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「夜の案内者」生きている海

 列車が鳥の町を過ぎてしばらくしてから「乗車券を細く切って、ティルクと一緒に埋めてきた」とアサは言った。
列車が切り離せたとして、自分たちがいなくなった後、鳥たちに列車や線路が見えるのか、ネズミは気にかかっていた。乗車券の一部が町に残っていれば、彼らは列車や線路を認識しつづけられる。事実、自分たちが町を離れる時も、彼らには遠ざかる列車が見えていたようだった。
 列車が次の駅に停まると、アサはすぐに町に向かわずに、線路の上に立った。砂漠に背を向け、海に向かう。海の色は絵の具のように青い。線路のすぐ下まで海の水が来ているのに、砂に浸み込んでいく感じはない。足で線路の間を蹴ると、線路の下には平たくて固い石があった。不安定な砂の上に線路が乗っているわけではないようだ。この石のおかげで、砂漠と海が分けられているのだろうか。
 アサは砂を両手いっぱいに掬って、海に落とす。砂は粉が溶けるように青い海にまぎれて、すぐに見えなくなった。青すぎる海には波がほとんどない。アサは線路に座って、海の中をのぞき込む。しかし、海の青は濃く、不透明で、中を見通すことはできない。
 アサは膝をつき、線路を掴んで落ちないようにしながら身体を伸ばし、食堂から持ってきたスプーンで海の水を掬う。青い水が銀のスプーンの上で生き物のように揺れ踊った。スプーンに変化はないようだ。匂いもしない。アサはスプーンを傍らに置いてから、右手の小指を立て、海にゆっくり近づける。万が一、何かがあっても小指だけなら大きな問題にはならないだろう。海に指が近づくほど、心に虫が這うようにざわめく。この海は普通じゃない、生きている。
「アサ、行きましょう」
 ネズミに声をかけられた時、アサは自分が大量の汗をかいていたことに気づいた。手を引っ込め、スプーンをその場に残したまま、線路脇に置いておいたバックパックだけを抱えてネズミの後を追う。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

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