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「つくね小隊、応答せよ、」(伍)




「…で?娘は、食われたのか?」

夜の闇の中で、仲村が訊く。

「ああ、そうだな。食われた。おそらくは、そのもぐらみたいな感じじゃねえか?」

清水がモグラを顎で指し示す。先程食べたモグラの骨の残骸が、地面に転がっている。背骨に肋骨に骨盤。

すると仲村は、そのモグラの骨に手を合わせ、なんまんだぶなんまんだぶ、と神妙につぶやいた。

「おい、清水、その、台詞とか、描写とかは、ほんとに昔話そのものなのか?昔話っていうよりまるで活動写真みてえじゃねえか」

渡邉が身を乗り出して清水に訊く。活動写真とは、映画のことである。

「いや、細かいとこは、俺が考えた。多分昔話のままだと、狒狒に食われました、で終わり。でもさ、人が一人食われんのに、はい、食われました、ってちょっと簡単すぎるよなって、ずっと子供のころから思ってて」

清水は、眼鏡を外し、帽子でレンズを拭きながら答えた。渡邉が感心したように何度も頷いて、清水、お前話す才能あるぞ、と言う。清水は唇の端で小さく笑う。ありがとう、という意味らしい。

「いや、しかし、学徒よ、その話を子供の頃に聴いてたら、おれはさすがに眠れねえぜ。今の俺でも怖い。だから、その、学徒ちゃん、今夜、その、お隣よろしいかしら、あたい怖いの」仲村が清水にすり寄る。

「学徒じゃねえ、清水だ。あと、お前との添い寝は狒狒に食われるよりおぞましい。やめろ近寄るな、いやまじで近寄るな、いや、これはまじで言ってる」

「しかし、狒狒の昔話なんてあんまり聴いたことねぇなぁ、それ、どこの昔話なんだよ」渡邉が腕組をして、興味津々に訊く。清水が仲村を手で追い払いながら答えた。

「静岡だ。実際にこの見付天神は、静岡にある」

「え?ほんとにあるの?!実話?!すごいじゃん!っていうか、え?学徒、おまえ、生まれは静岡?」と、仲村がすこし興奮している。

「いや、生まれは長野だ」

すると、渡邉がなにか気づいたように膝を打つ。

「あ、なるほど、さっきの狒狒たちが唄ってた、しんしゅうしなの。信州信濃、つまりは長野に関係あるんだな?この昔話」

「そう。どっかの食いしん坊おバカちゃんと違って、渡邉はちゃんと話を聴いてるな。そうだ、この昔話は長野に関係がある」

「学徒、おまえ、だあれが水も滴るいい男やねん、あんまり褒めると俺、調子に乗るぜ?」

仲村がそう言うと、清水は彼を無視して話を続ける。

「そして弁存は、狒狒たちの唄の中の“はやたろう”という人を探して、信州信濃まで赴いた。そして、出会う人々に、訊いてまわったそうだ。“はやたろうという方をご存知ないか?”って」

「無視かよ…。いやでも、そりゃそうだよなぁ弁存さん。目の前でさ、俺が助ける!って言った娘を食われるんだからなぁ、辛かったよなぁ。そりゃ、はやたろうを探すよなぁ」

仲村がしみじみと言い、清水が頷く。

「そして信州信濃を歩きまわり、やがて、光前寺という場所にたどり着いた。そして、寺の前の通りの茶店でも、客たちに訊いてまわったそうだ。“はやたろうという方を探しています、知りませんか”って。あ、ちなみに、この通り沿いに俺の実家があるんだよ」

ふたりはほんの少しだけ飛び上がり、前のめりになった。仲村がわくわくした顔をする。

「え!学徒の家の近くに弁存さんいらっしゃったの?すげえじゃん!」

清水は続ける。

「そしたら、茶店の客が、なんと、“はやたろうを知ってる”って言うんだよ」

「え?よかったじゃん!よっ!弁存!」

「…おい、仲村、おまえ歌舞伎じゃねえんだからいちいち合いの手みてえな感想入れてくんなよ、あんまりうるせえと、もう話さねえぜ」

清水がそう言うと、仲村は唇を針と糸で縫う仕草をして、押し黙った。渡邉がそれを横目でちらりと見て、“さ、続けてくれ”というように清水を見る。








「お坊様、はやたろうを探しておるんか?」


「そうだ。はやたろう殿を探しておる。ま、まさか、ご、ご存知か?」


「あー、そりゃ知っとります。すうぐそこの、光前寺におりますぞ」


「ま!まことか!光前寺に?いやぁありがたい!」


「いやでも、お坊様、はやたろうは、その、、」


「ん?ど、どうかなされたか?」


「いや、お坊様の口ぶりじゃと、はやたろう殿と言っておるから、人を探しとるじゃと思うんじゃけど、わしの知っとるはやたろうは、その…」


「ん?」


「その、わしの知っとる、はやたろうは、“犬” なんじゃ。犬の早太郎、なんじゃ」




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