ピープルフライドストーリー (38) 断崖 (ショートショート)

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…………………………第38回

       断 崖

            by 三毛乱

 青い空と青い海。上天気の日。
 29才の彼女は、死ぬ為に断崖の上に来ていた。彼女は、20才になってからは、ほとんど良くない事の連続だった。
 両親が病気と事故で亡くなり、その後の父親の借金の発覚、天涯孤独の如くの身となり、なんとか入社した会社では、残業・休日出勤・上司からのパワハラ・セクハラ・同僚からのいじめ、正体不明者からのストーカー行為、恋人からの六股をかけられてしまった末の恋愛の破局、アパートの隣室からの寄声・騒音、アパートの自室の幽霊の出現による恐怖、アパートの自室の空き巣による被害、住み替えたアパートへの覚醒剤使用運転手によるダンプカーの突入、投資話にまんまと騙されての巨額の借金……………
 もう息つく暇もないくらいに、次から次へと、いろんな災難が降り注ぎ、彼女の心はボロボロになっていた。そして、とうとう自殺の地として有名な断崖に、半ば思考停止状態のままに来てしまったのだった。
 靴を揃えて、その脇に少ない文字での遺書も風に吹き飛ばされないように置いて、あとは断崖から飛び出すばかりとなった。
「本当にもう……疲れたわ……」
 彼女は少し距離をとって助走をつけてから、崖の端からポンッと空中高くへ身を飛び出した。
 すぐに落下してグングンと海面が迫って来ると、ある事がここで起きた。
 彼女は身をクルリと、頭と脚を近づけて1回転させた後に、揃えた手から頭、腰、脚が、綺麗に海の中へと突入していった。
 落下していく中で彼女の躰が思い出していたのである。中学2年までの3年間、水泳教室で何回かプールへの高飛び込みをやった経験があった事を。
 その時はまあまあの出来だったのだが、それ以後やっておらず、20代に苦痛の時期が連続していた為に、10代に水泳教室で習っていた事など頭ではすっかり忘れていた。たが、躰自身は憶えていて、今の場面でとっさにオリンピック選手のような躰の回転を加えての高飛び込みが出来てしまったのである。それも最高の形の演技の飛び込みが図らずも出来てしまった事を、彼女は海面に頭がぷかりと現れたのちに先ず驚きとともに不思議に思った。
 そして、そんな彼女の頭の中では、オリンピックのような水泳大会の高飛び込み競技での電光掲示板が点灯して100点満点を輝かせていた。観客席の大歓声音も頭の中を響き渡った。
 彼女は誰もいない周囲の海の中で笑顔の表情となった。

 それ以来、彼女は自らを殺める選択はしなくなったのだった。


                終 

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