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Novelber 2019

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綺想編纂館(朧)さま主催の "Novelber" イベントで書いた短編小説です。 一日一作、全部で三十作品書きました。 企画説明ツイート: https://twitter.co… もっと読む
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記事一覧

Novelber で書いた各作品について、ツイキャスでコメントや裏話のようなものを語りました。
https://twitcasting.tv/inami_akira/movie/582901917
Novelverの作品まとめ: https://note.com/p_achira/m/mb30d2ceaf011

Novelber 30th—根雪のひと

 彼女は無垢な人だと、皆が言う。すべてを包み込む汚れない魂。
 なだらかにまるい体と心。 
 まるで雪のように儚くて純粋な。

 思うにそれは、絵葉書の雪景色を語るようなものだ。
「白魔」と呼ばれるべき特質も、正しく彼女は持ち合わせていた。
 雪のように儚くて純粋。雪のように冷たくて残酷。
 それもまさしく、自然現象を思わせる無自覚さで。

 彼女の心には雪が降り続けている。
 ひとひらひとひらは

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Novelber 29th—君から聞こえる

「ただいまー、寒かったあ」
「おかえり。ピザまんがいい」
「……どうしてそれを」
 クシャクシャとコンビニのレジ袋が音をたてる。
 チヒロの声はほんとうに表情豊かだと思う。ふふ、と笑ってしまった。
 思わず漏れる笑みというのはどんな顔になるのか、自分自身では絶対に確認することができなくて、でも、チヒロが「いいよな」って言ってくれるから、きっといいものなんだろう。
「ま、とりあえず入って。食べながら

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Novelber 28th— 家いちばんのおはなしやさん

 ナターリヤ、どうしたの? 新しいおはなしが聞きたい、ですって?
 三びきのくまも、バーバ・ヤガーも、すっかりそらで言えてしまうのね。
 読めるご本も全部読んでしまったのね。

 そうね、それなら、ペチカに聞いてごらんなさい。
 家のなかでいちばんたくさんのおはなしを知っているのは、なんといってもペチカなんだから。
 そんなにふしぎそうな顔をしないの、ナターリヤ。考えてみればあなたにもわかるはずよ

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Novelber 27th—ケーキのたね

 ななこちゃんはケーキがだいすきです。
 チョコレートケーキも、フルーツタルトも、モンブランも、チーズケーキも。
 なかでもいちばんすきなのは、いちごののったショートケーキ。

 じゅうにがつのはじめのにちようび。
 しんせきのひとがケーキをもってあそびにきてくれました。
 ななこちゃんがえらんだのは、もちろんいちごのショートケーキ。
 ケーキのうえに、ぎんいろのつぶがきらきらひかっています。
 

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Novelber 26th—銀世界の手前で

 秋晴れに冬の白さが透けている。
 薄い雲には空気と光と果樹の色が揺蕩っている。
 ロシアン・ブルーの冷たい被毛が肌を撫ぜては逃げていく。
 広々とかわいた公園で小さな青が駆けている。ぱちぱちと擦れるたびに発光する、110cmのフリースジャケット。
 桃のように繊細な血管をもつまるい頰。焼きたてのパンのように軽く、白く、はずむ息。
 走る。転ぶ。走る。しゃがむ。拾う。投げる。拾う。集める。
 風を

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Novelber 25th—君の初霜

「ねえ、起きて、早く早く!」
 興奮した声が飛びこむ。
 せっかくの休日、まだ布団の中でぬくぬくしていたい頃合い。
「なに……」と本心より二割増し眠そうな声で答えた。
「雪が降ってた!」
 指先が僕の頰をぺしぺしと叩く。まさか外に出ていたわけではないだろうけど、冷たい。
「まだ、雪が降るような時季じゃないけど……」
 毛布を頭まですっぽりかぶって、攻撃を防ぐ。
「ほんとだって! 来てみてよ!」
 

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Novelber 24th—獣脂蝋燭は焼肉みたいな匂いだった。

 角煮を作ろう。
 そう思って豚バラブロックをフライパンで焼いたところ、際限なく油がしみ出してきた。
 豚肉は程よく焦げ目がついて表面も固まり、なみなみと油がのこった。
 始末に困った私は考えた。
 そうだ、獣脂蝋燭を作ろう。

 中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジー小説ではよく登場する獣脂蝋燭。
 高級品の蜜蝋と対比して語られる、粗末な品。燃やすといやなにおいが立ち込めるとは聞くものの、調べて

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Novelber 23rd—冬闇の供

 底冷えの夜には訳もなく、土にぐずりつく早すぎる霙のような情けない涙を軋む心身が求める。
 仰向いて沈んでいく胸元に組み合わせた手には甘く熱いアルコオル。
 ある時は蜂蜜の融ける黄金のホットウヰスキー。
 ある時は気紛れに直視しないままの調合によるグリューワイン。
 ある時はホットミルクとマシュマロを加えた賢しらな顔のモーツァルト。

 夜は更けていよいよ自分の淀みに酔い痴れても掌には熱が保たれな

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Novelber 22nd—凍てつく歌

 生きとし生けるものみな眠りに就くこの長き夜。
 透けるかと見紛うほどの白馬が凍土に蒼き跡を残す。
 手綱を引く冬将軍。その姿は苛烈に麗しく。
 白銀の髪は靡き、追って鋭く霜は煌めく。
 真白の大地を見晴らし災厄を討つは彼女が業。
 清き芽吹きを、実りの土を、春姫君へ継がん為。

 戸を閉めよ、窓を鎖せ。 
 彷徨える「眠り損ない」は声を騙りて人を呼ばう。
 戸を閉めよ、窓を鎖せ。
 白き腕が氷柱

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Novelber 21st—明日は貝を買って帰る日

 重い荷物をがんばって持って帰ってきたのに、ボクは今、怒られている。
「わたしも君も、お酒はほとんど呑みませんよね。どうしてこんなに買ってきてしまったんですか」
 ボクが正座して、キミが立っているから、キミがすごく大きく見える。膝の上に抱えさせられた瓶が重い。
「解禁日だったから……です」
「それは知っています。君のことですから、つい浮かれて買ってしまうのは仕方ないでしょう。……でも、なぜ……」

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Novelber 20th—クラゲを助けた日

 波の下にも都がございましょう……。
 平家物語に出てくるその台詞が真実かどうかはわからないけれど、波の下にも橋はあった。

 肌寒い潮風の吹く浜辺での散歩中、浜辺にひっくり返って乾きかけていたクラゲを海に戻してやったら、ほどなくして仲間を大勢引き連れて戻ってきた。
「オ」「レ」「イ」「ス」「ル」
 海面に出た丸い頭を虹色が走る。一匹につき一文字が割り当てられているんだろうか。
「ノ」「ツ」「テ」

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Novelber 19th—寂しがりたがりの君へ

 日が暮れたね。ほんのしばらく前までは、光が波に反射して眩しかったのに。
 空の底に沈殿しているオレンジ色も、ゆっくり夜に拡散していく。
 君はまだ海を見ているね。
 ねえ、いつまでここにいたい?
 ……光がみんな去ってしまうまで?
 ふふ。それなら永遠にここにいることになってしまうよ。
 太陽が沈んで残光がすっかり掻き消えてしまったら、月や星が輝くもの。
 たとえ雲が厚くてその光が届かなくてもさ

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Novelber 18th—こねこのミルクちゃん

 あたし、ミルクちゃんはたった今、「出生のヒミツ」に気がついてしまった。
 ミルクちゃんは昔、まるい毛糸玉だったのだ。

 なにがあったかっていうと。
 ユーナと遊んであげようとしたら、ユーナはむつかしい顔してこまこま手を動かしてて、ママが「だめよミルクちゃん、アミモノのじゃましちゃ」って言ってミルクちゃんをよそに持っていこうとしたからミルクちゃんはぴょいっと逃げて、それからまわりをパトロールして

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