夏の夜の、部屋の鯨の、小さな秘密。


夜中に目覚めた。
天井を、鯨が泳いでいた。

子犬くらいの大きさの鯨。私は何度か、まばたきをして、ぼおっと鯨を目で追う。カーテンの隙間から差し込む街灯を浴びたり、暗闇に紛れたり、そうやって鯨はゆるやかに泳ぐ。

鯨は、私をちらちらと横目で見下ろしながら、何度か周回して、キッチンの花瓶のところへゆったりと泳いでいく。私は目をそらさずに、鯨を追う。花の匂いを嗅ぐように鯨は花の周りをしばらく泳ぎ、キッチンカウンターを越え、冷蔵庫の方へ鼻先を向ける。そして、どっっぷうぅんと尾びれを大きくうねらせて水を蹴り、コンロの下の方へゆっくりと移動した。キッチンカウンターの下の方へ行ったので、ベッドからは見えなくなった。

天井に視線を戻し、枕元にあるエアコンのリモコンを探し、スイッチをいれる。

ピーピピッ
っすっおおおうおおおんぅっとぅっ すっ

と、エアコンが稼働し始める。まるで、海底遺跡の古代の乗り物に数万年ぶりにスイッチが入るみたいに。

ゆっくりと、涼しい風が部屋に行きわたる。体も徐々に放熱し、ひんやりしてきた。

眠ろうとして目を閉じた。
けれどもすぐに目を開ける。
喉が乾いて仕方ない。
仕方なく台所へぺたぺたと歩いてゆく。

冷蔵庫から水を出し、コップに注ぐ。ゆっくりと水を飲む。砂漠の砂に染み渡るように水が吸収されていくのがわかる。飲み干すと、一息ついてシンクにコップを置き、ベッドに戻る。すると、

どっぷぅぅうううんっ

と、プールの中で水を大きく蹴るような音がした。音の方を見ると、シンクからベッドの方へ、さっきの鯨が泳いでいる。

私がベッドに座ると、鯨は私の周りをゆっくりと泳ぎ、会釈をしてきた。

私も会釈を返し、「こんばんわ」と、言う。

鯨は、泳ぎながら深くお辞儀をして、「寝苦しい夜だよねぇ。」と、しみじみと言う。

たしかに。と私は呟いて、「夜のお散歩ですか?」と鯨に訊く。

鯨は何度も頷いて、
「そうだよぉ。ナイトクルージング。」と、ゆっくりと答えた。私は、へぇ、と言ってうなずく。眠い。

「あ、ごめんねぇ、眠りのお邪魔しちゃってさ。あのさぁ、ちょっと頼みがあるんだよなぁ。」鯨はそう言って、またどっっぷううんと尾びれで水を蹴り、天井の方へ昇る。

「はい。なにかお手伝いできることであれば。なんでも。」

「ありがとね。ごめんねぇ。ちょっとさ、窓開けてくれない?あ、網戸も開けてくれないかな?」

あ、はい、と言って、私はベッドに横たわり、手を伸ばし、窓を半分ほど開ける。ご近所さんたちの室外機の音と、もんわりとねっとり熱い空気がなだれこんでくる。まるで出来たてのベッコウ飴のような夏の空気。私はすこし顔をしかめて鯨を見上げ、

「こんな感じでどうですか?」と確認した。

鯨は、ごめんねえ、ありがとうねぇ、ぼくが出てったら、もう閉めていいからねぇ、ごめんねぇ、こんな夜中にねぇ。と何度も謝って出て行った。

あ、はい、いえいえ、お気をつけて。と私が言って、窓を閉めようとすると、窓の外から小声で鯨が言った。


「くすぐったいってあるでしょ。

ぼくのお腹に、よくサメ達がいるじゃない。

あそこだけ実はとっても柔らかいんだ。

だからね、

あそこをツンツンされると

くすぐったくて、

その時が、ぼくは動くのが一番早いんだ。

みんなには内緒ね。」


私は、少しだけ考えて、あ、はい、わかりました。と言って窓を閉め、タオルケットを抱きしめ、眠った。















はい。
そのとおりです。
シモーヌさんのはじはじ企画参加作品ですわい。

ね、夏、熱いですね。

と言いながらも、僕はエアコンとかあまり好きじゃないので(本当は大好き。)扇風機とか夜風で充分なんだけどもねぇ。なんかこう、ほら、「え?今このタイミングでそれ暴露する意味ある?」みたいなことってあると思うんですけど、本人にとってはおおアリだったりする場合ってありますよね。うん、まぁ、とくに落ちとかはないんですけどね。

ほら、旅先での珍味とかさ、そういう感じで摂取してみてほしいのです。例えば、カミキリムシの子供って美味しいらしいんです。お年寄りは子供の頃、焚き火とかする時に競って食べたそうですよ。でも、カミキリムシじゃ、満腹にはなりませんよね。ちょっと食べるのが美味しい、みたいなのってあると思うので、なんかほら、そういう感じですよ。ね。ほら。




企画は明日までじゃよ!



もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。