事故の日-2

(1があります。その続きです。小説ではありません、実際の出来事です。)


先輩の車に乗り込んだが、向かうアテがない。どうにかして病院を知る方法は…と考えた。事情を知っていそうなのは、彼を泊めてくれるはずだった後輩の男の子だろう。だが連絡先を知らなかった。そこで思い浮かんだ、私の同期の男の子に電話をしてみた。しかし、連絡先は分からないとの事だった。

どうしようどうしよう。結婚することになって、彼の家に挨拶に行ったけれど、お義母さんにはまだ一度だけしか会っていなくて、連絡先を知らなかった。あぁこんなことならあの時聞いておけば良かったと本当に後悔した。

残るのは職場だ。教えてくれない可能性もあったが、今日の当直は異動前の部署の上司だったのでまだ話しやすいし、私は婚約者だ。それくらい教えてもらってもいいはずだ。職場に電話すると、上司は静かな声で話してくれた。私を心配しているような、だけどなんだか、話して良いのか複雑に思っているような…そんな声だった。それで私は搬送先の病院を知った。

先輩の車で急いで病院へ向かった。まだ分からない。今頃大怪我でICUで処置を受けているはずだ。きっとそうだ。道中ずっと、喉にピンポン玉が詰まっているみたいに息が苦しかった。

病院に着いて、夜間出入り口に飛び込んだ。救急の入り口はこの隣だと言われて、またそこから飛び出して隣へ走った。そこには現部署の上司と、彼とその日一緒だった友達、その奥さんが居た。1時間前に死亡確認されたと、上司に告げられた。

どうしようもなかった。先輩が横でぴったりとくっついて手を握ってくれた。

時刻は2時。事故から2時間半近く経っていたが、まだ彼の家族に連絡が付いていなかった。こういう時、付き添いで駆け付けた友達も上司も遺体に会うことは出来ないのだ。遺体の確認はとにかく家族が必須だ。職場から実家へ連絡するも真夜中だからか繋がらず、部長が彼の実家へ向かっているが、入り組んだ集合住宅地で家の場所が分からないとのこと。そこで私は、上司に一万円を渡されタクシーで彼の実家へ向かうよう言われた。

タクシーの中で母に電話をした。「どうだった、どうだった」と聞く母に苛立った。死んだ、なんて言いたくなかった。濁して伝えようとしたが「大丈夫なの?!」などと言うので益々腹が立った。死んだの!!死んだんだよ。金切り声で話した。

死んだんだ…死んだなんて。死ぬってなんだ。死んだ、死んだ、死んだ…頭の中が死という喪失感で支配された。死ぬということはどういうことか、理解していた。もう戻らない。生き返ったりしない。この世にいない。生きていない。そういうことだ。分かっているけれど、飲み込めないというか、そんな感じだった。身体の芯から冷えて、震えが止まらなかった。

彼の家の場所は私もうろ覚えで、深夜3時は本当に真っ暗で団地の中で迷子になったがタクシーの運転手さんは何も言わずに私の言うほうへ車を進めてくれた。そのうちに職場の事務員さんに出会ったので、そこでタクシーを降りた。

事務員さんに案内されて家の前まで向かったが、インターホンを押してもお義母さんたちは出て来ず、どうしようと言っているところだった。車で5分のところにある彼の祖父の家を知っていたので、私はそちらへ向かった。しかしそこもインターホンを押しても応答はなかった。3時半にようやく警察が来て、義母と義弟が出てきたと連絡があり、再び実家へ戻り義母達と病院へ向かった。

車の中で義母に「どういうこと!?」と問われたが何も言えなかった。私と電話をしていた直後に事故に遭ったのだ。私と電話をしていなければ、喧嘩なんかしていなければ、電話もなかったかもしれないのに。返事を出来ずにいたら義母は「ねぇどうして」と畳み掛けた。私のせいだと言えなかった。部長が「忘年会の帰りに歩いて帰っていて…」と言った。

病院に近付くにつれて、ますます体が冷えていくようだった。病院に着いてしまったら、死んでしまった彼と会わなければいけない。怖かった。病院に着いて、義母と弟は救急入口へ走っていったが私は待合室に入るのも躊躇った。「はやく」と部長に促されて中に入った。

「ご家族はこちらへ」と言われて義母と弟は別室へ入っていった。私はついていかなかった。するとすぐに看護師さんが出てきて「婚約者の方」と呼んだ。私は返事をしなかったが、看護師さんは「家族の方は中へ」ともう一度言った。私は首を横に振った。すぐそこに彼がいると思ったからだ。「嫌、会えない」と声を絞りだし、完全に腰が引けて逃げようとした私に「大丈夫、中で待つだけ。まだ此処には居ないから」と看護師さんは言った。

彼の事で頭がいっぱいの中、ひとつだけ他に思っていたことがあった。お腹の中に赤ちゃんがいることだった。私たちはいわゆる出来ちゃったというやつで、義母に妊娠を打ち明けていなかった。彼は年明けに母に伝えたいと言っていたから、義母は妊娠を知らなかった。伝えなければという思いだけで、別室へ入ってすぐに「赤ちゃんが…」と呟いた。それだけで精一杯で、文章にならなかった。

すぐに他の兄弟と義父もやってきた。義弟はわんわん泣いていた。義母もどうして、なんでと泣いていたが私は涙も出なかった。死んでしまった彼が向こうの部屋に居るんだと思うと息が詰まった。どうしよう、と思い浮かんではどうしようもできないんだ、と思うの繰り返しで、他に何も考えられなかった。室内でダウンコートを着ているのにいつまでも手は冷たかった。

こわばった表情だったのか、顔色が悪かったのか分からないけれど、看護師さんが近付いてきて手を握ってくれた。きっと他にたくさん仕事があったと思うけれど、長く側に居て寄り添ってくれた。

5時頃、母が来てから私は別室のベッドへ横にさせてもらった。母が来て、ベッドに横になってようやく涙が出た。泣いている私を見て看護師さんはホッとしたみたいだった。

カーテンの向こうで、人が出入りする音がしていた。しばらくして男の先生と警察の人が「検死結果が〜…」と話し始めたが、間髪入れずに看護師さんが「向こうで!」と止めに入ってくれた。心遣いが有り難かった。

みんながようやく彼に会えたのは6時前、

私が会いに行ったのは6時半頃だった。





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