マガジンのカバー画像

【短編】旅の言葉の物語

489
旅の途中に出会った言葉たちの物語。 ▼有料版のお話のみを20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 こ… もっと読む
運営しているクリエイター

2019年9月の記事一覧

リバティ・アイランドで聞いた「チャレンジの敵は安定」という話

 二度目のニューヨークの時には、自由の女神があるリバティ・アイランドまで渡った。ボートが島に近づくと、乗客が一斉にカメラを構える。私も当然その一人。女神を見上げていると、人の作った巨大な像が、どこか心の支えになることが実感として分かるような気がした。  リバティ・アイランドに来ると、ここに来た記念に証明書を発行してもらえる。せっかくなので証明書の手続きをして、それから島の中を歩き回る。予約をしていなかったので、女神の中には入れずに足元をうろつくだけ。予約をしていれば、頭の部分

犬吠埼の波の前で聞いた「何一つ正解をもたないように生きる」という話

 獣医を辞めてから、行きたかった場所を訪れてみようと思い、足を向けたのが犬吠埼だった。三月に千葉に向かう電車には人が少なく、よく晴れた青い空から、座席へとまっすぐに光が差し込んでいた。  電車の揺れに身を任せていると、過ぎ去った無数の言葉が、脳内を浸透するように埋め尽くす。浴びた言葉、浴びせた言葉。そのどれもが、もう存在しないはずの出来事を、写真のように鮮明に脳裏に映し出す。 「三年やれないやつはどこ行ってもダメだ」 「あの子の仕事は信頼できない」 「他の子だったら、もっ

ニューヨークのブルックリン橋の下で聞いた「夢に好かれる生き方をする」という話

 ブルックリン橋から見える空は青かった。初めてのニューヨークで、この巨大な橋は「やれるだけやったらいいんじゃない?」って笑いかけてくる古い映画のポスターみたいに、届きそうで届かない偉大さを感じさせた。  橋が見える芝生に腰を下ろすと、平日にも関わらずたくさんの人が思い思いに過ごしていた。リュックに頭を乗せて、寝転んで空を見る。風の音と人の声とが、心地よいようで少しだけ痛ましい。来るだけなら誰でもできる。その先へ行くには、どうしたらいいだろう。  早い息づかいが聞こえて顔を

タンザニアの町、キルワで聞いた「自分たちだけの旅をつくるということ」の話

 私の初めてのライター仕事であり、初めてのアフリカでもあったタンザニアの旅は、キルワが最後の町だった。キルワ・キシワニ、ソンゴ・ムナラという遺跡群が世界遺産として登録されている。遺跡のある島にはボートで渡る必要があり、渡ってはみたかったが、一人で船に乗って渡るだけの勇気がなかった。島に着いてから襲われては、どうしようもない。遺跡については必要な情報を得るだけにして、新しくできたゲストハウスの取材に向かう。遺跡は別の機会にしよう。海岸沿いは強盗が多いと他の町でも聞いた。海辺を歩

瀬戸内海のお店で聞いた「愛情とは相手を分かろうとすること」という話

 初めて広島に行った帰り、一日だけ予定に空きがあったので、四国まで行ってみることにした。といっても日帰りで四国に降り立つだけ。「初めて」という響きには、気持ちを高揚させる何かがあった。  フェリーで香川に着くと、目の前に小さな飲食店があった。夫婦で営む店で、ランチメニューのカンパチの刺身は、身がみしみしと締まって沁みるようにおいしかった。 「あっちを片付けろって。ったくトロイんだから」 「今、やってるから」  ランチ時間が過ぎていて、私しかいない店内で、夫婦は小さな口ゲン

バルセロナのアトリエで話した「あなたの夢がすべて叶いますように」という話

 バルセロナでの三ヶ月のギャラリー滞在中、私は、ギャラリー内のロフトのようなところに泊まっていた。トランク一つと作品用の紙だけをもってきた、最高にミニマムな生活。穴が空いた靴下を繕いながら使って、それでもほとんど不自由はなく、むしろもっと少なくてよいくらいに感じていた。  洗濯機がなかったから、洗濯はいつも手洗いだった。ストーブをつけると広いギャラリーもすごく乾燥したため、ロフトの部屋の入り口に服を干していると、水がしたたる状態からでもすぐに乾いた。洗っているうちに白いセータ

お姫さまみたいな女の子に「嘘つきと呼ばれた日」の話

 王子駅の近くに飛鳥山公園がある。住んでた家から近かったこともあり、気が向くとカメラをもって自転車で遊びに行っていた。何度か通っていると、公園によく遊びに来ている女の子と仲良くなった。小学校低学年くらいだろうか。彼女は歌手になりたいと言い、よく公園に歌いにきていた。「ひとまえで、うたえるようにならないといけないでしょ」彼女はそう私に教えてくれた。  彼女は私のことを「たまちゃん」と呼ぶ。「たまちゃんは大きくなったら、なにになりたいの?」と聞かれ、すでに十分に大きい私は「どう

アフリカの町で聞いた「一番の願いごとは手に入らない」という話

 タンザニアに、バガモヨという町がある。ほとんどの人が、この町の名前を知らないまま一生を過ごすに違いない。二〇一一年、私が地球の歩き方東アフリカ編の取材で訪れた町だ。タンガからダルエスサラームを経て、バガモヨへ。移動の多い一日で、取材資料も入って大荷物になったバックパックを抱えてのバス移動に、疲れ果てていた。宿泊先を探すために歩き回るけど、最初に訪れた宿は予約でいっぱいだという。外国人が経営する海岸沿いの宿は高い。だけど、英語が使えるから現地の正確な情報が入りやすいのも確かだ

タスマニアの町で会った男性の「亡くなった妻が本当にしたかったこと」の話

 シドニーから渡った一月のタスマニアは肌寒かった。空港ではタスマニアの自然を守るために自然物の持ち込みが厳しく制限されている。私はシドニーから一本のバナナを持ってきていて、「今すぐ食べるから、捨てるのは皮だけでいい?」と訴えるけど、あっけなく「ノー」と言われて貴重な食料を手放すことになる。節約に節約を重ねた貧乏旅行だったし、食べ物を捨てるのは好きじゃないので、聞かずに食べてしまえばよかった、と後で後悔した。  薄いピンク色の屋根が薄紫になった夕暮れの空に美しい。ローンセストン

スペースシャトルの前で聞いた「同じ熱量で見る夢」の話

 二〇一三年十二月、本物のスペースシャトルが見られると知り、ロサンゼルスのカリフォルニア・サイエンス・センターへ行く。宇宙服が見られるエリアやエンデバーがここに運ばれるまでのビデオなどを見た後、いよいよシャトルのある部屋へ。  宙に浮くように展示されたエンデバーは、思ったより大きかった。これほど大きなものを宇宙に飛ばすなんて、人間は考えることが壮大だ。汚れのせいか、くすんだような色になっているエンデバーを、私はいろんな方角から見上げる。 「おっと、Sorry」  真上を

ロサンゼルスのベンチで聞いた「理想が叶わない時に見直すこと」の話

 なんかの成功法の本にあった。理想の自分がしている生活を始めることで、理想が自分のもとに引き寄せられてくると。でも、理想というのは、今現在は叶っていないもののことだ。それを今の自分が、本当に叶ってるみたいに振る舞うことができるのだろうか。  バス停の椅子に座っていると、年のいったおばあさんに話しかけられた。「ここ、あと三十分はバス来ないわよ」レースの多いふわふわした服を着て、それが体型をさらに球体に近づけている。スマートフォンを器用に操ってバスの待ち時間を見せてくれた。ロサ

ルーマニアのスーパーで起こった「四回目の奇跡」の話

「おおー、また会ったな!」  道の反対側から声をかけられ、私も彼にならって大きく手を振る。埃まみれの白い馬車が通り過ぎるのを待って道路を横切ると、私よりも三倍くらいは横にサイズがありそうなおじいさんが、両手を広げて迎えてくれる。 「またコーラ買いに?」 「そうそう」  ルーマニアのシギショアラに、大型のスーパーは一つしかない。買いだめをしない私は頻繁にスーパーに通っているので、同じ人に何度も会うことがある。  学生の頃にアメリカに渡った彼は、最近になってルーマニアに戻

ルーマニアで会った女性と話す「優しい自分に戻る方法」の話

 教会の写真を撮ろうと思って肩から下げたポーチからアイフォンを出すと、羽の折れた鶴が一緒に出てくる。尻尾を引っ張ると羽がパタパタする鶴で、いつでもプレゼントできるようにと持ち歩いているものだ。折れた羽を整えて動かしてみるが、バランスが崩れてしまったようでうまく動かない。そんなことをしながら橋の上で立ち止まっていたら、反対側から来た女性に話しかけられる。 「ハロー、すみません、シタデルってご存知ですか?」  ダークレッドのスーツケースを片手にした彼女は、きれいな英語でそう言う

コペンハーゲンの川沿いで聞いた「毎日二人で丸を書き続けた時」の話

 コペンハーゲンは川の多い町だ。五月にはすでに暑かったが、水着で川に飛び込んでいる若者も多くて驚く。水のある町が好きだからコペンハーゲンは歩いていても気分がいい。一眼レフを胸にかけながら歩いていると、巨大な鳥がのんびりと羽ばたいているのに出くわすことも多くて、やっぱり驚く。大都市でありながら自然も多い町だ。  国旗のはためく華やかな通りの近くを歩いていると、写真を撮って欲しいと声をかけられる。二人組の女性だ。一人は大きな黒いサングラスをかけている。大きいカメラを持っているせい