ピープルフライドストーリー(49) ベッドから玄関扉が見える部屋、そして新年への簡単なご挨拶。(コントふう小説?)

…………………………第49回

   ベッドから玄関扉が見える部屋
       そして
    新年への(簡単な)ご挨拶

            by 三毛乱

 あるマンションの4階に住人がいるのは一部屋だけだった。変哲もない部屋にはベッドが置かれている。昼間のその部屋のベッドの上では裸の若い男女による、今まさに官能小説に描かれているベッドシーンと同じような行為が行われていた(だが、作者はここではそれが眼目ではないので、それを期待している読者は、早急に官能小説の方へ移られる事をオススメしたい)。
 裸の男女が組んず解れつしているベッドでの行為を山にたとえると、7合目を過ぎて8合目に差し掛かろうという頃合いだった。コンコンと玄関ドアを叩く音がする。男と女、ドアを見た。
「…ん?」と、男が声を出した。
 女が何か言葉を言おうと口を開きかけると、ドアを

  ギュギュイーン、ギュイーン
 ガガガガガッ

 と、チェーンソーで荒々しく切り開けてゆく音が響き渡る。
 男と女は度肝を抜かれた瞬く間の後に、チェーンソーの歯の凶暴な動きと音が、増大で急激な戦慄を彼らに与え続けた。そのチェーンソー自身が、なんとか出入り出来る程の穴をドアの中央より下に開けた。チェーンソーを持った男の顔が一瞬うっすらとチラッと見えると、女は急に恥ずかしさを感じて、すぐに毛布で隠して、胸から下を見せない様にした。チェーンソーを持つ男は顔を見せず、口元だけを穴に近づけて言った。
「ちわーす。どうも~。ピザの宅配してる者です。いつもご愛顧してもらって感謝してま~す。今日は今までの感謝と更なるこれからの御贔屓と新年への挨拶を合体させた様な、まあサプライズ的なモノをお客様に与えてみようと思ったりしちゃったりして……、まぁそういう訳で楽しんじゃって下さいね。どうでした? 楽しめました?」
 ベッドの上の男女は、頭の整理がつかずに無言のままでいた。
「また新しい年になっても良い年にして行きましょうね。お互いにね。じゃ、失礼しま~す」
 チェーンソー男の遠ざかる音がした。
 ベッドの男女はまだ放心した様に一言も発しなかった。
 すると先程の足音が小走りで近づいて来るのが聞こえた。
 男女はまたギョッとなり、身構える気持ちになった。チェーンソーの歯がガツンッとドアにまた当てられた音がした。

  ギュイイイーン
     ギィガガガガッ

 男女は更なる恐怖の顔となった。と、凶暴凶悪チェーンソーの動きが止まった。
「いや~、何か穴の形が不格好だったので、何か気になっちゃって戻ってきてしまいました。アハハハハ。俺ってそういうところあるんですよ。職人気質っていうか、あーてぃすてぃっく的っていうか何ていうかね、まぁとにかく少しはカッコイイ穴にしときましたからね。まあ芸術的ではない気も存分にしちゃったりしてますけど。あ、それと、これ忘れてた」
 とチェーンソー男が言って、何か小さな紙を穴から部屋に投げ入れた。
「俺の連絡先、電話番号です。この扉の弁償はしますから。後で連絡下さい。俺ギャンブルで勝ち続けているんですよ。ロト6も当たるし、この分じゃ宝くじも、でかい当選額当てるような気がしちゃっているんですよ。まぁ、何かファンタジーの世界に入っちゃってる気がするんですよ。俺はね。お客さんもそう考えてみて下さい。ほら、鶴だか孔雀だかコウノトリだか雀だかを助けると、機織りした着物だとかお金のざくざくの恩返しみたいな話があるでしょ、昔から。お客さんもそう考えて下さい。お客さんがある行為をしたから、この俺がこうやってチェーンソーを持ってやって来たと。みんなこの世界は繋がっているんですよ。いや、もしかしたら、お客さんが何かしなかったから俺が現れたのかな……。ほらほらいろいろ考えて下さいよ。選挙の投票をしなかったりとか、お金を拾っても交番に届けなかったりとか、妊娠してもさせても責任を取らないとかね、そういったやらなかった行為の積み重ねみたいなモノが、積もり積もって今の俺を出現させたのかも知れないですよ。アハハハ。まぁ、ファンタジーでもいろんな種類があると思いますけど、ダークファンタジーが嫌いだったら御免ナサイですけどね。とにかく、俺、一億円ぐらい簡単に手に入る気がするので、高額の扉買っちゃって下さい。その請求書を俺に送り付けて下さい。じゃあ、失礼しま~す。良いお年を!」
 チェーンソー男去っていく。
 無音になる。
 残された男女は全く安心していない。また直ぐにチェーンソー男がやって来るのかと思っていた。
 それでも、少しずつ少しずつ、チェーンソー男が戻って来ないと確信が湧き、安心感が増して来て、漸く口を開く気になった。
「…なんなのよ、あの男」
「…そうだよな、あの男……、本当にピザの宅配やってるのかなあ、ちわーすとか言って、蕎麦屋の出前持ちか、米屋か何かのご用聞きみたいな、古くさい挨拶みたいなのを言ってたし……」
「警察にすぐに電話しなくちゃ」
「ちょっと待てよ。…もうちょっと考えてからにしよう…」
「え、なに考えてから電話するのよ」
「う……ん、いろいろだよ」
「え、何を……」
「………」
 男は考えてみた。確かに、あの男が語ったように、オレは選挙も続けて投票しなかったし、お金を拾っても交番に届けなかった事もある。でも今一番、あの男の言葉で気がかりなのは今年半ばに、いまオレの横にいる女が妊娠して、オレの言う通りに彼女に中絶させて子供を産ませなかった事だ。どうにもスッキリした気持ちではない事は確かだ。それは彼女の2度目の妊娠であり、2度目の中絶であるという事が大きく関係していやがるんだ。一体、彼女はどう思っているのだろう…。本当のところは、この女はどう思っているんだ。オレと同じように、体を求め合っているだけの関係でそれだけで満足しているのか? 本当のところは、子供が欲しいのか欲しくないのか、その辺の事を真面に話し合ってないからな…。
「…ねえ」
「…ああ」
「…ねえ、これからどうする?」
「…ああ、そうだなぁ…」
「気分壊されちゃったね」
「そうだね。どうする?」
「…ねえ、笑っちゃおうか?」
「え、笑う?」
「そう、こんな時は笑うに限るって、ウチのお爺ちゃんが言っていた気がする」
「何だよ、ソレ?」
 とは言ったけども、男も何か気分を変えたくて、結局、女の提案に同意する事にした。
「じゃあ、いいか、笑うぞ」
「いいわよ」
「ア、ハハハハハハ」
「アハハハハハ」
「アハハハハハ」
「アハハハハハ」

「アハハハハハ」
「アハハハハハ」
 ギュギュイイイーン
   ギュギュイイイーン

 二人はサッと血の気が引いてしまった。玄関ドアには、又しても凶暴チェーンソーの歯が穴を切り刻んでいた。
「いや~、ゴメンゴメン。どうもまだ、穴の形が気になっちゃててさぁ。わりいわりい。ちょっとばかし時間掛かっちゃうかも知れないけど。あ、笑っといて。こっちの事は気にしないで。あ、俺、いろんな穴の事知っているんだ。街中で見たいろんな穴ボコの事を。どう? よかったら話すよ」
 チェーンソー男は止めどなく続けそうな雰囲気で、大きな声を出して扉の向こうから喋り掛けて来た。その男は、それでも顔を見せる事はなかった。
 ベッドの上の男女は、何の因果や不条理でこんな状況にいるのか、思い至る事など微塵も出来ない精神状態のまま、この先どう行動したらよいか分からないまま、ただひたすらに置物のようにじっと座っているばかりだった。

                終

【作者コメント: いやー、チェーンソー男はしつこいですねェ。読者の皆様も、ある意味しつこく生きていきましょう。では、皆様良いお年を!】

                了

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