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『パンダになってみたかった』

 森の近くでパンダの子どもが遊んでいました。パンダはコンコンと鳴いていました。
「パンダくん、風邪をひいてしまったのかな。これをお飲みなさいな」と、通りかかった親切なおじいさんが薬をあげました。パンダの子どもは、それを飲むとコンコンと鳴くのが止まりました。
 その子は実はパンダではなかったのです。パンダに変身していたコンキーという名のキツネでした。一昔前、この国に初めてパンダがやって来て大ブームとなって以来、キツネやタヌキたちもパンダに化けるという遊びが流行していました。今でもパンダはたいへんな人気者。コンキーもパンダになりたいと憧れていたのです。

 日も暮れて、お家に帰る時間になりました。コンキーは頭の上に乗せていた木の葉をはずしましたが、元のキツネの姿には戻れなくなってしまいました。「困ったなあ。このままパンダの姿のままで、お家に帰るしかないなぁ」と不安そうな顔を浮かべて森の中へと歩いていきました。

「たいへんだ、逃げないと」コンキーは帰り道で猟師にばったりと会ってしまいます。キツネたちは、いたずら者だと思われているので人間に見つかると鉄砲で撃たれてしまうのです。しかし、猟師は撃ちませんでした。
「なんだ、パンダの子供か。かわいいなぁ」と言って見逃してくれました。パンダの姿のコンキーは家へ急ぎます。
 ところが、家に着いたコンキーは中へ入れてもらえません。「かあさん、僕だよ!」とコンキーは言いました。
「パンダのこどもなんて、生んだおぼえはありません」コンキーのおかあさんは家のとびらを閉めてしまったのです。しかたなく、コンキーは町へ行きました。

「わあ。パンダだ。かわいいなぁ」と町の人たちは大喜びで、コンキーはすぐに人気者になりました。コンキーは、本当はキツネだということは秘密にしたまま、町ではパンダとして暮らしていました。

 ある日、コンキーが久しぶりに森の中を散歩していると、美しいキツネの女の子に出会います。コンキーは、メギツネさんにひとめぼれしてしまいました。
「ぼくのお嫁さんになってください」コンキーは思いきってメギツネさんに言いました。
メギツネさんは「パンダくんのことは大好きだけど、わたしはキツネだから、やっぱりパンダよりもキツネの男の子と結婚したいから、ごめんなさい」と断られてしまいます。
「パンダに変身しているけれど実はぼくはキツネだよ」と言うと、メギツネさんは「おもしろい冗談ね」と笑うばかりでした。
「本当なのに……」とくやしがるコンキー。
「ほんとうはキツネだって言うのなら、キツネの姿に戻って見せて。あなたは、ただのパンダでしょ。それに、わたし、好きなひとがいるの。最近、見かけなくなったコンキーという男の子。町に行ったみたいだから、帰ってくるのを待っているのよ」とメギツネさんはうちあけました。それを聞いてコンキーは驚きました。どうしていいかわからず町へ戻ります。

  町に着いたコンキーは木の葉を使ってキツネの姿に戻ろうとしていろいろとがんばりましたが、残念ながらパンダの姿のままです。
 コンキーは、もう一度、メギツネさんに会いたくて森へ行きました。メギツネさんが湖の端っこにたたずみながら水を飲んでいるのが見えます。
「なんて美しいのだろう……」と見とれていると、ふと遠くに嫌な気配を感じます。木陰から猟師の鉄砲がメギツネさんを狙って、今まさに撃つところです。

「あぶない !」と叫ぶとコンキーは、メギツネさんの前にすばやく飛び出して行って自分が盾になりました。ズドーンという音ともにパンダの姿のコンキーは地面に崩れ落ちます。
「しまった。町の人気者のパンダを撃ってしまった。みんなから叱られてしまう」と猟師は慌ててどこかへ姿を隠しました
「メギツネさん……早く、今のうちに逃げて」
「パンダくん、どうして助けてくれたの?」
「だって、ぼくはコンキーだから。そして、君を愛しているから。ぼくは、人間にもらった薬を飲んでしまってパンダに変身したまま戻れなくなっていて……、パンダとしての人生も楽しかったさ」無理に笑顔を浮かべながら、コンキーはゆっくりと目を閉じました。
「パンダくんがコンキーだったなんて。目をあけて、しっかりして、コンキー!」
メギツネさんの涙が、倒れたパンダの上に落ちます。

 「ぼく、生きている……」しばらくするとコンキーは目をあけました。ひどい怪我でしたが、どうやらパンダになった丈夫な体には、致命傷にはならなかったようです。
「コンキー、わたしもパンダに変身したらよいお嫁さんになれるかしら?」というとメギツネさんは木の葉を探しはじめます。
「そんなことしなくても……。パンダは、もうこりごりだよ」とコンキーは笑いました。
コンキーはキツネの姿に戻れることはなかったけれど、メギツネさんとふたりなかよく暮らしましたとさ。

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