらない、何時もの安らぎ。
「……理解してくれないと思っていた。」
 私はこの「正義崩壊域」の理りがいつか真実を追う黒影に気付かれるのではないかと、酒を酌み交わす度に一抹の不安を感じたものだ。
「僕が理解出来なかったら、貴方は絶望して必要悪に変わってしまう。僕は其れには我慢ならなかった。唯の我儘ですよ。」
 そう言って笑った。
「有難う……良い笑顔だ。さあ、行こうか。」
「ええ、何時もの所へ。」

 何時もの青い小さなステンドグラスがカウンター横にゆれるバーで、
「何時もの。」
 と、言うとウィスキーのセットとグラスが二つ出てきた。
 「……そう言えば、あの青龍を使うザインって男、何だか初めて会った気がしないんですよ。」
 黒影は以前助けてくれた、大剣を持つ戦わない正義を貫く男が気になって、ウィスキーを一口飲み言うのだ。
「実際には会っていないよ。それはきっと懐かしさだろう?ザインもまた違う世界の者だが、お前が作る「真実の丘」と近しい世界にいる。だからきっとあの丘を見た瞬間に、私から言われずとも「真実の丘」とその世界を作ったお前を必ず護ると分かっていた。」
 と、私はその訳を少しだけ言って楽しい気持ちで心を弾ませながらウィスキーを飲む。
 黒影と世界の話をするのが大好きだから。
「……そうか。……何時か貴方の世界から見える他の世界の景色も見てみたい。」
 私は黒影のその言葉に、内心ドキッとしてグラスを運ぶ手が止まった。
 ……しまった。つい黒影を甘やかし過ぎていたようだ。
 一度気に出し始めたら、真実の探究心から逃れられるかどうか……厄介な事にならなきゃ良いんだが……。
 やはり黒影は私が口にグラスを運ぶ手を止めたのを見て、
「どうかしましたか?」
 と、聞いてきた。……ほら、やっぱり……。
「……考えていただけだよ。……どうも今のお前にはまだ早い気がする。もう少し世界の理りを理解してからだな。」
 と、私は嘘は吐かないがたぶらかす。
「……そうですか……。まあ、貴方が言うのならきっとそうですね。確かにまだ僕は貴方の「正義破壊域」とあの月夜の美しい湖、そして僕自身の「真実の丘」しか知らない。ザインの居る世界はなんと?」
 と、ザインの居る世界の名を聞いて来た。
「仕方無いなあ……何でもお前は知りたがる。そして私はお前を甘やかす。……「Prodigy(プロディジー」……神童と言う意味だ。」
 と、教えてやる。
「何だかんだと甘やかしてくれる貴方が愛しいよ。」
 黒影はそう言って笑った。
「そんなの当たり前だ。私は何年お前達を見ていたと思っているんだ。……そんな言葉はあの可愛らしいお姫様に言うんだな。」
 と、私はそう言いながらも内心、感謝の言葉しかなく、目を閉じて微笑んだ。
「あっ……まだ乾杯もしていませんよ。今日も献杯ですか?」
 と、黒影はハッと気付いて言う。
「否、今日は素直に乾杯にしよう。何だかとても気分が良いのだ。」
 私はそう言って、黒影とグラスを持ち近づける。

「貴方との再会に……」
「愛すべき世界に……」

「乾杯」
「乾杯」

 カランと回る氷とクリスタルグラスの出逢った祝福の音が美しく今日もこのバーに響いていった……。

「……戦う事は間違っていますか?」
 黒影はまた一口飲んで聞いた。
「私から言わせれば間違いだ。特にお前には似合わない。あくまでもそれは愛すべき者がいるならば、最終手段でなくてはならないよ。」
 私は当然だと言わんばかりに、ウィスキーを多めに喉に流し込む。
「ザインにも不向きだと言われたし、自分でもそう思う。僕には過ぎた能力だけど、無かったら死んでいた。」
 と、少し悩んでいる様な顔をして頬杖を珍しく付いてグラスを見詰めている。
「……では、それはお前を生かしたくて出現してくれた能力だと思えば良い。だから殊更、不必要に使うな。お前には洞察力と観察力があるだろう?基本をきちんと使えば回避出来る事もあった筈だ。ザインの龍がまた嘆くぞ。」
 と、私は助言を込めて言ったのだ。
「……また会いたい……。ザインは僕よりかは世界の事を知っている様だ。」
 黒影はそう言って、ゆっくり私を見詰めた。
「駄目だ!絶対に駄目だ。そんな甘えた顔をしても会わせないからなっ!」
 と、私は甘え子を叱り付けるように言う。確かに黒影は四聖獣の一人だ。ならば必要と感じるのも分からなくもないが、私はまだそれを良しとはしてしない。
「……力を求め過ぎだ。……お前には真実が似合う。頼りたいなら仲間を頼れ。それが大事な事だ。」
 私は空いたグラスを黒影に見せた。
「ほら、手酌させる気か?」
 と、笑う。
「失礼。それは僕の紳士道に反する。」
 そう笑って黒影が私のグラスにウィスキーを注いだ時だった。
「……あっ……しまった。」
「こちらも忘れていたよ。」
 私が気付いた時に、黒影もその音に気付き思わず言う。
「……雨ですねぇ。秋の長雨にならなきゃ良いけど……」
 と、マスターがステンドグラスの窓からは見えなくとも、窓を見詰めてそう言った。
「……仕方無い。止むまで待つか濡れて帰るよ。」
 私は諦めてそう言う。黒影は、
「影を使えば多少は濡れないで済む。僕はシルクハットとロングコートがあるからあまり濡れませんが、貴方の美しい漆黒の着物が濡れてしまう……。」
 黒影は自分より私の着物を気にしてくれるようだ。
「これは正絹だからなあ……。」
 と、私は袖をひらひらさせて遊ばせ見ていた。

「ん?誰かくる……。」
 私は気配を感じるなり、バッと立ち上がった。
「え?分かりませんよ。」
 黒影はベルが上についたドアを向いた。
「黒影には慣れ過ぎて、逆に分からないのだよ。」
 そう言って私は微笑んだ。
「苦虫を噛むなよ……黒影。」
 私は笑いながら、その気配の人物が誰か分かると、早く早くと心をときめかせた。
「何です?そんなわくわくして……。」
 黒影は私の嬉しそうな顔を見て、そう言ったに違いない。
「仕方無いだろう?……嬉しいのだから。」
 と、私が言うと同時にベルがカラカラとなり扉が開く。
 真っ赤な着物が見えた。
 私はその人物が入ってくるなり、駆け寄ってハグをして離さない。
「会いたかった!会いたかったよ、涼子さん!久々じゃないか、嬉しくてキスしたいぐらいだよ!」
 と、私は興奮気味に言う。
「おやおや……困った人だねぇ。そんなに飲んだのかい?」
 と、カウンターのボトルとグラスを見た。
「違うよ、まだ乾杯したばかりさっ。涼子さん、あったかいなぁー。」
 と、私は幸せに身を委ねている。
「あれ?涼子さんと知り合いだったんですか?」
 黒影はなかなか私が涼子を離さないので、涼子の方に聞いた。
「ああ、黒影の旦那よりは後に出逢ったけどねぇ。」
 と、言うのだ。そして、
「ほらほら、二人の事だからすっかり忘れているんじゃないかと思って、傘持ってきてやったよ。さあ、泣くのは終わり。久々に会ったんだから、私にも飲ませてくれるだろう?」
 と、余りの嬉しさに涙を流していた私に気付いて、涼子が頭を優しく撫でるとそう言って微笑んだ。
「……うん。飲む!一緒に飲もうっ!」
 私は手を引こうとすると、
「ほら、あんたの傘。」
 と、涼子は黒影の蝙蝠傘と、私の大事な番傘を持ってきてくれて、私はまたも泣き出す。
「よく泣く子だね、あんたは。」
 そう言って、涼子は袂からハンカチを出し、顔を上げると拭いてくれる。
「……何で涼子さんには、そんなに甘えるの?」
 私のがらりと変わった態度に思わず黒影が聞いた。
「……心底、愛してるからに決まっているじゃないかっ!涼子さんも、黒影も。他に理由など要らない!」
 と、私は言ったが黒影は頭が余計混乱したようだ。
「ほら、黒影の旦那にはまだ分からないよ。あんたがどれ程「世界」の全てを溺れちまう程愛してるかなんて。」
 と、涼子は諭す。
「黒影の馬鹿っ!甲斐性なしっ!分からずや!」
 私は涙目でそう言ったものだから、涼子は大笑いをして、
「ほら、座らせておくれよ。あんまりに可笑しな事言うから笑いで倒れちまうよ。」
 と、涼子が言ったので私は慌てて黒影の隣に涼子を座らせ、涼子を挟んだ反対側に自分のグラスを持ち座った。
「涼子さんはあのカクテルだろう?」
 私は嬉しそうに涼子の顔を覗き込み、聞いた。
「勿論。」
 と、涼子は答える。
「ねぇ!マスター!良いでしょう?」
 カウンターに身を乗り出して私は聞いた。
「俺より美味いんだから、仕方無い。」
 そう言って、マスターはカウンターに入る事を許してくれた。
 私は先ずライムを薄い輪切りにし、中央まで切り口を入れるとくるりと回して飾りを作る。
 シェイカーに氷を入れ日本酒45ml、ライムジュース15ml、檸檬は絞って1tspを作り入れると、シェイカーを手に取り腕の位置を整えると伸びた八の字をイメージして上と下につく時に叩く様に振る。
 ここのシェイカーは古いタイプで全体の丸みが少なく、蓋から下に掛けて窄んで真っ直ぐな形をしている。
 だからちょっと変わった振り方になる。始めは優しく中盤は早く後半は整えるのが私のやり方だ。
 カクテル一杯の中には、優しさと激しさと静けさがある。私はシェイカーの中の氷と酒を思うと、きっと踊っているのだと思う。
 カクテルグラスのテイルの下に指を置いて、シェイカーからグラスに注ぐ。
 始めはキラキラとした宝石のような氷の欠片の音がする。シェイカーを回しながらグラスぴったりよりやや下で仕上がる。
 私のオリジナルのライムの飾りを添えて「サムライ」が出来上がった。
それを見るとと、涼子さんはにっこり笑ってくれた。
「今日の「サムライ」も愛情たっぷりいれましたから。」
 と、私も笑って席に戻った。
 柑橘系の爽やかな香りがふわっと広がる。
「……驚いた。こんな特技があったなんて。」
 と、黒影は言う。
「根っからの飲兵衛だからね。」
 と、私は笑った。
「改めて乾杯しますか。」
 黒影が言うので、私は慌てて言った。
「違う、献杯だ。」
 と。黒影は少し考えて分かったようだ。

「未来のろくでなしに……」
「あのろくでなしに……」
「二人のろくでなしに……」

「……献杯」

「……ああ、嬉しい。とても嬉しい。今日も愛しいよ……全てが……。」
 私はほろ酔いになり心地良くなると、二人にそう言って微笑んだ。
「あいつは良い男だった……。粋で颯爽と歩くあの姿……。飾りっ気無いのに振る舞いは美しく、優しく……そして強かった。高い知性に謙虚さも弁えている。とても惜しいよ……。黒影なんてまだまだそれに比べたらひよっ子さ。」
 と、黒影が私にろくでなしを知っているのか?と聞いたので私はそう答えた。
「へえ、全然「ろくでなし」では無かったと言う事ですか。」
 と、黒影は涼子を見る。
「黒影の旦那……冗談じゃないよ。女を置いて逝くなんて勝手な男は皆「ろくでなし」さ。」
 と、涼子は返す。
「……はは、それはご尤もだ。」
 と、黒影は何時も白雪に心配を掛けてばかりだと思い出して、そう言って笑った。

 ――――――――――――――――
 今日の別れは月の綺麗な湖だった。
「……そう言えば、この世界の名を知らない。」
 黒影はその美しい夜の花々や景色を見ながら言った。
「なんだ、勘違いしていたのか。……ここは世界でも領域でも無い。……私の思い出に浸る場所だ。」
 私は涼子が届けてくれた、薄紫に透けた生地の大事な番傘を月に翳した。傘の模様には、仄に赤がさす白いソメイヨシノが散る。
「どうだ?時期は違うが美しいだろう?」
 月が透けて桜が舞う夜……その美しさに黒影は見惚れて言葉が出ないようだ。
「ああ……美しい……。」
 やっと黒影から出た言葉はそれだけだった。
「涼子さんに何であんなに懐くの?」
 黒影は私に聞く。
「……涼子さんはお前のもう一つの影ではないか。」
 私は傘越しの月を見詰めたまそう返した。
「それ、どう言う意味です?」
 と、黒影は頭を傾げて聞く。
「知らなくて良い事もある。……知らぬが仏さ。」
 と、私は無邪気に笑った。

「また月が巡る日に……。」
「……じゃあ……。」
 ――――――――――――――――――――

黒影はその後、何とも酔いが悪かったのか、悲惨な夢をみていた。
 事もあろうか、雨に打たれたアスファルトの上に仰向けで大の字で死んでいる自分の姿を上から眺めている。
 それはバラバラにされていて、目玉はくり抜かれ、両腕は無く、周りには目玉を持った涼子と、両腕を持ったサダノブと、薬指を持った、人体パーツマニアで逮捕した筈の飯田 陽次が立っていたのだ。
「死んだんだから仕方無いよ。結局、黒影の旦那も「ろくでなし」になっちまった。」
 と、涼子が言う。
「先輩……。大事にしますね。」
 サダノブが死んだ黒影に話す様に言う。
「サダノブ、有難う。この恩も、黒影も忘れないよ……。」
 飯田 陽次はサダノブから薬指を受け取ったのか感謝までしている。

 ……なんだよ。嘘だろう?僕が死んだらこんな事になるのか?……こいつらならやり兼ねない。
「あ……先輩、こっちにもいたんだ。」
 夢を上から見ていたら、サダノブが見上げて目が合って言った。
「おや、ここにも良い目があるじゃないかっ。」
 涼子は嬉しそうに言う。
「本当だ。彼方は魂というものかな。……なら、取っても構わないよね。」
 と飯田 陽次が言うと、サダノブは鋸を、涼子は鉈を、飯田 陽次は包丁を持って、三人とも上の視界に手を伸ばして捕まえようと必死になっている。
――――――――――――

「ぅ……う、うわあああ――――!」
 黒影が絶叫して飛び起きた。
 その声を聞いて、サダノフと白雪が心配して飛んで来て、
「どうしたの、黒影!」
「先輩、どうしたんすかっ!?」
 と、サダノブが顔を覗き込むものだから、
「サ、サ……サダッ……ぅわあああ――――――!」
 まだ夢の続きに思えて、サダノブに恐怖し掛け布団に包まって震えている。
「何ですか、先輩?……怖い夢でも見ていたんですか?先輩なら予知夢能力者なんだから、そんなに怖い夢なんか無いでしょうに。」
 と、サダノブは腰に手を当て掛け布団から一向に出ない黒影に呆れて言った。
「ほら、起きたんなら朝飯食いに一階いきましょ。」
 と、サダノブが掛け布団を引っ張ると、
「嫌だ!絶対出ないっ!」
 と、大声で言うのだ。
 一階で待っていた風柳もなかなか降りて来ないので、何かあったのかと気にして二階の黒影の部屋を訪れた。
「どうしたんだ?」
 風柳が聞くとサダノブが、
「聞いて下さいよー。先輩なんか怖がって、掛け布団に包まって子供みたいに『絶対出ない!』とか言うんですよー。」
 と、説明する。
「ちょっと、部屋の隅に二人とも行ってくれるか?心当たりがある。」
 と、風柳が言うので、白雪とサダノブは黒影の部屋の角のパソコン机の横に離れる。
「……おい、勲。聞いてるか?……勲、それはただの悪い夢だ。二人は離したから顔だけでも出しなさい。」
 と、黒影が兄の風柳に甘える時は大概昔の本名で呼び合うので、この方が出やすいと風柳は「勲」と呼んで話し掛ける。
「時次?……兄さん、僕は死んだらバラバラにされてしまうんだ。目玉は涼子さんに、腕はサダノブで、薬指は飯田 陽次が持って行くんだよ。」
 と、黒影は掛け布団から出ないまま泣き言を言い出す。
 それを聞いたサダノブが、
「何ですか、それ!幾ら先輩の腕好きでもそんな事しませんよ!何ですかその心外な夢はっ!」
 と、少しご立腹の様だ。
「サッ、サダノブがまだ近くにいるの?!」
 声を聞いて黒影は余計に、掛け布団を強く丸めてしまった。
 風柳は振り向いてサダノブに静かにする様合図する。
「大丈夫だ。とりあえず、サダノブには外に出るよう言ったよ。だから誰もバラバラにしないだろう?勲、唯の夢だ。安心して顔を見せてくれ。」
 と、風柳は黒影に優しく言う。
「兄さん、本当?」
「ああ、本当だよ、勲。」
 その数秒後……
「時次ー!何で僕だけあんな目に合うんだ、酷いよっ!」
 と、泣きながら黒影は風柳にしがみついた。
「よし!良く出てきた。」
 そう言うなり、風柳は黒影の頭に掌を当てる。
「ほら……やっぱりそうだ。二人共、体温計と何か頭を冷やせるものを持って来てくれ、急いでっ!」
 二人は何が何だか分からないまま一階に行って、慌てて氷枕と氷嚢とタオルを数枚と体温計を持って戻ってくる。
 風柳はそれを受け取ると、黒影をもう一度大丈夫だと言い聞かせながら横にさせて、氷枕を頭を浮かせて敷かせると氷嚢を頭にのせ、
「ほら、またきっと熱のせいだ。測ってみなさい。」
 と、体温計を黒影に渡す。
 黒影は体温計を呆然と見ると第二ボタンまで自分で外し黙って体温を測った。
「ほらやっぱり……。」
 体温計を見た風柳は昔からそうだったので言った。
「幾つなの?」
 と、白雪が聞くと、風柳は、
「39.8°だ。……たまにポーンって熱をだすんだが、大抵そんな時は悪夢に魘されるんだよ。理由は分からないけれど、高い熱に限ってそうなんだ。」
 と、二人に説明する。
 サダノブが心配そうに黒影から見えない様に足元に寄ってしょんぼりした犬の様だ。
「勲、全部熱のせいだ。心配要らない。もう落ち着いたか?」
 と風柳が聞くと、
「うん。……多分。病院行かなきゃかなぁー。」
「そうだな。まだ診察時間じゃないから、それまでゆっくりしてなさい。もう、サダノブも大丈夫だろう?」
 と、黒影に聞くと、
「……うん。」
 と、答えた。サダノブはその返事に慌てて黒影の横に行く。
「俺、腕切らないですから。生の方がいいっすから。あの、なんか欲しいもんとか必要な物あったらバイクすっ飛ばして買ってきますから……!」
 と、慌ただしく言うものだから、黒影はサダノブの頬に手を当て、
「大丈夫だよ。」
 と、言って小さく笑う。
「ほら……大丈夫だってさ。風邪だったら移るといけないから離れて様子見だな。時間になったら車を出すから、大人しくな。また寝るときっと悪夢だから、病院で熱冷まし貰うまでは出来たら起きていなさい。分かったね、勲。」
 風柳は優しく三人に言った。
「はぁーい。」
 と、サダノブは仕方無いとパソコンの椅子に座って、少し遠くから様子を見る事にした。
「お粥なら食べれる?」
 サダノブの横にスツールを移動し、そこに座って白雪が聞いたが、
「ごめん……まだ食欲ないや。有難う。」
 と、黒影は言うだけだ。
「久しぶりだな……こんなに、熱だすの。」
 と、黒影はぼやく。
 白雪はそれを聞いて、
「サダノブが何時も黒影の腕にしつこく付き纏うからこうなるのよ!」
 と、白雪はサダノブに言う。
「ええ?俺?……だって予約済みで良いって……。あーでも俺のせいかなぁ……。」
 と、しょんぼり言った。
「あはは……別に関係ないよ。夢だったんだから。それより心配掛けてごめんね、二人共。熱冷まし貰ったら直ぐに治るよ。……ああ、仕事が詰まっていくなぁ。サダノブ調整出来そうかな?」
 と、真っ赤な顔で汗も酷いのに、仕事の心配ばかりしている。
「もうっ!きっと過労ですよそれ!注意して下さいって言ったじゃないですか。……いつか過労死しちゃいますよっ!」
 そう言ってサダノブは一階に不機嫌そうに降りて言った。
「……って、言われてもなぁ……。なかなかこの街は眠らせてくれないよ。だから稼げるんだけどさぁ……。」
 と、サダノブが出た後、ぼんやりと天井を見て黒影は言った。
「……何か息抜きでもあれば良いのにね。」
 と、白雪はそんな黒影を見ながら何かないかなと思いながら言う。
「……遠くもなかなか行けないし。……近場の息抜きか……。」
 黒影は寝たくなくて起きて話してはいる。
 暇なので近場の息抜きでも考える事にした。
「紅葉狩り……行きたいなぁ。車内からでも良いから窓をいっぱい開けて……澄んだ空気を沢山すって、お土産買ってさぁ……。」
 と、黒影は言う。
「……そうね、落ち着いたら行きましょう。」
 白雪は、気分だけでも少し元気になってきたようなので、良かったと微笑んだ。
「……今日は流石に珈琲は無理よ。白湯でも持って来るわ。」
 そう言うと、黒影が頷いたので白雪は部屋を出て白湯を作りに行った。
 ――――――――――――――――

「過労?」
 診察室から出て来た黒影は、風柳に話し、風柳は心配して聞き返す。
「うん。……最近の睡眠時間とか職務時間とか色々聞かれて、『それで疲れない方がおかしいんだよ。』って、少しお医者に怒られて来ました。今回は軽い過労で気付いたから良かったみたいです。放っておいたら、強制入院でしたよ。」
 と、黒影は気力ない顔で薄ら笑い風柳に詳しく話した。
「暫く、休業じゃないか?」
 と、風柳が言う。
「そうせざるを得ないですね。僕が過労って事は、多分サダノブも、近い状態かも知れません。……はあ、駄目な社長だ。部下の健康も考えてやらずに、自分が先に過労になるなんて……。」
 と、黒影はまだ熱のある額に掌の甲を当てて情けないと思いながら話す。
「先の事件の寝不足と、何時もの倍の山の様な事務処理……寝たかと思えば戦っていたんだ。その後も結局、小さい依頼で飛び回っていたからな。一日で取れる疲れじゃなかったんだよ。涼子さんに相談して、こちらは少し休みにしよう。「たすかーる」が臨時休業を取りたい時は、後で「夢探偵社」が休みを預かれば良い。……ビジネスパートナーだろう?話せば分かってくれるよ。」
 黒影は呆然と考えながら、
「時次は涼子さん好き?だから連絡したいんだ。」
 と、言ってニヤけて風柳を見た。
「馬鹿な事を言ってる場合じゃない!刑事は忙しいって言っているだろう?さっ、さっさと病人は薬貰って帰るぞ!」
 と、風柳は軽々と黒影を背負って車に向かう。
「サダノブと同じ扱いしないで下さいよ……。」
 と、黒影は力無いがクスッと笑っていた。
 ――――――――――――――

黒影は風柳邸に戻ると、自室に篭りボーっと天井を見上げていた。窓の色硝子が反射して天井をキラキラと彩り揺れている。
 バイクが到着した音が聞こえた。
 サダノブでも穂でも無い。……このエンジンとマフラーの音は散々、勝負をしたマシンの音。
 ……涼子さんだ。
「黒影の旦那はっ!?」

 黒影が窓を開けて庭を見ると、血相を掻いて涼子さんが、サダノブと白雪に事情を聞いているようだ。
何だか騒がしくなる予感は感じたが、まだ熱冷ましが効いていないので、下に降りる気力も無い。
 すると、涼子が黒影の部屋の窓を見上げて、黒影が見ていた事に気付く。
 黒影は薄い笑顔で、涼子に手を振った。
「何だい、随分ふらふらじゃないか。」
 涼子がそう言って、暫くすると見舞いに来てくれたようだ。
「すみませんね。……みっともないところをお見せして。」
 と、黒影は窓の外からの風に当たりながら言う。
「そんなの気にすんじゃないよ。旦那と私の仲じゃないか。……で、サダノブとお姫様はどうするんだい?良かったら私が預かろうか?」
 と、言いながら花瓶に花を生けてくれる。
「大丈夫です。風柳さんと話したんですが、少しサダノブにも無理をさせていますから、休業します。……最近、大きな事件は無いですが、治安が……少し悪くなってきましたね。……大きくなる前に止めたい。……今は休んでる暇は無いって分かっているんですがね。」
 と、黒影は少し悲しそうに言った。
「小さいうちは、あたいが逃しはしないよ。黒影の旦那には旦那にしか出来ない事件がある。「たすかーる」で十分対処出来るよ。安心して寝て、早く元気になる事さね。」
 そう言うと、涼子は部屋を後にしょうとしたので、
「涼子さん。……傘も、今日も……いつも有難う。」
 そう、言って黒影は朗らかに笑う。
「……やっぱり、黒影の旦那には笑顔が一番だよ。」
 そう言って涼子も笑うと部屋を出て言った。
「……やっぱり……優しいんだよなぁ。」
 あまり理解されないが、黒影には涼子は優しい人に見える。言い方と、悪戯が過ぎるだけで、律儀に慌てて見舞いにも来てくれるような人なのだから。

 ――――――――――
黒影はふらつきながら一階に降りる。
「サダノブ、予定の調整はどうだ?」
 そう言いながら、黒影はサダノブのタブレットを覗き込む。
「ちょっと!何、起きて来ているんですか?!早く寝てて下さいっ!」
 と、サダノブは黒影が心配で言った。
「ああ、それもそうなんだが。多分、調整しきれないだろう?……分かっているんだ。急だが休業する事にした。サダノブもここの所、戦いっぱなしだったからな。涼子さんが引き受けてくれるそうだ。
 すまないが、休業の知らせだけお得意様に送ってくれ。」
 と、黒影はサダノブに伝える。
「何日間ですか?」
 サダノブは黒影に聞いた。
「ああ……二日だ。それ以上は涼子さんの「たすかーる」に最近の治安を考えると迷惑を掛け過ぎてしまう。サダノブもゆっくり穂さんのところで休むと良い。」
 と、黒影はサダノブの肩に手を置く。
「何時もポンって軽く叩くだけなのに、今明らかにしんどくて置いてますよねぇー?分かりましたから、大人しく寝ていて下さい。」
 と、サダノブは注意した。
「私は黒影が心配だから、側でお世話掛かりするわ。」
 と、白雪は黒影について二階へ戻って行った。
「なぁ、サダノブ。」
 風柳がサダノブを呼んだ。
「何でしょう?」
 サダノブは不思議そうに聞いた。
「あれでも、黒影はサダノブの体調の方を気にしているみたいだ。自分と同じぐらい働かせてしまったから、申し訳ないと思っているんだよ。」
 と、風柳が言う。サダノブは、
「だから怒っているんですよ。また人の心配ばっかりするから。それに風柳さん、僕はこれでも先輩より若いだけが取り柄なんですから。穂さんの管理もあるし、心配いりません。」
 と、言うのだ。その言葉に風柳は思わず、
「あれ?もしかして穂さんの悪戯、知っていたのか?」
 と、客室兼サダノブの部屋が「たすかーる」の隠し監視カメラだらけに穂がしているのに気付いているんじゃないかと、聞く。
「……悪戯?ああ、あの心配でーすの大量カメラでしょう?全然気にした事無いですよ。お陰で穂さん、メールで「早く休んで下さい」とか、「明日は朝、早いから連絡します」とか送ってくれて助かってます。ちょっとだけ変わった愛情表現ですけど、俺は助かってますし、安心します。」
 と、サラッとサダノブは答えた。
「ちょっとかあー?随分変わった愛情表現に思えるが……まあ、本人達が幸せなら良いか……。」
 と、風柳は少し呆れながらも、この二人の歪んだ愛情表現に、頑張って理解を示そうと心に思うのだった。

🔸次の↓season3-4幕 第二章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。