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木村花氏は「誓約書」に縛られ、事務所にPRのためSNSを使うよう頼まれていた件

▼女子プロレスラーの木村花氏(22歳)が、フジテレビの「テラスハウス」視聴者からの暴言を浴びて、自殺と見られる死を選んだ事件について。毎日新聞が重要な記事を二つ掲載していた。

▼一つめは、2020年7月5日付。

〈「テラハ」出演 故 木村花さんの母/「スタッフにあおられ…」告白受けた〉

〈3月末、花さんはリストカットした写真をSNSにアップ。その後、SNSのアプリを自身のスマホから消し、見ないようにしていた。だが、所属するプロレス運営会社がSNSによるPRを花さんに依頼し、再びSNSを気にするようになってしまったという。

▼木村花氏は、SNSのアプリをスマホから消すことによって、自分の心と体の健康を守ろうと考えていたのだろう。しかし、自分の健康より事務所の意向を優先したようだ。

このプロレス運営会社は「スターダム」という会社である。

この会社のウェブサイトを見ると、2020年7月13日現在、木村花氏のページは、あたかも生きているかのような紹介文になっている。木村花氏が亡くなってから、表記を変更したのかどうかは知らない。訃報へのリンクなどは見当たらなかった。

▼もしもスターダムが、SNSにおける業界のPRを頼んでいた木村花氏に対して手厚いメンタルケアを施していたとしたら、その経緯を細かく公開することが、どの業界にとっても「ここまでやっても、守りきれなかった」という、次の犠牲者を出さないための貴重な教訓になるだろう。

もし、ろくなメンタルケアをしていなかったとしたら、筆者にとっては、この会社についてとくに知りたい情報はない。

▼スターダムに関しては、東京新聞の2020年7月9日付で以下の記事があった。

〈(テラスハウスは)〉好きな番組で、当初は出演を喜んでいたという花さんだが、プロレスの練習や試合もある中での撮影は過酷。送迎のタクシー代やハウスでの食事代は原則自腹で、所属していた事務所の協力はなく、出費がギャラを上回る時もあったという。

この記事の見出しは〈誓約で出演者に過大責任/「テラスハウス」出演 木村花さん死去/賠償リスクで辞められず

▼二つめは、7月10日付の毎日新聞から。「テラスハウス」の「誓約書」の内容について。見出しは

木村花さん急死「テラスハウス」/フジ誓約書 出演者束縛/「全て従う」「無条件賠償」/識者「非常に不公平」/番組側ケア 求める声

念のため確認しておくと、「契約書」ではない。「誓約書」である。

▼その内容を一言で要約すると、木村花氏にとって「無防備極まりない」内容だ。客観的にみれば、「非道」という表現がしっくりくると思う。木村花氏の誓約書には、

〈私は、本番組収録期間中のスケジュールや撮影方針(演出、編集を含みます)及び待遇等本番組を製作及び配信・放送するために必要な一切の事項に関して、全て貴社らの指示・決定に従うことを誓約します〉

と書いてあった。

〈さらに、誓約条項に違反し放送・配信が中止になった場合、1話分の平均制作費を損害の最低額とし、「これを無条件で賠償する」と記載している。〉

▼さて、なぜこの誓約書に、「スターダム」はゴーサインを出したのだろうか。

▼フジテレビは、演出を〈「無理強いはしていない」「感情表現をねじ曲げるような指示はしていない」とし、「演出とは段取りなどのことで、スタッフの言うことを全て聞かなければならないということではない」と強調した〉そうだ。

この一文を読んで、筆者は笑ってしまった。もし、裁判で負けないための技術ではなく、本気でそう思っているとしたら、フジテレビの「演出」観は、なんと貧弱なものだろうか。

▼また、以前にも書いたが、登場人物の印象など、「編集」でどうにでも変えることができる。フジテレビは、現実から甚だしく乖離(かいり)した言い訳をしている。

▼木村花氏の母親の響子氏は「パワハラやセクハラの加害者の論理と同じ。加害側が『無理強いしていない』という感覚でも、被害者側は違う」と反論している。

東京新聞7月9日付でも、フジテレビの言い分に対して「賠償まで約束させられて撮影をやめてくださいと言えますか」と反論。〈花さんが撮影中に号泣し、中断を申し出てもカメラを止めてくれなかったといい、「花は『スタッフは信用できない』と追い詰められていた」と明かした。〉

「賠償まで約束させられて撮影やめてくださいと言えますか」という一言に、魂が込められている。

自己責任至上主義者は、「だって賠償すれば撮影やめられるんだから。自分で誓約したんだから。拒否しなかったお前のせい。はい、自己責任」とうそぶくだろう。

世間に定着してしまったこの卑しい自己責任論は、所詮、「強い者の論理」である。

この論理を使うのは「強い者」だけではない。弱い者もまた、自分が弱いという現実を認める勇気がないために、強い者の論理の皮に隠れて、身を飾れば、このつらい人生をやり過ごせると錯覚して、この論理を使うのかもしれない。

そして、強い者もまた、じつはまったく強くないのだが、それらはまた別の話だ。

▼木村響子氏は、花氏がスタッフから、出演者をビンタするように言われたと証言しているが、その証言をフジテレビは否定している。人を殴るプロが、素人相手に手を出すわけにはいかない。その程度の常識すら、フジテレビのスタッフは持ち合わせていなかったことが、この証言からわかる。

花氏を追い詰めることになったSNSの人身攻撃の発端は、完全にフジテレビの「演出」であり、「編集」であり、「やらせ」だった。フジテレビの演出が、花氏を追い詰め、スターダムの要請が、そのSNSを花氏に見させた。

だからフジテレビの当事者たちは、法人は裁判で負けるわけにはいかない、という「合理的」な判断のもとに「合理性の奴隷」となり、「演出」を否定するしかないのだろう。

▼この毎日新聞の記事は、リアリティーショーの出演者には、すべからくメンタルケアが必要だと訴えているが、そのコメントを発するのはリアリティーショーに出演したことのある当事者のみ。たとえば精神科医など専門家のインタビューが、関連記事のなかに、なかなか出てこない。

毎日記事に出てきた当事者もまた、プロレスラーだった。この人は、「一生のうちに、これほど多くの『死ね』という言葉を浴びることはないだろうなと思った」というほどの罵詈雑言(ばりぞうごん)をブログで浴びた。しかし彼はいい番組スタッフに守られたようだ。

▼筆者は2020年5月27日に、「ショー・マスト【ノット】ゴー・オン:日本の「リアリティー・ショー」はタレントを守らない件」というメモを書いた。

▼リアリティーショーがらみの自殺が相次ぐイギリスやアメリカと比べると、日本の出演者のメンタルケアは遅れている。それは、この「誓約書」を読めばよくわかる。

もう一度書くが、「スターダム」の担当者は、この、SNSという暴力の海が荒れ狂う時代に、この「誓約書」が意味する内容を、十分に理解していたのだろうか。類稀(たぐいまれ)な「商品」の価値を死守する術は尽くしていたのだろうか。

報道によると、木村花氏は、フジテレビからも、ネットフリックスからも、「テラスハウス」のスタッフからも、所属事務所の「スターダム」からも、守られることはなかったようだ。

▼これからも、リアリティー・ショーで一旗揚(ひとはたあ)げようと思う人は、たくさん出てくるだろう。できることなら、筆者はその人たちに、番組が原因で死んでほしくない。

他の生き方があるはずだ。別の道があるはずだ。少なくとも、出演者を人間扱いしない慣習と法体制しかない現状で、その道を選ぶなら、今はそういう現実なのだということを知ったうえで、自分のいちばん大切な人とじっくり相談してからにしてほしい。

会ったこともない人間の人生の暇つぶしのために、自分の人生をつぶされる必要はない。

(2020年7月14日)

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