『ルポ 不法移民とトランプの闘い』を読む

▼読売新聞ロサンゼルス特派員の田原徳容氏が書いた『ルポ 不法移民とトランプの闘い 1100万人が潜む見えないアメリカ』(光文社新書、2018年)。「あとがき」に、著者の持っていた仮説が、現実を知ることによって修正されていった過程が簡潔に描かれている。

アメリカにはDACAという制度がある。〈幼少期に家族に連れられ米国に入国し、不法滞在となった若者の強制送還を免除する措置〉(300頁)のことだ。これがアメリカの移民問題を考えるうえでのキーワードの一つだ。

〈取材を始めた当初、2つの違和感が常に交錯していた。/ひとつは、不法移民の強制送還、さらに移民の排斥・削減を主張するトランプ大統領の執拗な移民政策への違和感。自身もドイツ系移民の子孫であるトランプが移民を狙い撃ちする心理や、この国の経済や文化を下支えする移民の存在を否定する振る舞いは理解しがたいものだ。そしてもうひとつは、法律に違反する不法移民を保護する声の広がりに対する違和感。国や法律、一定のルールといった枠組みのようなものが曖昧になり、秩序がなくなるのではないかという懸念があった。/それが、取材を重ねて様々な立場の移民たちの話を聞くうちに、「この人たちが米国にいて、誰かのためになることはあっても、誰かを困らせることはない」と思うようになった。/酪農場の労働者、公立学校の教員、ハリケーン・カトリーナからの復興作業を担う建設作業員ーー。前向きに生きるこうした人たちを、積極的に排除する必要があるのだろうか。/トランプが撤廃を求めるDACA(不法移民の若者の強制送還を免除する措置)の資格を持つメキシコ人女性の言葉が、心に刺さった。「国籍、立場、事情に関係なく、米国に今いる人間が、米国で生きる機会を無下(むげ)に奪われてはならないと思う」/現場に足を運ぶにつれ、ひとつ目の違和感がさらに強まり、もうひとつの違和感が薄れていくのを感じた。ただ、違和感が完全に消えたわけではない。〉(375-376頁)

▼アメリカ、カナダ、メキシコで、20カ国以上から集まった移民をはじめ合計150人ほどに取材した本書には、じつにさまざまなライフストーリーが詰まっている。

〈「不法滞在は駐車違反みたいなものだ」/1年半に及んだ取材で2回、不法移民からこの言葉を聞いた。その心は、「見つかれば不運。ばれなければ大丈夫」というものだ。不謹慎かもしれないが、「なるほど」と思った。/だが、踏み込んで考えると、不法滞在は駐車違反ほど悪質ではないような気がした。/駐車違反の一斉摘発は、交通妨害など市民生活への迷惑を解消するために行われる。では、不法移民の一斉摘発はどうだろうか。駐車違反の車両で動けないように、不法移民がたくさんいると誰かが具体的な迷惑を受けるのだろうか。邪魔な車をレッカー移動するように、労働力を提供し税金を支払う人たちを強制送還するべきなのだろうか。/不法移民を守るという米国人の感覚は、人道的というよりも、普通に暮らす隣人に対する友情みたいなものに思えてきた。それが、移民社会の米国が培ってきた寛容さなのだろう。「不法滞在になったのは仕方がない。では、不法ではないようにすればいい」というのは、アリなのだ。DACAはまさに、そういう考えから生まれたものだ。受け入れと排除の歴史を繰り返してきた米国には、杓子定規に法律を適用するだけでは解決しない事情を熟知している人がいる。〉(376-377頁)

取材に協力してくれた人々に対する、著者の〈不法、合法を問わず、誰もがどこかで不安なく生きられることを祈りたい。〉という一文が印象的だ。

▼本書に記されたアメリカの現実は、日本の未来でもある。日本の民主主義を考えるためには、形而上(けいじじょう)でも、形而下(けいじか)でも、移民の問題は避けて通れない。現在の日本にも〈杓子定規に法律を適用するだけでは解決しない事情を熟知している人〉がたくさんいる。その人たちの努力に感謝し、頭を下げて知恵を学ぶ官僚と国会議員が増えれば、日本の移民政策はいい方向に大きく転換することができるだろう。
(2018年11月25日)

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